第五十二話 闘う勇気が持てた気がします……ですわっ!

 二学期が始まって数日経ったある休日。

 ボロアパートの我が家で読み古したアクション漫画を貪っていると玄関からせわしいノック音が鳴り響いた。


「どもー郵便局ですー」


 ドアを開けると顔馴染みの配達員が一枚の封筒を差し出そうとしていた。


「書留で志賀郷様宛で来てるんですけど……ここじゃないですよね?」

「はい……志賀郷なら隣の部屋ですね」


 住所を書き間違えたのだろうか。志賀郷という名字は珍しいし、宛先はあいつで間違いないはずだが。


 それから「お手数お掛けしました」と頭を下げた配達員はそそくさと隣のドアへ歩いていった。



 それにしても……志賀郷宛の書留が気になる。もしかして両親からの呼び出し状とか……。志賀郷家は陰で復活してるらしいし、可能性としては十分有り得るよな。


 嫌な予感が脳内をよぎる。その場に立ち尽くして考えてみたが不安は募る一方だ。俺は居ても立っても居られなくなって志賀郷の部屋に向かう。


「はい……あっ、狭山くん」


 ドアを開けてすぐに出てきた志賀郷は少し驚いた表情をしていた。


「その……さっきの封筒って……」

「……! やはり気になりますわよね……」

「住所が間違ってるのもそうだが、誰から届いたんだ? 言いづらいなら言わなくていいけど」

「いえ、ちゃんとお伝えします。……狭山くんには知っていただきたい内容ですので」


 顔を俯けた志賀郷がたどたどしく答える。その様子は動揺しているようにも見えるし、恥じらいを隠している風にも思えた。


「……デリケートな話なら今すぐじゃなくて落ち着いた時でいいんだぞ……?」

「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。寧ろ今お話しておきたいので……よろしければ中へどうぞ」

「そう言うのなら……お邪魔します」


 小さく手招きする志賀郷に続いて部屋の奥に進んでいく。同じ間取りで見慣れた内装だが、志賀郷の部屋と意識するだけで妙に緊張してしまう。何回も入っているけれど、こればかりは慣れないなと思った。



 ◆



「……つまり、これで好きな服を買ってこいと?」

「ええ。正確にはドレスコード一式を揃えておきなさい、という意味でしょうけれど」


 畳の上に並ぶ封筒の中身。差出人は志賀郷の世話役だったメイドのナタリーさんらしく、一枚の手紙と金券だけが入っていたそうだ。

 行儀良く正座する志賀郷は呆れたような笑みを浮かべながら手紙を手に取る。


「あの方はいつもこうなんですよ。直球に用件を伝えずに回りくどい言い方をするのですわ」


 志賀郷曰くナタリーさんは「近々貴方のお見合いを催すから準備しておきなさい」と言いたいのだそうだ。しかし手紙にそんな文言は一切書いていない。

 経験と状況から意図を察しているらしいが、内容が異次元過ぎて凡人の俺にはついていけない。志賀郷のお見合いって本当にするんだな……。


「ちなみにこの金券って何円分なんだ……?」

「そうですわね……。ふむ、五十万円と書いてありますわ」

「ご、ごじゅう!?」


 なんだその桁外れな数字は。安い中古車が買える値段じゃないか。


「ドレスにパンプス、バッグも必要ですからこれでも少ない方ですわ。お金に余裕が出てきたのでしょうけれど、収支はまだ厳しいようですわね」

「ああもう言ってる意味がよく分からん」


 まず前提として志賀郷は俺と住む世界が違ったのだ。余計な事を考えてはいけない。


「それにしても速い動きですわ……。あの人達も急いでいるのかしら……」

「……志賀郷はお見合いに反対……なんだよな?」

「え……? ええ、勿論私は反対ですわよ。一生を共にするお相手は自分で選びたいですからね」

「そっか……」


 俺は少し落ち着かない気分になっていた。志賀郷家が復活を遂げている情報と、それを裏付けるかのように訪れたお見合いという名の後継者探しの話……。志賀郷がこのボロアパートを離れる日も近いのだろうか。


「……狭山くんも反対なのでしょう? 前にも仰ってましたけど」

「そうだけど……俺は志賀郷に限らずそういう風潮に反対というか……」

「でも私が好きでもない方と結婚するのは……良く思わないのですよね?」

「もちろんそれは……良い気はしないな」

「分かりました。それなら構いません。……私も闘う勇気が持てた気がしますわ」


 志賀郷はふにゃっと頬を緩めて笑った。俺の意見を聞いた所で何の参考にもならないはずだが、少しでも彼女の役に立てたのなら嬉しい。


「ちなみに服はいつ買いに行くんだ?」

「えっと……。これから行こうと思っていますわ」

「え、今から!?」

「はい、今からです」


 にっこりと肯定。何の迷いも無いようだ。


「それと狭山くんも……ご一緒にいかがですか? お洋服など必要かと……」

「いやいや、俺は関係無いから大丈夫だよ」

「いえ……。この件に関しては狭山くんも無関係では無い気がしますの。あくまで私の予感ですが……」


 神妙な面持ちで志賀郷が一言。彼女のお見合いに俺が関わってると言われても……。何の検討もつかないのは俺が凡人だからなのだろうか。


「……さっぱり分からん話だが、志賀郷がそう言うのならその言葉に甘えようかな」

「ありがとうございます。では暫しの間お付き合いお願いしますわ」


 話は淡々と進んで俺は志賀郷の買い物に付き添うことになった……のはいいのだが、これから志賀郷はどうなるのか。再び豪邸暮らしのお嬢様に戻るのか、といった憶測が脳内を飛び回り、自分の部屋に戻っても悶々とした思いは晴れなかった。



 ◆



 地下鉄東西線に乗って都心に向かい、日本橋で乗り換えて着いた目的地は銀座。おもむきある有名な時計台を中心にして四方八方セレブなショップが立ち並ぶあのギンザである。

 故に苦学生の俺には場違い感が際立っていた。


「俺みたいな奴がこんな所に来たら駄目だろ……」

「そんな事ありませんわ。狭山くんは自分を卑下し過ぎです」


 そうなのかなあ。志賀郷が言うのなら本当かもしれないけれど、彼女も彼女で何か気にしているように見受けられた。特に銀座の街に出てからはそれが顕著なのだ。


「さっきから思ってたんだけど……志賀郷も少し変じゃないか? 歩き方がぎこちないし」

「え……そ、そうですか!?」

「なんか都会慣れしてない田舎の庶民って感じがする」


 普段と違い、妙に気取った振る舞いをしているのが逆に目立っていた。志賀郷は何もしなくても金持ちオーラが漂っている(はず)だから特に気にする必要はないのに……。


「私も狭山くん達と同じ暮らしに慣れてきましたからね。その……以前の感覚が掴めないと言いますか……」

「とうとう心まで貧乏お嬢様に染め上がったか」

「…………ふふ、あながち間違ってないかもしれませんわね」


 あれ……? いつもの志賀郷なら「その呼び名はやめてください!」等と刃向かってくるのに今日はやけに穏やかだな……。機嫌(?)が良いのだろうか。

 手を口元に当てて微笑む志賀郷を見て、俺は不思議に思うのだった。

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