第五十八話 狭山くんがいれば大丈夫……ですわっ!
「お嬢様、交換条件は良くないですよ」
「そちらが無茶苦茶な行動ばかり取るのですから、その対抗手段としては可愛いものでしょう?」
「仮に無茶な物言いだとしても、私はご主人様の代弁をしているだけです。不平があるのでしたらご主人様に……」
「じゃあ貴方があの人に伝えなさいよ。私は意地でも狭山くんから離れませんから」
後ろから俺の両肩をしっかり掴んでいる志賀郷の意思は固いようだ。
それにしても志賀郷の体温を直に感じる上で「俺から離れない」なんて言われたら……。あくまで自分の要求を通すための言葉に過ぎないのだが、相手が志賀郷だと何故か勘違いしてしまいそうになる。
「……仕方ありませんね。私の一存では決められませんし、ご主人様と相談いたします。しばしお待ちを」
するとメアリーさんは俺達から距離を取り、携帯で通話を始めた。その隙に志賀郷が小声で耳打ちしてくる。
「申し訳ないです。面倒事に巻き込んでしまって」
「いや平気だ。それより志賀郷は大丈夫なのか? 行きたくないお見合いに行くのは……」
「狭山くんがいれば大丈夫ですわ。ただ――作戦というか、狭山くんを相手に紹介する為の口実としてですね……」
細い声が更にか細くなり、言いずらそうにして口を止める。まあ、ここまで来れば大体想像がつく。部外者であるはずの俺を志賀郷の隣に並べるそれっぽい理由なんて――
「こ、恋人のフリをしてほしいのですわ。できればその……お相手が諦めるくらい見せつけられると助かるのですが……」
やっぱりそうなるよな。少々強引でマナー違反な気もするけれど、既に恋人がいる前提にしてしまえばお見合いはほぼ間違いなく破談になるだろう。ただ、問題はその後だ。
「フリをするのは良しとしても……。志賀郷の親とかナタリーさんにはどう説明するんだ? いつまでも演技はしてられないし、もし俺達の意図がバレたらただ事じゃ済まなそう」
「そ、その時は…………良い感じに誤魔化します」
「根拠の無い励ましだなあ……。まあいっその事「本当の恋人です!」と言っちゃえば万事解決かもしれんが」
もちろん冗談だ。もし俺が名家の息子で顔も美形だったら有り得たのかもしれないけど。
「え、えぇぇぇぇ!? ちょっとそれはえっと……。えぇぇぇぇ!?」
「あれ……。冗談だよ? 志賀郷さーん?」
耳打ちするレベルの至近距離で突如叫ぶ志賀郷に驚き、慌てて後ろを振り向く。俺の現実逃避とも言えるジョークが通じなかったのか、志賀郷の顔は真っ赤に染まっていた。
「冗談……? あ、そ、そ、そうですわよね! 狭山くんと本当にお付き合いする訳なんて……ないですものね!?」
「お、おう……」
なんか凄く動揺してるようだけど大丈夫だろうか。俺と付き合うのを想像するだけでも嫌なのかな……。だとすると割とショックだぞ。そういう関係に発展しない事は百も承知だが、志賀郷とはそれなりに仲良くなれてきたと思ってたからな……。
「お待たせしましたお嬢様」
「あ、ナタリー! 随分と遅かったじゃない」
「……? 私としてはかなり速く用件を済ませたつもりでしたが……」
「え……。そ、そうかもしれないわねっ!」
おっとまだテンパってるぞお嬢様。そんなに衝撃的だったのかお嬢様。
「では結論から申し上げます。非常に誠に大変残念ながら…………ご主人様の許可をいただけました。そちらの小汚い男……もとい、狭山君の同行を認めます」
超嫌そうに軽蔑の目を向けながらナタリーさんが告げた。ひとまず第一関門突破といったところだが、どんどん悪化している俺への評価はどうにかならないものか。
「狭山くんを悪く言うのはやめてください」
「……すぐに撤回しましたのでノーカウントとさせていただきます。ではお嬢様と……狭山君。正装にお着替えくださいませ。私は車の前で待っておりますので」
一礼してナタリーさんが去っていく。
虫食い穴の空いたボロボロの外通路に気持ちブルーの俺と興奮気味の志賀郷が取り残される。
「……申し訳ございません。うちの者は皆、血筋を重視する性格でして。決して狭山くんの内面を否定している訳ではありませんから……」
「志賀郷が気にする必要は無いよ。向こうからしたら俺が異端に見えるのは当たり前だろうからな」
俺が志賀郷を別格として見るように、志賀郷側も俺を『違う世界で生きる人』として見ているのだろう。
社会的地位が異なる者同士が分かり合えるのは難しい。これは今に始まった事ではなく、歴史を紐解けばいつだって起きていたこと。武士や百姓だとか、貴族と平民等、身分がはっきり区分けされていた時代ではお近付きになる事すら困難を極めただろう。
ただ、今は自由な時代だ。先入観はあるにせよ、努力次第で叶わぬ恋を叶える恋にできるのだ。だから、望まぬ恋から解放することもきっとできるはず。
ナタリーさんの凝り固まった思想も、俺の行動次第で和らげられるだろう。それまでは俺が我慢すれば良い。
少なくとも志賀郷が気負う必要は無いのだ。悪いのは志賀郷でもナタリーさんでもなく、家の存続の為なら娘の自由も奪って良いという時代錯誤な権力者の悪しき風習である。
◆
志賀郷の情報によると、今回のお見合い相手はかなりの
それなりに有名な家柄で見た目も申し分ないようだが性格が終わっているとの事だ。
飯以外に関しては温厚なあの志賀郷でさえ、眉間に皺を寄せながら「どのような教育を受けたらあんなゴミが生まれるのかしら」と大層憤慨しておられたので、俺も別の意味で期待をしてしまう。
そして、俺を志賀郷の隣に居させる最大の理由は彼の素行の悪さにあるという。なんでも気持ち悪い微笑みを浮かべながら執拗にボディタッチを繰り返すのだとか。ただの変態やんけ。というかイケメンの変態って凄く身近に居た気がするような……。
まあ、今はそんな
……そういえば志賀郷家はまだ経営再建中で資産もほぼ残ってないらしい。ナタリーさんが運転している今の車も自前ではなく、友好関係にある堂庭家から借り受けたものだという。ちなみに堂庭家は志賀郷と肩を並べる一流の名家らしいが、変態という二つ名があるとのこと。もう身の回りは変態のオンパレードである。
俺の脳内が変態という二文字に支配される中、隣に座る志賀郷はどこか浮かない表情で流れる車窓を眺めていた。
赤いドレスを身に纏い、豪華な革張りのシートに腰掛けるその姿は誰もがイメージするお嬢様そのもの。まるでおとぎ話に出てくるお姫様のように非現実的な美しさだ。
「……どうかされましたか?」
「いや……なんでもない」
目が合うと志賀郷は嬉しそうに微笑んだ。めちゃくちゃ可愛い……。もう恋人のフリは始まっているようである。
できればこの芸術的な一時をもっと堪能したい――だけど今は策略を錬るのが優先だ。相手の男を如何にして諦めさせるかを考えなくては。
◆
着いたのは都心の高層ビル群の一角を占める巨大タワーホテルの最上階。
その中にある高級レストランに案内された――のはいいのだが、とんでもない異次元空間に俺は動揺していた。
「やっぱり外で待とうかな……」
「なに急にいじけてるんですか」
「だってこんな場所、俺が立ち入って良い訳ないだろ……」
天を仰ぐように顔を見上げながら呟く。
視界に映る豪勢なシャンデリアが眩しい。あれ一つ何万円するのだろう。俺のバイト年収でも手が届きそうにないな……。
「狭山くん。私を誰だと思ってますの?」
「貧乏お嬢様」
「即答する余裕があるなら真面目に答えてください」
「……関東でも指折りのすごーくお金持ちのお嬢様です」
「ふふ。ええ、その通り……大正解ですわ。ですから、そんな私の隣にいる狭山くんも傍から見たら立派なお金持ちなのです。変に気負う必要はありません」
「そんなもんかなあ……」
きっと志賀郷なりのフォローなのだろう。分かってはいるのだが……。俺がお金持ちと言った瞬間、待ってましたと言わんばかりのドヤ顔になったんだよな。
素直に従うのは癪だ。しかし、今の
「お嬢様。鈴木様がお見えになられたようですので、私は一旦失礼させていただきます」
案内役だったナタリーさんが一礼して立ち去っていく。ついにお見合い相手とご対面のようだ。
「狭山くん、ご覚悟はよろしくて?」
「まあ、ここまで来たらやるしかないからな。どこからでもかかってこい!」
豪華
程なくして、正面の扉がゆっくりと開かれた。そして現れたのは――白いタキシードを見に
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