第四十四話 太くて長い……ですわっ!
午後七時の祭り会場で俺は志賀郷に振り回されていた。
「チーズタッカルビ……? 狭山くん、次はあれ食べたいですわっ!」
「どんだけ食う気だよ……」
立ち並ぶ屋台を見て目の色を変えた志賀郷は食欲
志賀郷の大食いは相変わらずで悩ましい問題ではあるのだが、こいつはどんな時でも美味そうに食べるので俺もつい甘やかしてしまうんだよな。
しかし屋台の食べ物は値段が高いから出費がかさむなあ。東京に戻ったらバイトを多めに入れておくか……。
一方、悩む俺をよそに志賀郷はチーズタッカルビの屋台に突撃していた。食う気満々……というかもう注文してるし。
「あら、お嬢ちゃん美人さんだねえ。おじさん嬉しいからおまけしちゃうよ」
「やったぁ、ありがとうございますですわっ!」
どうやら屋台のおじさんから大盛りのサービスをしてくれたようだ。先程からだが志賀郷は屋台の人からのウケが良く、おまけをしまくってもらっている。持ち前の可憐さと八方美人っぷりが彼女の得へと導いているらしい。実に羨ましい。
「まったく、美男美女が得する世の中なんて理不尽極まりないぜ……」
「まあまあ、狭山くんもきっと愛想良く振る舞えばサービスしてもらえますよ」
「ないない。不細工が愛想振りまいても気持ち悪いだけだから」
「そ、そんなことないですわ。狭山くんはか、かっこ……」
「かっこ……?」
言いかけた志賀郷の口が不意に止まる。そして慌てて両手を横に振り「今のは忘れてください」と強く言われてしまった。
今のは何だったのだろうか。志賀郷の頬も若干赤いように見えるし、やはり調子が悪いのではないか……?
「……もし具合が良くなかったら隠さずに言ってくれよ? 無理する必要はないからな」
「あ、はい、ありがとうございます……。でも私は本当に元気ですから。それよりも……おっ! あれは何ですか!?」
またはぐらかされた気がするけど……。とりあえず、志賀郷が興味を持ったやつに答えるとするか。
彼女が指差す先にある屋台には祭りの定番商品であるピンク色の長い棒が売られていた。
「あれはさくら棒だな。
「すみません。これお一ついただけますか?」
「はいよ、毎度あり!」
おいこら当たり前のように注文するなよ。というかせめて俺の話を聞いてくれ……。ああ、財布の中身がまた軽くなってしまう……。
「見てください狭山くん! これ凄いですわね」
「おう、そうだな……」
「太くて長いですわ……」
「そうか……。ただ、人混みの中でそういう発言をするのは……控えた方が良いと思うぞ」
「え……?」
流石は箱入り娘と言うべきか、志賀郷の無防備さは目に余るものがあるよな。これはある意味で
「だからその……見たままの感想を言うのはだな……」
「えっと……。あ、あぁ!」
暫く目を丸くしていた志賀郷だったが、やがて俺の意図に気付いたのかみるみるうちに顔を赤くしていく。
「さ、狭山くんのえっち……ですわっ!」
「俺が悪いの!?」
「だってこれを見て普通そう考えますか? その、あれを……」
「あれを……?」
「ぐっ……。言わせる流れにするのはやめてください!」
ぺしっと二の腕の辺りを叩かれる。いけないと分かっていても、志賀郷が相手だとついからかってしまう。反応が可愛いんだよなぁ……。
「ごめん、悪気は無かったんだ」
「ふんっ。狭山くんなんて熱々の鉄板に顔を埋めてしまえばいい……ですわっ!」
「地味に拷問なやつはやめてくれよ……」
普通に笑えない大火傷くらうからね。
「ともかく、狭山くんはあまり変な事を言わないでくださいね」
志賀郷は吐き捨てるように言い放つと俺の歩く先をぐんぐん進んでいってしまった。まるで拗ねた子供のようだが……。
「ちょっと待てって!」
大勢の人がごった返している今の状況で志賀郷と離れるのは危険だ。俺はすぐさま駆け寄ろうとしたのだが、更なる不運が襲ってしまった。
「うげっ……」
目の前を人という人が濁流の如く横切っていく。恐らくこれは……この後始まる花火大会を観る為に急いでいる集団だな。きっと志賀郷も花火を見たいはずだが、不意に現れた人垣によって彼女の姿は完全に見えなくなってしまった。
「すみません、通してください……」
必死に波をかき分けて進むも志賀郷は見つからない。やばい、完璧にはぐれてしまった……。あいつは携帯を持ってないから連絡もできないし、俺が一秒でも早く見つけ出さないと志賀郷が困ってしまうよな。せっかく楽しみにしてた祭りを俺の手で台無しにする訳にはいかない……!
しかし時間を追うごとに集まる人の数は増えていき、まともに歩くのさえ困難になっていく。志賀郷の綺麗な髪色は目立つから広く見渡せば見つかるはず、と思ったがそもそも視界が人で遮られているので遠くの状況は分からない。
いっそのこと大声で名前を叫んでみるか……? いやでも流石に恥ずかしすぎる。なんせここは俺の地元だ。下手な行動をして知り合いに見聞きされたらもう俺はお嫁にいけない……じゃなくて婿にいけないなのか? まあ今はそれどころじゃないんだけど。
来た道を引き返してみたり、屋台の並ぶ通りをしらみつぶしに探してみたが志賀郷の姿は見つけられなかった。もうすぐ花火大会も始まるのだろう。辺りのボルテージが一段と高まる中、俺は緊張と焦りで頭がいっぱいになっていた。
俺がもっと志賀郷を注意深く見ていれば良かったんだ。俺のせいであいつは……。
自責の念に駆られ、今一度志賀郷を探すべく足を踏み出した時、背後から声を掛けられた。
「あ、涼くんいた!」
「え……!」
懐かしく、聞き慣れた甘い声……。これは――
「
振り向いた先にいたのは俺の幼馴染で初恋の女の子とその従兄だった。
二人は「やっと見つけた」と言わんばかりの顔でこちらを見ていた。
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※「さくら棒」……主に静岡県内で販売されている麩菓子。色がピンクなだけで別に超美味いとかいう訳ではないが1m程ある長さはインパクトあるよね。
ただ、祭りといえばさくら棒という常識は県外では通用しないらしくこれまた驚き。のっぽパンが全国で売ってないくらい驚き。
※次話は10月17日(土)投稿予定ですが、この日は本作はお休みにして別の短編を投稿するかもしれません。
詳細は近況ノートでお知らせします。
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