第五十話 俺は志賀郷と……
二学期初日の朝。教室に入るとそこには普段と何一つ変わらない光景が広がっていた。
一人黙々と勉強している者や「夏休みの課題やってねー」と嘆く男子、グループで囲んで会話に花を咲かせる女子達……。
俺は大きく欠伸をしながら窓際の自席に座った。そして鞄から荷物を引っ張りつつ教室前方を眺めてみる。
俺と時間をずらして先に登校していた志賀郷は、今日もクラスの女子数名を取り巻く中心人物として周囲に笑顔を振り撒いていた。
そういえばあいつ、いつも違う女子と話しているよな……。笑う時は上品に手を口元に当ててるし、如何にも『人気者のお嬢様』といった感じだ。
寝起きの無防備な志賀郷と同一とは思えない。はだけたパジャマから見える胸が――って駄目だ駄目だ。また頭に思い浮かべてしまったじゃないか。
志賀郷から目を逸らして、荷物の整理を再開する。すると、背後から聞き慣れた気持ち悪い声が飛んできた。
「さーやま! どこ見てるんだ」
「あぁ……?」
見た目は格好良いのに中身はロリコンで残念な
「そんなに志賀郷さんの事が気になるのかい?」
「んな……! 違ぇよ……」
「ほーん……。でもお前、志賀郷さんといい感じなんだろ? この前はうちの店に一緒に来てたし、夏休みは二人で里帰りしたらしいじゃないか」
「ちょ、それどこで聞いたんだよ!?」
田端には志賀郷との関係や秘密は一切伝えていないのだが……。どこで情報が漏れたんだ?
「ふっふっふ……。石神井さんから聞いた」
「マジか。秘密にしてくださいと言ったのに……」
田端は石神井先輩が働くファミレスでバイトしている。恐らく仕事中に先輩が口を滑らしたのだろう。次に先輩と会った時に問い質したい所だが、あの人のことだから「ごめんね、てへぺろっ!」といった具合で可愛らしく誤魔化すに違いない。あの憎めないあざとさには敵わないんだよな……。
「それで実際はどうなんだよ。付き合ってるの?」
「付き合ってない。やむを得ない事情で俺が志賀郷の面倒を見てやってるだけだ」
「へぇ〜。それは随分と都合の良い事情だねぇ」
ニヤリと笑う田端は教室前方にいる志賀郷に目を向けた後、見比べるようにこちらを見てくる。へらへらとした表情がうぜぇ……。
「詳しくは言えないけど本当なんだよ」
「はいはい、分かってるよ信じてるよ俺は」
「露骨に棒読みするな」
「だってよー。性欲なんて皆無だと思ってた狭山が志賀郷さんと一緒にいるんだぜ? 何か裏があるんじゃないかと疑うのは当然だろ」
「おい俺を一体なんだと思ってるんだ」
確かに恋愛よりも現金を優先したいと思ってるけども。だが女子に興味が無いなんて一言も口にした記憶は無い。
「心が枯れ切った金の亡者だと俺は思ってた」
「そこまで金に執着してないよ」
「じゃあ実際はどうなんだ? 志賀郷さんに興味あるの?」
「いや、無い……訳じゃないけどそういう意味じゃないような……」
「煮え切らないなぁ。なら好きなの? 嫌いなの? どっち?」
「嫌い……ではないかな」
自分でもよく分からない。志賀郷の事を考えると頭の中に
「ふーん……。まあいいんじゃね? 狭山の珍しい表情も見れたし俺は満足だぜ」
「いちいち癪に障る言い方をするよな、お前は」
「あ、そうそう。俺さ、石神井さんの事、もっと好きになったんだよね」
「人の話聞いてんのか」
前髪を弄りながら一方的に話す田端を睨んでみるが、彼は全く動じない。寧ろ楽しそうに笑い返される始末だ。
「まず……石神井さんって可愛いじゃん? 愛らしいというか守ってあげたくなるというか」
「要するに見た目が子供みたい、だからだろ」
「正解! ……なんだけどそれだと俺が変態ロリコンみたいになるじゃないか」
いや変態ロリコンだろ。それも犯罪者になる一歩手前の。
「なら他に好きな理由ができたのか?」
「そうそう。一緒にバイトするようになってから二人で話す事も増えてさ。……まあ、俺がミスばかりするから、そのお説教が殆どなんだけどね」
「この前も注文ミスってたしな」
「そうなんだよ。「田端くん、ここ間違ってるよ」とか「掃除の仕方が駄目だ」とか、怒られてばっかなんだけど……そこに石神井さんなりの優しさや愛情が見えたんだよね」
弄ってた前髪を掻き上げて自信に満ちた表情を浮かべる田端。この流れで何故彼が胸を張っているのか、俺には到底理解できないし理解したくもない。
「お前って……怒られて喜ぶ性癖してんの?」
「違う違うそうじゃなくて。俺が言いたいのは石神井さんの新たな一面が分かったということなんだよ」
「はあ……」
「俺は今まで石神井さんを見た目で一目惚れして片想いしていた。だけど実際に話してみると石神井さんは面倒見が良い人で、俺は更に心惹かれた……って訳さ」
「ほう」
要するに石神井先輩の新たな魅力を見つけたということだな。それはいいのだが……朝っぱらから気持ち悪い惚気話を聞かされる俺の身にもなってほしい。勝手に告って付き合ってろこのイケメン勝ち組が、と言いたい所存である。
「結局、見た目だけで判断しないでもっと相手を知る事が大切なんだよね。狭山もそこら辺を気にしたらどうかなあと思って話してみた」
「余計なお世話だ」
「分かってる。まあ、口煩い爺さんの小言だと思って聞き流してくれ」
じゃあ俺はトイレに行ってくる、と最後に付け加えた田端は席から離れ、得意気な表情はそのままにして教室を後にした。言うだけ言って逃げたなあいつ……。
「はぁ……」
溜息を一つ漏らして窓の外の景色を眺める。近くの電柱に止まるカラスが大きく鳴いて飛び立った。
そして俺は考えた。というか、無意識のうちに思考が働いた。
恐らく、この教室にいる人の中で志賀郷の素顔を誰よりも知っているのは俺だ。学校でお嬢様らしく取り繕う姿はもちろん、気を張らずにだらける貧乏お嬢様の顔も知っている。
でもまだ知らない部分も沢山ある。特に志賀郷の家柄や家族の動向についてはほぼ無知なのだ。
もし俺が志賀郷に歩み寄るとするならば、まずはその知らない部分に興味を持って、知りたいという姿勢を持つ事が重要なのではないだろうか。田端の言う通り、
やはりと言うべきか、今も頭の中はスッキリしない曇り空だった。俺は志賀郷とどうしたいのだろう。自分の事なのに、それが分からない。
視線の先を窓から教室に戻すと、視界に志賀郷が映り、そして目が合った――というか彼女がずっとこちらを見ていた気がしたので俺も目を向けてしまったのだが。
すると志賀郷は瞳と口を大きく開けて慌てて顔を逸らした。なんとも分かりやすい態度……。「目が合っちゃったどうしよう!?」といった心の声が直に聞こえそうなくらいだ。
しかし志賀郷は女子達との会話を楽しんでる最中なのに何故俺を見ていたのだろうか。用事でもあるのかな。まあ……深く考える必要はないか。
それからホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴り、ゆったりとした足取りの担任教師と息を切らしたトイレ戻りの田端が同時に教室へゴールイン。
特筆すべき事は何も無い、いつも通りの学園生活が始まろうとしていた。
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次回は咲月視点のお話になります。
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