第四十三話 私はばっちり元気……ですわっ!

「お前それ……」


 玄関から現れた志賀郷は安物の私服やいつもの制服姿ではなかった。


「どう、ですか……?」


 恥ずかしそうにしながらこちらに近付く志賀郷は浴衣を着ているのだ。淡い桃色の生地に黄色の花模様があしらわれたデザインは女の子らしく、可憐な志賀郷にとてもよく似合っていた。しかも髪型はお馴染みのウェーブではなく二つのお団子に纏めてあり花柄のかんざしが挿さっている。


 ヤバい、すげぇ可愛い……。雰囲気は洋風なお嬢様なのに敢えて和服を着ることで普段とのギャップが出るというか、金髪も案外合うのだと思った。それに彼女の大きすぎず適度な主張を放つ胸も全体のバランスに合わせて整っており、正に黄金比と呼ぶに相応しい見た目と化している……。



 ……ってつい心の中で語り過ぎてしまった。我ながら気持ち悪いな。


「……似合ってると思うぞ。突然でびっくりしたけど」

「本当ですか……? お世辞とかじゃ無いです

 か?」

「お世辞じゃないよ。そもそも志賀郷に似合わない服は無いと思うけどな。元が可愛いから何着ても可愛いっつーか……」

「か、かわっ……!?」


 俺の返事に驚いた様子の志賀郷は、ぼふっと頭から湯気が上がるほどに顔を赤く染めてそのまま俯いてしまった。


 そっか……。いきなり可愛いなんて言ったら驚くに決まってるよな。失礼に当たるかもしれないし俺も言ってて恥ずかしいし、いくら恋人の演技をしているとはいえ今後は控えておくとしようか……。


「あーはいはいお二人さん。イチャイチャするのは自由だけど、今親が目の前にいる事は忘れないでほしいかな」


 志賀郷の脇に並ぶ母が呆れ顔で見ていた。ああ、母さんもいたのか。志賀郷の印象が強烈で存在を忘れかけてた所だった。


「今のはイチャイチャではない。素直に感想を言っただけだ」

「へぇ〜。……だって、咲月ちゃん」

「素直に……ですか」

「ふふ、良かったわね。褒めてもらえて」

「あ、ち、違います良くないですっ!」


 志賀郷は顔を赤らめたまま今度は母に向かって不服を唱えていた。加えてかなり動揺しているようにも見えるが俺の思い違いだろうか……。


「それにしてもこの浴衣どうしたんだよ。誰から借りたんだ?」

「レンタル業者からよ。一泊五千円でね」

「はぁ!? なんでそんな高い金出してまで……」

「涼平。こういうのはお金の問題じゃないのよ」


 えらく真面目な表情の母に諭される。そうか……狭山家うちは贅沢ができない貧乏人ではあるものの、必要だと思う時にはケチらずにお金を使うような家なんだよな。「現金が空になっても心は空にするな」と母にはよく言われたものだ。わざわざ志賀郷に浴衣を着せたのも母なりの考えがあったからなのだろう。


「余計な心配はしなくていいから、ちゃんと楽しんできなさい。咲月ちゃんもね」

「は、はい……!」


 きっと母は俺が女の子を連れてきたことに喜んで様々なもてなしをしてくれている。

 ただ、志賀郷は俺の恋人ではないのだ。俺は両親を騙している。


 考えると胸が痛くなった。もし事実を知られたら怒られるよな……当たり前だけど。


「じゃあ行ってくる」

「私も……行ってきます、ですわ!」


 笑顔の母に見送られ罪悪感が募る中、俺と志賀郷は祭りで賑わう市街地へ繰り出した。



 ◆



「これが夏祭り……なのですわね」


 志賀郷が興味深そうに見つめる先には、道路の両脇に屋台を並べた歩行者天国が広がっていた。夜空の下、祭囃子まつりばやしの音がどことなく聞こえ不思議と気分が高揚してくる。


「そうだな。……屋台とか見るのももしかして初めてなのか?」

「いえ……車で通りがかった時に見たことはありますわ。警備上、私の身の安全が保証できない理由で外には出してもらえませんでしたけれど……」

「うわ、お嬢様らしいな……」


 確かにこの人混みでは何が潜んでいるか分からないからな。名家の御令嬢ともなれば避けるのは当然か……。


 しかしそうなると今の状況は平気なのだろうか。志賀郷家は復活したと木場さんは言っていたし、志賀郷本人を狙う奴がいないとは限らない。


「その……お前は最近両親と連絡取ってたりするか……?」

「え、相変わらず音沙汰無しですが……。どうかされまして?」

「いや、なんとなく聞いてみただけだ。気にするな」


 なるほど、志賀郷は知らないようだな。木場さんの情報はある程度信じてよさそうだが、俺から敢えて教える必要は無いだろう。そのうち志賀郷の耳にも入るはずだし。


 ただ、志賀郷の身に何かあったらすげぇやべぇ責任問題になりそうなので、今日は彼女から目を離さないように注意しよう。俺は小さく頷いて決心した。


「いいか、今日は俺から離れるなよ。人混みが凄いし、はぐれたら大変だから」

「は、はい。わかりました……」


 素直に首を縦に振った志賀郷だが、その顔は少々赤らめているように見えた。あれ、もしかして体調が悪いんじゃ……。さっきから様子もおかしいし――


「顔が赤いけど大丈夫か? 熱があるとか……」

「あ、ひゃ、ぜ、全然大丈夫ですよ! ええ、私はばっちり元気ですわっ!」

「それならいいんだけど……」


 なんか凄い勢いで否定されたな……。まあ、本人が平気と言うなら気にする必要は無いか。


「それより早く行きましょう! 私色々食べたいですわっ!」

「お、おう……」


 慌てた様子の志賀郷に疑問を抱くも、俺は先に進む彼女を追いかけるように歩いていく。


 屋台、夕飯時、志賀郷の食欲……。以上の三つが重なると悪い予感しかしないが、まあどうにかなるだろう。

 幾多の困難を乗り越えてきた貧乏人に不可能なんてない……はずだ。

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