第四章 貧乏お嬢様と排除計画
第四十九話 これではお嫁に行けません……ですわっ!
約一ヶ月ぶりの学校はとてつもなくだるい。
如何せん朝早く起きるのが憂鬱だし、久々の制服を身に着けるだけで絶望する。
しかし行かなくてはならない。嫌だ嫌だと駄々をこねても学校は無くならない。
安定した将来を送りたい、夢を実現したいと思うのならば俺達学生は迫る現実を受け入れなくてはいけないのだ。
大きな欠伸を一つこしらえて顔を洗う。水道水の生温さは今の心情を表しているかのようだ。
タオルで顔を拭いて食器棚から茶碗を二つ取り出して炊飯器を開ける。すると、一斉に放たれた熱い湯気と共に真っ白で艶やかな白米がお目見えしたので、それを
さて、これで準備は整った。忙しくも欠かせない朝食の時間だ。インスタント味噌汁の用意もできてるし、あとは志賀郷を待つだけ……なのだが、奴は中々現れない。最近は朝食を共にとってから学校に行くというスタイルが確立しているのだが、この時間に来ないとなると……。
「まだ寝てやがるな」
三度の飯より飯が好きな志賀郷が朝食を食べない訳がない。そうなると選択肢は一つに絞られるのだ。
久々の早起きに耐えられず今も眠っているのだろう。自立した生活に慣れないお嬢様体質はまだ残っているらしい。
やれやれと溜息をついた俺は重い腰を上げて玄関に向かう。飯が冷めないうちにさっさと起こしてしまおう。
防犯意識の低い志賀郷は未だに部屋の鍵をかけないで暮らしている。その為、彼女が爆睡してようが俺は堂々と中に入れるのだが、いい加減この危険極まりない状態は何とかしたいところだ。
「すぅ…………ぴぃ…………」
狭くてボロボロな畳の部屋の中央に志賀郷は眠っていた。胸元にタオルケットを抱えているが、ホットパンツから伸びる両脚は肌が剥き出しで目のやり場に困る。しかも上半身は何故かボタンが外れていて、白く透き通った色のお腹が丸見えだ。
いくら暑いとはいえ風邪引くぞ……と思いつつもチラリと覗かせる志賀郷の柔らかそうな生肌につい視線が留まってしまう。「こいつ誘ってんのか?」と勘違いする程に無防備だが、これもお嬢様体質の賜物ということにしておいて彼女に目覚めのお告げをしよう……としたのだが。
「これは……」
眠る志賀郷の枕元に置かれた大学ノート。いつだったか、興味本位で中を見ようとした例のブツだ。
前回は直前で起きてしまったので何が書いてあるのか分からず終いだったが今回はいけるか……? いや、人の物を勝手に盗み見るのは良くないのだが、こうも意味深な場所に置かれると気になってしまうのが人間の性だ。少しだけ、先っちょだけ……。
寝ている志賀郷に近付いて慎重にノートを手に取る。そして音を立てないようにゆっくりと開けると――
『四月二十七日 天気:晴れ 今日は数学の授業で先生に問題を当てられました。奇跡的に正解できましたけど、私の低学力ぶりが露呈しないかヒヤヒヤしました……』
どうやら日記のようである。その日あった事や印象深かった事を綺麗な字で綴られている。
しかしぱらぱらと捲ってみると、所々字が崩れていたり無駄な線が伸びていたりした。恐らく寝る前に書いているのだろう。『昨日は寝落ちした!』なんて書かれた日もあるし。それなら枕元に置いてあるのも納得だ。
志賀郷は変わらず気持ち良さそうに寝てやがるので、時間の許す限り日記を見てみる事にする。
ただ、特段面白い事は書かれていなかった。昼休みに四谷に絡まれた、とか銭湯で芳子さんに絡まれた、とかバイト先で店長に絡まれた、とか。
……絡まれすぎだろ、あいつ。
一方で夏休みの辺りになると俺の実家で過ごした記録が事細やかに綴られていた。両親と挨拶した事、家が意外と普通だった事(失礼だな)、プールや祭りに出掛けた事など……。
そして夏休み最終日――昨日書いたのであろうページまで辿り着く。
『八月三十一日 天気:曇り 明日から二学期です。だるいです。もっと休みたいです』
正直でよろしい。俺も同感だ。
『私は不安です。夏休み前と同じように狭山くんと接する事ができるでしょうか。学校では怪しまれないよう無関係を貫かなくてはいけませんのに……』
これは……どういう意味だろうか。別に二学期になったところで俺達がすべき振る舞いに変わりはないはずだが……。
『今の私はどうしたら良いか分かりません。でも理解出来たこともあります。私は狭山くんの事が――』
俺の事が……?
食い入るように読んでしまったが、続きは次のページらしい。
この文の出だしはまさか……。気になって次を捲る。しかし……。
「マジか」
何も書かれてなかった。どうやら日記はここで途切れているようだ。なんだよ志賀郷、中途半端な所で終わりやがって……。
それにしても『狭山くんの事が……』に続く言葉なんてほぼ限られたも同然だろう。
好きなんだろ俺の事が――と解釈すれば話は早い。夏休みの間、志賀郷は恋人の演技があったとはいえ、こちらに好意を向けていたのは事実だろうし。
だが異性として好きなんじゃね? と考えるのは早計な気がする。そもそも志賀郷が俺を好きになる理由なんてない上に、もし俺が勝手に勘違いして舞い上がってたら恥ずかしくて合わせる顔が無くなってしまう。
それになにより!
恋愛は貧乏の敵なのだ。形の無い愛に金を注ぎ込むくらいなら将来の安寧の為に投資をするべし。だから志賀郷は俺の事なんて何とも思ってない。寧ろ嫌がってるのでは、と考える位が丁度良いだろう。……俺の心は痛むけど。
「んんーーっ。くぅーーーんっ」
隣で志賀郷が両腕を伸ばしながら子犬みたいな声を上げてきたので俺は慌ててノートを閉じた。ようやく目が覚めたようだ。
志賀郷はむくりと起きて瞼を細い指でこすってから目を通常の半分ほど開ける。見苦しいはずの寝起き姿でさえ可愛らしいのは美少女の特権か……なんて呑気なことを考えていると彼女と視線がぶつかった。
「あれ、狭山くん……?」
「おはよう。そして寝すぎだぞ。目覚ましかけたのか……って!?」
一瞬だけど俺は見てしまった。
志賀郷が抱えていたタオルケットは彼女の膝の上。そしてボタンの外れたパジャマからちらりと覗かせる綺麗な谷間が……。
「え……。あっ、うひゃああああ!?」
動揺する俺を見て志賀郷も気付いたらしく、慌てて背を向けて縮こまる。そういえば前にもこんな恥ずかしいやり取りがあったような……。
「み、みみみ、見ました……か?」
「…………少し」
「あうぅ……。これではお嫁に行けませんわ……」
いやそこは婿を貰えないと言うべきだろ、なんて野暮なツッコミは控えておく。志賀郷も寝起きで頭が回ってないはずだしな。
「とにかく……早く着替えて俺の部屋に来い。朝飯は食べたいだろ?」
「あ、は、はい! ご飯はいただかないと……ガス欠で死んでしまいますわっ!」
相変わらず燃費の悪いお嬢様だな、と思いつつ俺は立ち上がって玄関に向かう。
そしてドアノブに手を掛けた時、先程の寝起きハプニングが不意にフラッシュバックした。
志賀郷の白い肌。柔らかそうな質感と綺麗な胸が――
「うぐっ!?」
興奮して変な声が漏れてしまった。いかんいかん、余計な事は考えちゃダメだ。意識するな、意識するな、意識するな…………。
それから慌てて自分の部屋に戻り、大宇宙の神秘について夢を(無理矢理)膨らませながら朝食を平らげた。おかげで志賀郷のアレな姿は殆ど脳内展開される事は無かった。
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※次話は12月19日(土)投稿予定です。
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