第四十六話 も、もちろんそう……ですわっ! ……多分
夜の公園のベンチにしがない
辺りは至って静かで遠くから微かに祭囃子が聞こえてくるくらい。目につく人もいないので俺達は落ち着いて話すことができていた。
「助けてくれてありがとうございました。何度言っても足りないと思いますけど……」
「そんな事はないよ。俺はただ突っ立ってただけだし」
「違いますわ……! 狭山くんが来てくれた時……私、凄い嬉しかった……」
小声だったため後半はよく聞こえなかったが、先程から志賀郷は俺に感謝を伝えまくっていた。
正直俺は何もしてないし、そもそも離れ離れになった責任はこちらにあるのだから俺が詫びるべきなのだが、謝ろうとしても志賀郷に阻止されてしまうのだ。とはいえ、このまま意地を張っても仕方が無いので彼女の気持ちを有難く受け取ることにする。
「……こんなので良ければいくらでも助けるよ」
「ふふ、相変わらず素直になりませんわね」
「十分だろ。気持ちはちゃんと受け取っておくし」
「分かりました。ではお願いしますわね」
ニヤリと笑って答える志賀郷。なんだか負けた感じがするけど……まあいいだろう。
それよりも……。先程のナンパされかけた時に志賀郷が口にしたある言葉が今更ながら気になっていた。
『こ、この人は私の好きな人……ですから、お引き取りいただけませんか……?』
あれはナンパ男を追い払う為だけにした発言だったのだろうか。……いや、間違いなくそうに決まっているのだが、あの時の志賀郷の表情や言葉に込められた熱意がとても嘘をついているようには思えなかったのだ。
しかし俺も冷静ではなかったし、熱に浮かされている面もあったから一人で勝手に思い込んでいるだけかもしれない。
でも……やっぱり気になってしまう。演技なら演技だったとはっきり確かめておきたい。
「……あのさ。さっきの奴らを追いやる為に言ったあれはただの口実……なんだよな?」
「あれ……とは一体なんでしょうか……?」
「その、好きな人……って言ったやつ」
「……っ!」
え、何勘違いしてんの? 馬鹿じゃんウケる~なんて言われたらどうしようかと身構えたが、志賀郷の性格的に露骨な嫌悪感は示さないはずだ。内心はドン引きしてるのかもしれないが……。
ただ、志賀郷は恥ずかしさからなのか頬を林檎のように紅く染めていた。そして分かりやすく目を泳がせながら慎重に口を開く。
「も、もちろんそうですわよ。ええ、はい、うん、多分……」
あれ、何故堂々と「演技でした」と認めないんだ?
まさか本当に俺のことが好き――いやいやいやいやないないあり得ないそんな都合の良いことはない。
……って都合が良いと考えるのはおかしいだろ。それじゃまるで俺が志賀郷を――
一旦頭を冷やそうか。落ち着け俺……。
志賀郷はきっと恥ずかしくて動揺してただけなんだ。だから上手に口が回らなかっただけで俺に気がある訳ではないんだ……。
「そ、そうだよな! ごめん変なこと聞いて」
「いえ、大丈夫です……。ただ、私からも一つ……お聞きしていいですか?」
「うん、勿論良いけど……」
姿勢を整え直して、何故かかしこまった態度をとる志賀郷に釣られて俺も背筋を伸ばしてしまう。
夏祭りを二人で過ごした後に夜の公園で繰り広げられた意味深な会話。このベタ過ぎる展開に続く志賀郷の質問……。
これはまさか……!?
心の準備なんて当然できてない俺は高鳴る鼓動を必死に抑えながら志賀郷の続く言葉を待つ。彼女も酷く動揺しており、何回か深呼吸してからこちらを見据えた。
そして……。志賀郷の美しくて小さな口が……開いた。
「さっき狭山くんが仰った「もう離さない」というのは……今日だけなんですか?」
今のは…………どういう意味だ?
確かに俺は「離さない」と言ったが、あれは一回はぐれてしまった志賀郷を安心させる為のもので、祭りの混雑から抜ければ用が済んでしまう言葉だ。
彼女の問いに答えるとするなら「今日だけ」になるが、そんな聞くまでもない質問を何故告白と勘違いしてしまう程の完成されたシチュエーションで言ったのか。まさか深読みすると別の意味があるとか……。
――ああ駄目だ分からん。恋愛経験の乏しい俺にこの手の攻略は難しすぎるよ。
「志賀郷、あれはもちろん――」
今日だけだよと言おうとした。しかし同時に
「わぁ……凄い……」
「もう始まったのか……」
漆黒の夜空に打ち上げられた一輪の大玉花火。夏祭りには欠かせない恒例行事の始まりである。
打ち上げ場所から少々離れているが、ここなら落ち着いてゆっくり見られるだろう。志賀郷も満足してくれるはず――なのはいいのだが、質問に答えなくてはいけないな。
「あの、志賀郷。俺は……」
「……! い、いえ。それはもう大丈夫ですわっ! 私から聞いといて申し訳ないですけど、もう何も言わなくて……いいですから……」
「ああ……」
恥じらいが込められた表情を変えぬまま志賀郷に制止される。やはり彼女の意図は俺の考えるものとは違うらしい。結局真意は分からず
ドンッ……ドドンッ
見上げればいくつもの花火が暗がりの夜を照らしていた。花火なんて金の無駄だと思い全く興味が湧かなかった俺だが、今は少しだけ良いかもしれないと思う。ただただ綺麗という感想を持ちながら夜空を眺める時間が決して無益ではないと思った。
俺はまるで心を奪われたように視線の先に咲く花に見惚れていた。志賀郷もきっと同じように釘付けになっているだろう。在り来りな言葉を連ねる訳でもなく、無言で花火大会を楽しむ。
しかし、不意に隣からじっと見つめるような視線を感じた。気になって振り向くと上目遣いの志賀郷と目が合う。
「あ……」
「ひ、ひゃうっ!」
直後、慌てて目を逸らされて照れるように俯いてしまった。なんだこの小動物的な可愛さは……。しかもさっきから花火じゃなくて俺を見てたのか……?
「えっと……なんかごめんな……」
「いえ、私の方こそ……」
非常に気まずい空気が流れる。それにしても今日の志賀郷の様子はおかしくないか? なんというか思わせぶりな発言や態度で俺が振り回されてる気がする……。
「花火……綺麗だな」
「え、ええ。そうですわね……」
気まずさに耐えかねた俺は、結局在り来りな感想を述べて打ち上がる花火に目を向けるのであった。
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