◆第四十二話 私はきっと狭山くんの事が……
今回は咲月視点のお話となります。
また今後、題名の先頭に◆が付いてる回は咲月視点とします。
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私は狭山くんのお母さんに連れられて寝室に来ていた。お祭りに行く前に準備があるからと狭山くんをわざわざ外で待たせているのだけど……。仕度なら既に済ませているし今から私は何をされるのでしょうか……。
「咲月ちゃん、これなんだけど……」
「え……!」
楽しそうに笑うお母さんから差し出されたのは薄い桃色の布地と赤色の帯――浴衣だった。凄い……今から私、浴衣に着替えてお祭りに行けるのですね。
「着付けは私がしてあげるから、さあ服を脱いで頂戴」
「あ、あの……! これ、私の為に用意してくださったのでしょうか……?」
「勿論よ。咲月ちゃんは身体細いし可愛いから浴衣も絶対似合うと思ってね。一日だけどレンタルしちゃった」
「そんな……申し訳ないですわ……」
凄く嬉しいけれど複雑な気分になる。私は狭山くんの彼女という建前でご実家にお邪魔している身だ。居場所がないという事情を隠してのうのうと居座っている以上、余計な手間や迷惑は掛けたくない。
「気にしなくて良いのよ。涼平が見たらきっと大喜びすると思うわ」
「そ、そうでしょうか……」
狭山くんが本当に私の彼氏だったら喜んでくれるかもしれない。でも恋人のフリをしているから喜ぶ演技くらいはしてくれるのかな。
狭山くん、どんな顔をするだろう……。
「……あの子があれだけ必死になるのは珍しいからねぇ。多分咲月ちゃんが好きで好きで堪らないのよ」
「え……」
狭山くんが私の事を……? いやいや、それは無いだろう。確かに狭山くんは私の為に色々手助けしてくれたけど、あれはお互いの秘密を守る為の行動であって私個人を守ってくれた訳じゃない。
そう、
「ほら、ブラウスを脱いで。下着は着けたままでいいからね」
「あ、はい、すみません……」
今――何故か私は寂しいという感情を抱いた気がした。自分でも不思議に思う。狭山くんが私を意識してくれないのが寂しいとでも言うのだろうか。でも待って。それじゃあ私がまるで狭山くんを……。
「どうしたの? ボーッとしちゃって」
「い、いや、何でもないです。大丈夫です!」
危ない危ない。私ってば深く考え込んでしまいましたわね。これ以上迷惑は掛けられないし、素直にお母さんの指示に従わないと。
それから下着姿になった私は嬉しそうに微笑むお母さんに浴衣の着付けをさせられていた。
「こういうの一度やってみたかったのよねぇ。うちは涼平一人だから着付けする機会なんてなくて」
薄手の肌着を巻きながらお母さんが言葉を零す。
「その……面倒ではありませんの? やってみたいと思うものなのでしょうか」
「あらあら、意外と現実思考な子なのね。涼平が惚れるのも納得だわ」
「いや、そういう話ではないかと……」
「親心って言うのかなぁ。年頃の子を見るとこう……お世話したくなっちゃうのよ。うちは娘がいないから特にね」
親心、か……。私の両親は自ら進んで世話するなんて絶対にしないし、それどころか志賀郷
「それで……咲月ちゃんは涼平のどこが好きなの?」
「えっ……!?」
「まあアタックしたのは涼平の方からなんだろうけど、付き合ってるんだから良い所の一つくらい……あるでしょ?」
「そ、そうですわね……」
棒立ちになってされるがままの私は考える。急な質問に驚いたけれど、恋人だと思ってるなら相手の好きな所が気になってもおかしくないよね。
でも私は狭山くんの彼女じゃないから彼の好きな所は分からない。だけど私が客観的に見て良いなと思った所は……答えられるかな。
「目標や筋道をしっかり持ってる所……とか」
「うんうん」
「それで、その目標を達成する為には力を惜しまない所とか」
「ほうほう」
「自分の身を投げ打ってでも守り抜く所や面倒そうな顔をしてもなんだかんだ頼み事を聞いてくれる所も素敵かな……と思います」
「あらあらぁ」
自分で言っておきながら恥ずかしくなってきた。他人の長所を話すのも案外照れるものなんだなあ。
「咲月ちゃんはよく見てるわねぇ。涼平は頑固な性格だけど責任感はある方だと思うからね。……この前涼平が私を説得してきた時も凄かったわ」
「は、はぁ……そうだったんですか……」
「あれ、咲月ちゃんも見てたよね? 扉の隙間からこっそりと……」
「うぐっ! バレてたのですわね……」
私がお風呂から上がって部屋に戻ろうとした時に見た光景――あの時の狭山くんは私が変な企みはしていないのだと訴えてくれていた。まさか狭山くんがあそこまで私を理解していたとは思わなかったし、私を庇ってくれたことが嬉しかった。
「……実はあれ、涼平がどこまで咲月ちゃんを想っているのか試す意味もあったんだよね」
「え、そうなんですか……?」
「うん。涼平が彼女を呼んでくるなんて初めてだったから心配……する所もあったのよ。でもそれは私の杞憂に過ぎなかった。あの時の涼平は本気で咲月ちゃんを守ってたと思うわ」
確かに狭山くんの目は真剣だったし嘘はついてなかったと思う。だけどその行動に至った感情は私を想う気持ちではないだろう。狭山くんは優しいから、自衛のついでに私のフォローもしてくれたんだよね。
そう考えると……不思議と胸が痛くなり寂しくなってくる。狭山くんが私をどう思っているのか知りたい。少しは好意を持ってくれているのか、それともただの知り合い程度だと思っているのか……。
「私、好かれているのでしょうか……」
気付けば私は口を開いていた。こんなの、恋人同士なら聞くまでも無い質問なのに押し寄せる不安が私の許容範囲を超えてしまったのだ。本当に恋人なのかと疑われたかな……。
「大丈夫よ。咲月ちゃんは愛されているわ」
「え……」
「涼平がこんな可愛くて素敵な子を放っておく訳がないじゃない。もし愛想を尽かしたら私がどつき回してあげるわよ」
私の頭にお母さんの手が乗り、優しく撫でられた。なんだろう、この凄く暖かくて安心する感覚は。
思えば、こんな風に頭を撫でられたのは初めてかもしれない。狭山くんのお母さんが今だけは実の母より母らしく見えた。
「ありがとうございます……」
「ふふ。じゃあ今日はいっぱいおめかしして涼平を惚れ直させるようにしないとね」
「は、はい……!」
それからもお母さんは優しく丁寧に私を着付けてくれた。
やはり私は狭山くんに意識されたい、好かれたいと思っているのだ。そして私はきっと多分ほぼ間違いないと思うけど…………狭山くんの事が好きなのだろう。でもまだ確信した訳じゃないから今は仮定に留めておく。
これから狭山くんと会って話して遊びながらゆっくり考えていこう。急ぐ必要は無い。狭山くんと一緒にいられる時間は
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