第四十五話 狭山くんは平気でそういう事を……ですわっ!
「さっきからずっと探してたんだからね!」
「まあとにかく涼平くんが見つかって良かったよ」
彩音ちゃんと佑真兄さんは安堵するように微笑んでいた。俺を探してた……ってどういう事だ? 彩音ちゃん達とここで会う約束はしてないのに……。
「えっと、俺今忙しいんだけど……」
「咲月ちゃんの事でしょ? 大丈夫。私達全部知ってるから」
「知ってる……?」
「うん、さっき咲月ちゃんと会ったの。それで、涼くんとはぐれちゃったって聞いたから私達も協力するって事になって」
「マジか……ありがとう」
なるほど、そんな偶然があったのか。助かった……。
「あと咲月ちゃんから色々聞いたよ。本当は恋人同士じゃないとか、強気な態度をとって悪かったとか……」
「そっか、誤解が解けて良かったよ」
「うん。あとは涼くんが意識するようになれば……って、これは言っちゃダメなやつだった。ごめん、今のは忘れて!」
「お、おう……」
慌てる彩音ちゃんの様子が気になるが……。なにより、志賀郷と改めて会話出来たようで良かった。思い違いも無くなって俺も一安心だ。
一方、そんな様子を佑真兄さんは傍観するように眺めていたが、やがて表情は柔らかいままで俺に話しかけて来た。
「涼平くん、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「はい、おかげさまで……。佑真兄さんは今大学通ってるんですよね。やっぱり大学って楽しいですか?」
「まあぼちぼちかな……。サークルとかは楽しいけど彼女はできる気配ないしなぁ……」
いやいや貴方の隣に超好かれてる従妹がいますやん……というツッコミは置いといて。
佑真兄さんは昔から鈍感な性格のようで、彩音ちゃんの猛アタックに未だ気付いてない様子だ。正直羨ましい……俺も彩音ちゃんにアタックされたい……ってダメだダメだ! 俺の初恋はもう終わっているんだ!
「もしゆうにぃに彼女ができたら私、大棚の滝並に泣いちゃうよ?」
「いや例えがニッチ過ぎるだろ……」
「えへへ、じゃあ不動の滝でもいいよ?」
地元民しか通じないネタを混じえる彩音ちゃんと呆れる佑真兄さん……。二人は親族という間柄だけあって息がピッタリというか、他者が割り込めないほど親密な関係にあると思う。付き合っていないのが不思議なくらいだ。
「じゃあ……もし機会があればまたゆっくりお話しましょう。それで彩音ちゃん、志賀郷は今どこに……」
「あ、うん! 咲月ちゃんは小学校の裏口辺りで待つように伝えてあるから早めに行ってあげて!」
「分かった、ありがとう。早速行ってくるよ」
「はいよー。悩めるお姫様を救えるのは涼くん、貴方だけなのだよ!」
「涼平くん。何かあったらいつでも連絡していいから。じゃあ……頑張ってね」
謎のおとぎ話なテンションの彩音ちゃんと謎のエールを送る佑真兄さんに送り出される。
二人の態度が気になるけど、まずは志賀郷の所へ行かなくては。
俺は「ありがとう」と手を振ってから大急ぎで駆け出した。
◆
中心部から少し離れ、人通りが若干和らいでいて尚且つ薄暗い場所に志賀郷の姿はあった。
やはり彼女の鮮やかな金髪は目立っており、遠目でも一瞬で見つけることができた。
申し訳ない思いを募らせながら志賀郷のもとへ近付いていく。しかし、彼女の全身がくっきり見えた所で俺は思わず足を止めた。
「なぁお嬢ちゃん中学生? すげぇ可愛いじゃん」
「俺達と遊ばね? お小遣いあげるからさ」
如何にもガラの悪そうな男二人組に絡まれていた。どう見てもナンパである。
「あ、あの……私待ってる人が……」
「おいおい逃げるなって。俺らの事、怖くねぇら?(※)」
「うへへ、こいつは上等物だな。早いうちにさっさと……」
どう見ても怖い二人組に俺は情けないが足が竦んでしまう。しかしここで立ち止まる訳にはいかない。志賀郷とはぐれたのは俺の責任なのだ。多少強引な手を使ってでも彼女を助けなくては……!
「ちょっとすみません……!」
「さ、さやまきゅ……」
俺に気付いた志賀郷は声が震えまくっていた。なんだよ想像よりも遥かに怖がってるじゃないか。ここは俺が男らしく――
「あん? 誰だテメェ」
「え、えっと……! お、俺はこいつのか、彼氏でして……」
なああああにやってるんだビビりすぎだろ俺! もっと強気になれ!
「ぎゃっはっはっはっ!! テメェが嬢ちゃんの彼氏だって? 女誘うならもっと身の丈にあった言葉を選べよ」
男二人組は腹を抱えて笑いだした。確かに俺みたいな貧相な人に志賀郷の彼氏は務まらないと分かってるけどさ。そこまで馬鹿にされるとヤンキーが相手だろうと腹が立ってくるな……。
「あの、だから俺は……」
「狭山くん……!」
反論しようと語気を強めた所で、俺の右半身に柔らかな感触が舞い降りた。振り向くと志賀郷が俺の腕に絡み付くように抱き着いており、全身を小刻みに震わせていた。
「し、志賀郷……!?」
「こ、この人は私の好きな人……ですから、お引き取りいただけませんか……?」
俺より何千倍も怖がってるはずなのに志賀郷は下衆な男共にしっかりと向き合っていた。
瞳を潤ませてまるで命乞いをするように懇願し、彼氏(役)に抱きつく姿はかなりの説得力があったのか、笑いまくってた奴等も呆けた顔で黙り込んでしまう。そして俺は恥ずかしさのあまり思考が止まりそうになっていた。
「マジもんの彼氏かよ……」
「ちぇ、もう少し早く気付けば
最後に背筋が凍るような捨て台詞を放った男二人組は、俺達に危害を加える事無くその場から立ち去っていった。
……結局俺は立ち尽くす事しかできなかったな。でも志賀郷が無事で良かった。もし奴等が強引に手を出そうとしてたら……想像するだけで恐ろしい。
「大丈夫か……?」
ナンパ野郎が見えなくなったところで……絶対に大丈夫じゃないのに俺は声を掛けてしまう。ぎゅっと抱き着いたままの志賀郷は俺の二の腕に濡れた顔を埋めていた。
ああ、俺は中途半端な駄目人間だな……。天下のお嬢様を泣かせるなんてあってはならない事なのに。……違う。女の子を泣かすこと自体許してはいけないのだ。
それに、こんな志賀郷の姿は見たくない。もっと俺が責任を持って彼女を連れ出せば良かったんだ……。
「狭山、くん……」
消え入るような声で志賀郷が囁く。そしてすっかりぐしょぐしょになった顔を見せながら続けた。
「少し……休みたいですわ……」
「そうだな。座れる場所に移動しようか」
コクリと頷いた志賀郷は俺から離れて視線を地面に落とした。泣き顔は見られたくないのだろう。前髪で隠そうとする彼女にできるだけ目を向けないようにして俺はある決意をする。
「えっ……!?」
「もうお前を離さないからな。ちゃんとついてきてくれ」
「え……え? えぇぇぇ!?」
白くて細い手首を掴むと志賀郷は驚いたようでビクッと全身を跳ねさせた。やっぱり嫌なのだろうか……。恋人でもないのに調子に乗るなと思われたかな……。
「悪い、手首はマズかったよな」
「いえ、そうじゃなくて……。その離さないって……あうぅぅ、狭山くんは平気でそういう事を……」
最後の方は小声で聞き取れなかったが、拒絶はしていないようだ。
「ありがとう。じゃあ行こうか」
「はい……お手柔らかにお願いしますわ……」
「う、うん……?」
志賀郷の謎発言に妙な緊張感を覚えるが、今は気持ちを落ち着かせるべきだろう。
俺は軽く一呼吸を置いてから、彼女の手を引いて歩き出した。
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(※)~ら=~でしょの意
主に静岡県で日常的かつ老若男女問わず使われる方言。
相手に同意を求める時に使う。
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