第四十八話 本当の事言いませんか……ですわっ!

 ガードレールに手を掛けながら俺と志賀郷は眼下の景色に目を奪われていた。


 山の斜面には広大な茶畑が並び、その先には日本の大動脈である東名高速と東海道新幹線が貫く。更に陸地に進めば住宅と工業地帯の明かりが眩しく、最奥は雄大な駿河湾の海が広がっている。


 ということは……。


 一つ確信を持った俺は後ろを振り向く。するとそこには満天の星空に照らされた富士山が日本一の威厳を放つようにどっしりと構えていた。



 なるほど、これは確かに日本らしい風景である。大都会のビル群のような迫力は無いものの、眺めるだけで落ち着くような安心感があるな。


「良い景色ですわね……」

「……そうだな」


 優しい目つきで見下ろす志賀郷の横顔と風でなびく彼女の金髪はまるで風景画の一部に取り込まれたように美しく、絵になっていた。


 俺は志賀郷から再び眼下の景色に目をやり、何を考えるわけでも無く過ごしていた。先の花火大会のように静寂で穏やかな時間が流れる。


「……東京へ帰るの、明日ですわよね」

「ああ。思えばもう夏休みも終わりだもんなぁ。早いよほんとに」

「ええ。狭山くんの御両親にはとてもお世話になりました。ですから…………本当の事、言いませんか? 私達は恋人じゃないって」

「え……」


 驚いて振り向く。志賀郷は顔を正面に向けたままだが、表情は先程よりも真剣になっていた。


「私は感謝を申し上げたいのですわ。しかし嘘をつきながら頭を下げるなんて最悪の礼儀でしょう。叱られるのはもちろん承知の上ですが……狭山くん、いかがでしょうか」


 こんな目を見張る夜景を前にしても俺の親に感謝しようと考えるなんて志賀郷は真面目な奴だ。素直すぎる所もあるがその分正直でもある。礼儀やマナーを重んじて、相手に失礼な態度をとらない。……なんてよくできた子なのだろうか。


 ならば俺は……。志賀郷を連れ出した責任がある俺は彼女にどう答えれば良いか。


「……いいんじゃないか? ただ、連れてきたのは俺だからな。志賀郷が怒られる義理は無い。責任は全部俺が取る」


 志賀郷が覚悟を決めたのなら俺も決める。秘密を共有する者同士、足並みを外す訳にはいかない。


「カッコつけすぎですよ、狭山くん」

「……何の話だ?」

「天然物ですか……。まあいいですわ。それでこそ狭山くんです」


 一人で納得してウンウンと頷く。そんな志賀郷を横目に見ながら俺はぼんやりと考える。


 怒られる事は無いはずだけど、志賀郷が隣人である事を含めて全部話さなくてはいけないだろう。単純に面倒くさい……でもやるしかないな。


 はぁ、と溜息をついて沈黙。


「……星、綺麗だな」

「会話に困ったら「困った」と素直に言ってください」

「うげ、鋭いな」


 呟いたら睨まれた。でもすぐに笑われた。そんな彼女の表情に釣られて俺の口元も徐々に緩んだ。



 ◆



「……という事なんだけど」


 実家のリビングに一家全員と志賀郷が集結していた。空気はいささか重い家族会議である。


 数ヶ月前に志賀郷が隣に引越してきた事、それから彼女の家庭事情や俺が生活の手助けをしている事、俺達が恋人ではない事を一通り説明した。


「そ、そうだったのか……!」


 まず口を開いたのは父だった。突然の告白に驚いているようだ。完全に信じ切っていたから無理はないが……。


「なるほどね……」


 一方、母は特に驚くような素振りを見せず、話を受け入れているようだった。そして志賀郷の方を見てニヤリと笑い、俺を見て何故か呆れたような溜息を漏らした。


「涼平、あんたって子はもう……勿体無い」

「は?」

「咲月ちゃんもごめんね。せっかく頑張ってるのにうちの子が鈍感で」

「ちょ、お母様!?」


 一体俺が何をしたっていうんだ? 志賀郷は大慌てで母さんを制止しようとしてるし……。状況が理解できない。


「それと、事情はよく分かったわ。騙された感じにはなったけど、寧ろ面白くなったし私は怒ってないから。父さんもそう思うでしょう?」

「え……俺は何の話かさっぱり……」

「察しなさいよ、これくらい分かるでしょ」

「いやぁでもなぁ……」

「……似た者同士め」


 何故か父にも流れ弾が飛んできて、男性陣は頭にはてなマークのしょんぼりモードに移行してしまった。というか、志賀郷の慌てっぷりが気になるんだが。手をわちゃわちゃ振り回して阿修羅像みたいになってるし。


「とにかく……嘘をついて悪かった。あと志賀郷の面倒を見てくれてありがとう」

「あ、私からも……。本当にありがとうございました。お世話になりました」

「あらあらいいのよもう。次はの二人になって来てくれるのを待ってるからね」

「本物……?」

「ですからお母様それは!」


 楽しそうに笑う母と動揺する志賀郷。そして意味が分からずに呆ける俺と父という謎の構図ができたところで家族会議は終了した。




「駅まで送ってやるのに、いいのか?」

「大丈夫。大した距離じゃないし」


 帰り際、玄関で両親に見送られる。長いようで短かった実家への避難もこれで最後。次に戻るのは……多分年末になるだろうな。例年通り、志賀郷は連れずに一人で帰ることになるはずだ。その頃の彼女はきっと紛れもないお嬢様になっているはずだから、貧乏人の俺なんて見向きもしていないだろう……。


「あの……本当にありがとうございました。この御恩はいつか必ずお返し致します……」

「そんなかしこまらなくて良いのよ。それに咲月ちゃんのお返しは……なんか怖いわ」

「金塊三・三四トンくらい送られてきそう」

「我が家がゴールデンハウスになっちゃうなあ、はっはっは」


 そんなくだらない冗談を混じえながら実家を離れる挨拶をする。


「じゃあ帰るから」

「うん。気をつけてね」


 軽く手を振ってから両親を背にして歩き出す。隣には穏やかな表情の志賀郷、そして後ろでは愉快な夫婦のやり取りが繰り広げられようとしていた。


「そういえば貴方、車に積んである大きな段ボールについて説明してもらえるかしら」

「え、な、なんのことかな……?」

「どこからお金を出したのか、今月の家計はどうするか……涼平達も帰った事だし、二人でゆっくり話し合いましょうねぇ」

「ひ、ひぃぃ」



 ◆



 東京までの帰り道。志賀郷は終始、実家で過ごした思い出話と俺への感謝を続けていた。

 足取りも快活で元気な奴だなあと思っていたのだが、やはり慣れない環境で疲れが溜まっていたのか電車に乗った数分後には安らかな寝息を立てていた。


「やれやれ……」


 モーターが必死に呻く車内で溜息を一つ。

 ロングシートの端に座るも志賀郷は俺の肩を枕代わりにして寝ていた。反対側は壁なのでそっちに体を預ければいいのに……。


 周囲から見たら今の俺達は恋人同士のように映っているのだろうか。仲良く二人で遊び回った挙句、疲れ果てた彼女を見守る彼氏……的な。


 ただ、そんな演技も今日でおしまい。明日からは互いの秘密を共有する戦友に戻るのだ。余計な気遣いもしなくて済むし今より気楽になれる。


 だけど……志賀郷に体を預けられてるこの状況がいつまでも続いたら良いなと思う自分もいた。志賀郷はどう思ってるか知らないけど、俺はこいつと近くに居ると心地良いと思っている。それが恋心なのかどうかはよく分からない。


 もし恋心だとしたら俺は速やかに考えを改めるべきだ。なんせ恋愛はコスパ最悪。愛情という見えないモノに金を注ぎ込んでも何も返ってこない。そのはずなんだけど……。


 すぴぃ……。すぅー……。


 志賀郷の寝顔を見ると俺の信念はどうも揺らいでしまう。


 俺は志賀郷とどうしたいのか。必要最低限の関係でいいのか、もっとお近付きになりたいのか……。


「……分からん」


 考えを巡らすだけで長い乗車時間の暇は潰せた。答えに辿り着くことは結局できなかったけど。


 尚、志賀郷は東京に着くまでずっと熟睡していたので俺の肩はその後数日間にわたって悲鳴を上げていたりする。




==========

お読みくださりありがとうございます。

冒頭に登場しました日本らしい絶景スポットですが、実在する場所をモデルにしております。観光地ではないですが夜景が凄く綺麗な場所です。


また、第三章、夏休み編はこれにて完結となります。

次章からは新キャラも登場し志賀郷ちゃんとの関係も変化していくのですが、執筆の準備が追い付いていない為、週1更新はまだできない状態となります。

ローペースでの更新が続きますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

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