第三十六話 それが礼儀ってもの……ですわっ!

 自分が生まれ育った街にクラスメイトの女の子を連れて歩くというのは想像よりも恥ずかしかった。幼少期の思い出を勝手に知られるような……そんな感覚に似ている。


「ここが狭山くんの地元……なのですね」


 最寄り駅からは徒歩で実家に向かう。好奇心旺盛な志賀郷はきょろきょろと周囲を見回していた。約三時間の長旅だったにも関わらず元気な奴である。


「大して面白いものも無いと思うけどな。普通に家と店しかないし」


 駅周辺は商店街という名のシャッター街が広がっており、更に離れると田んぼや戸建ての家しか存在しない。典型的な郊外の街だと思うが志賀郷の目には新鮮に映るのだろうか。


 俺が通ってた幼稚園や小学校の前を通り、その度に志賀郷が「ここが狭山くんの……!」と興味深げに頷きながら歩くこと約十分。家のすぐ近くまで着いた頃――


「あ……」


 見覚えのある人物が正面からこちらに向かってきていた。丈が短めの白いワンピースに麦わら帽子を被った女の子……。間違いない。幼馴染の彩音あやねちゃんだ。


「あれ、涼くんじゃん! 久しぶり〜!」


 向こうもすぐに気付いたらしく、手を振りながら駆け寄ってきた。実家で過ごしていた頃はよく顔を合わせていたが、高校生になってからは全然会ってなかったんだよな。


「久しぶり。彩音ちゃんも帰ってきたんだね」

「うん、昨日帰ってきたんだよ。もうさ、新幹線激混みでヤバかったよ〜」


 愛想良く笑ってくれる彩音ちゃんを見て思わず俺も口元が緩む。彼女は俺と同い年で、しかも東京の高校に進学しており、境遇としては俺と似ているのだ。


 それにしても……彩音ちゃんは可愛いなあ。実は俺の初恋の相手であり片想いのまま幕を閉じたのだが、今でも可愛くて良い子だと思っている。

 元気で愛嬌もあっていつもニコニコしていて……。艶めいた黒髪を二つ結びにする髪型も昔から変わらず似合っているし、いつ見ても胸が高鳴ってしまう。もし彩音ちゃんに好きな人がいなかったら俺の初恋も実っていたのだろうか……。


 ――って早速浮かれてどうするんだよ俺は。でも彩音ちゃんは特別枠というか、本当に可愛いし……。


「えっと……涼くんの隣の子って……」


 一人妄想に酔いしれていたところで彩音ちゃんに問われる。そうか、志賀郷の紹介もしなくちゃいけないよな。


「うん、こいつは……」


 隣に視線をずらすと…………驚いた。何故か志賀郷はとてつもなく不機嫌そうな目で俺を見ていたのだ。いや怖いから……。どうしたの急に。


「待って。まずは其方そちらから名乗りなさい。それが礼儀ってものですわ」


 ちょっと、なんでそんな威圧的なの!? 悪役令嬢なオーラが凄い出てるんだけど。

 理由は分からないが態度がでかくなった志賀郷に対し、彩音ちゃんも怯んでいるようだった。可哀想に……。


「ごめんなさい……。えっと……わ、私は星月ほしづき彩音あやねと言います……。涼くんとは幼馴染というか、近所に住んでたからよく一緒に遊んでて……」

「なるほど、やけに馴れ馴れしいと思ったらそのような背景があったのですわね」

「ちょ、志賀郷!」


 制止を促すも鋭い目付きで睨まれてしまい俺までたじろいでしまう。彩音ちゃんも困ってるし仲良くしようよ……。


「私は志賀郷しがさと咲月さつきと申しますわ。狭山くんとは以前から交際をしておりますの。そして今日はご両親に挨拶するために伺ったのですわ」

「そうなんだ……って、え!? 涼くんと付き合って……え、えぇぇぇ!?」


 まさかの急展開に彩音ちゃんは目を見開いて口をぱくぱくさせていた。可愛い。

 というか、彩音ちゃんにまで恋人のフリをする必要は無いのではなかろうか……。


「凄いね涼くん、いつの間に……。わ、私もゆうにぃに頑張ってアタックしまくらなくちゃ!」


 ゆうにぃ――俺は佑真ゆうま兄さんと呼んでいたが、彩音ちゃんの従兄で幼い頃はよく面倒を見てもらっていた。しかし彩音ちゃんの好きな人が彼だと知ってからはなんとなく距離を取るようになり、今ではすっかり疎遠になってしまっている。佑真兄さんは悪くないのに俺から勝手に離れて……申し訳ない事をしたよな。


「うん、応援してる……。ところで彩音ちゃんはどこへ行くの? 用事?」

「用事って程でも無いけど……。商店街の方に行って『つけナポリタン』を食べてこようと思ってね」

「おぉ……相変わらず好きだね」


 我が街発祥(らしい)のB級グルメなのだが、彩音ちゃんの好物なんだよなあ。昔はよく一緒に食べに行ってたっけ。


「つけ、ナポ……」


 隣でボソッと呟きが聞こえる。さすが志賀郷。いくら態度が急変しようが食べ物の話題には興味があるようだ。


「じゃ、じゃあ涼くんと…………志賀郷、様? 私はもう行くから……またね!」


 俺達の邪魔をしたら悪いと思ったのか、隙を見つけた彩音ちゃんは逃げるように去ってしまった。結局最後まで志賀郷にビビってたな。次会ったら誤解を解かないと……。


 彩音ちゃんの背中を見届け、後ろ姿も可愛いなと浮かれた事を考えつつ、視線を隣に移す。さて……空気が一気に重くなったな……。



「……狭山くん」

「は、はい!」


 志賀郷が低い声で一言。こ、怖ぇぇぇ……。


「私という美少女がいるにも関わらず、あのたるんだ顔は何ですの? 見ていて不快極まりなかったですわ」

「ごめんなさい申し訳ありませんでした」


 とりあえず頭を下げて謝っておく。まるで浮気がバレた夫みたい……だな。


「……あの女と私、どちらが大切だと思ってますの? もちろん――」

「志賀郷咲月さんであります。はい!」

「そ、そう……」


 もはやネタなのか何なのか……。終いには言った本人も顔を赤らめているし、よく分からんことになっている。

 だが、志賀郷は溜め息を一つつくと、中身が入れ替わったかのように表情を緩めた。


「いかがでしたか? 恋人らしくヤキモチを妬くをしてみたのですけど……」

「いや気合入り過ぎだろ!」


 最初マジでビビったわ! まさか演技だと思わなかったし、もしかしたら女優の才能があるんじゃないのか……?


「ただ……。先程の狭山くんの顔が不快だった事は本音ですわね」

「あぁ、そうっすか……」


 そこまでおかしな顔をしていたのだろうか。顔芸をしていたつもりは無かったのだが……。


「それで、狭山くんは彩音さん……が好きなのですか?」

「え、ど、どうしてそう思ったの!?」

「いやあんなにデレデレしてたら誰だって分かりますわよ……」


 呆れた表情で見られる。マジかそんなに顔に出ていたのか……。今更だが凄く恥ずかしくなってきた。


「彩音ちゃんは……好きなのかもしれないけど諦めはついているんだ。叶わない片想いをしても意味が無いからね」

「……その割には顔が緩んでたように見えましたが?」

「ぐっ……。でも恋愛対象になってないのは本当だから……」

「ふーん。…………怪しいですわね」

「信じてよ!?」


 目を細める志賀郷に弁明を続けるが……。そもそもここまで必死になって説得する必要があるのだろうか。


 もし志賀郷が本物の恋人だったら潔白を主張しないと駄目だけど、実際は恋人では無くただのクラスメイトだ。俺が誰を好きになろうが志賀郷には関係無い。

 それなのに……何故か俺は必死だった。そして志賀郷も俺と彩音ちゃんの関係が気になっているように思えた。


 どこまでが演技でどこから本音なのか正直さっぱり分からない。俺も自分の言動がクラスメイトとして相応しいものなのか判断できなかった。恋人のフリをする事であらゆる思考が遮られ混乱を招いているような気がするな。


「……まあ、そこまで狭山くんが言うのなら、信じてあげなくもないですわね」


 鋭かった目元を少し緩めた志賀郷が一言。安心したようにも見えたが……気のせいだろうか。


「彩音さんにも悪い事をしてしまいましたし、今度お会いしたら謝ろうと思いますわ」

「そうだな。実はお嬢様じゃなくてただの貧乏人ですって言うと良いぞ」

「それ言う必要ありますの?」


 頬を膨らまして不満をあらわにする志賀郷。喜んだり怒ったり、感情がすぐ顔に出る奴なのでついからかってしまうんだよな。


 それから適当に志賀郷をあしらいつつ、実家に向けて歩みを進める。今度は彩音ちゃんが言ってた『つけナポリタン』について聞いてきたので分かる範囲で解説しておいた。




================


「B級グルメ……って何ですの?」

「そこからか……」


※つけナポリタンは静岡県富士市発祥のB級グルメ。つけ麺のように、トマトベースのスープに麺をつけて食べるのが特徴。


※今回登場した彩音ちゃんは拙作『従妹に懐かれすぎてる件』のヒロインです。

カクヨムでは公開しておりませんが、タイトルでググれば……読める所がでてきますのでそちらも是非(笑

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