【番外編】貧乏お嬢様と市民プール Part01

 帰省から数日経ったある日。


 俺と志賀郷は海岸沿いにある某市民プールに来ていた。事の発端は単純で「プールで遊びたい」という志賀郷の意見を元に両親がニヤニヤしながら後押しした結果だった。

 正直俺は乗り気がしなかったが、交際中という建前がある以上、断る理由が無くて渋々炎天下の外界に追い出された次第である。


 ちなみに家からプールまでは距離があるため父の車で送ってもらったのだが、時刻はまだ朝の八時を過ぎたばかりだ。プールの開場は九時なので待ち時間が発生する。


 しかしながら入場ゲートからは既に順番を待つ長蛇の列ができていた。さながら、人気遊園地並の盛況ぶりだが、これには理由があって……。


「たった五百円で一日楽しめるって本当ですの?」

「ああ。コスパは最強だからな、ここは」


 施設はそこそこ充実しており、流れるプールやウォータースライダー等のアトラクションを備えているにも関わらず、市営プールなので料金は最低限に設定されているのだ。我々庶民が幸せになれる魔法の言葉『コスパ』がとても良いプールなのである。


「銭湯とほぼ同じ値段なんて……素敵ですわね」

「……でも人が多いし暑いんだよなぁ」

「まあまあ。どうせ来たのですから楽しみましょうよ」


 志賀郷はかなり乗り気のようだ。泳げない癖にプールに行きたいなんて……変わった奴である。


「そういえば志賀郷ってこういう市民プールに来るのは初めて?」

「ええ。学校の授業以外で他人と同じプールに入るのは初めてですわ」

「え……。じゃあ遊び目的は一回もないの?」

「そんなことはありませんわよ。毎年自宅のプールで涼んでましたし……。私一人でしたけれど」


 そっか、金持ちは家にプールがあるから外に出る必要すら無いのか。あーあ、羨ましい。


 しかし……。志賀郷の表情はお世辞にも晴れ晴れしているとは言えなかった。一人、と口にした時に辛そうな顔をしていた気がする。


「そうなるとここのプールは真逆になるな。人は多いしうるさいし騒がしいったらありゃしない」


 俺からしたら不快な要素でしか無い。だが志賀郷にとってはそれすらも新鮮で憧れのように映るのだろう。だから彼女は今日一日しっかり楽しめるはずだ。


「そうですか。それはとても楽しみですわね」


 俺の読み通り、志賀郷は喜んでいた。ほんと、住む世界が違う人間は考えることも全然違うよな。

 俺達庶民の常識は通用しないけど、だからこそ新たな発見もあるし話していて退屈する事はない。

 開場までの待ち時間も志賀郷のセレブトークを聞いていたらあっという間に過ぎていった。



 ◆



 短パンの水着に着替えた俺は更衣室の近くで志賀郷を待っていた。

 なお、水着を持ってこなかった志賀郷は彩音ちゃんのお古を俺の両親経由で借りることになり、今それに着替えているはずなのだが、若干心配する点が一つあって……。


「合うのかな……」


 問題はサイズである。身長や身体の細さは似てるので大丈夫そうだが、ある一部分……。幼さが残る彩音ちゃんと程よく成長している志賀郷では差がはっきりと出ているからな。ビキニだったらかなり際どくなるかも――


「お待たせしましたわ」

「おぅふ!?」


 妄想が暴走しかけたところで志賀郷に声を掛けられた。驚いたあまり、気色悪い反応をしてしまったよ……。


 志賀郷は胸元にフリルが付いたワンピースタイプの水着姿で現れた。比較的露出が少ないので大事な部分はしっかりと隠れている。良かった……。とりあえず目のやり場に困る事態は免れそうだ。


「あ、あの……狭山くん?」

「ん、どうした?」

「その……。変じゃないですか? ちょっとサイズが合わないみたいで……」


 言いながら胸元に手を当てる志賀郷。なるほど。よく見るとその……あれだ。凄いことになってる。

 明らかに小さい果物ネットに無理矢理メロンを詰め込んだというか、パンパンに膨らんだ詰め放題のビニール袋状態というか……。おこぼれは無いものの、彼女のボディラインが丸見えになっていた。これは逆に目線に困るパターンじゃないか……。


「大丈夫。変ではないから……」

「ならいいのですが……。はぁ、私太り過ぎですかね」

「細過ぎるくらいだから気にするな。その水着が特殊なだけだ」


 今彩音ちゃんに凄い失礼な事を言ったと思うけど……。ま、まあ胸の大きさで全てが決まる訳じゃないし、彩音ちゃんの可愛さは胸に留まらないビックサイズだからな!


 よく分からない弁解を心の中で繰り広げつつ、志賀郷を連れて先に進んでいく。

 さて、この唸る暑さをプールで癒すとしますか。

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