第八話 コンビニのコッペパンは美味しい……ですわっ!

「すまん四谷よつや、遅くなった」

「もう、さーくん本当に遅いよー」


 腕を組んでぶつぶつと文句を垂らす女子生徒は俺達のクラスメイト、四谷よつや秋穂あきほだ。艶やかな黒髪セミロングが特徴で、良くも悪くも目立たない平均的な子である。


「よ、四谷さん……!?」

「どもどもーって……まさかの咲月ちゃんですやん! さーくん、今日のゲスト豪華過ぎない!?」

「ラジオ番組でありがちなサプライズ的展開に寄せるのはやめたまえ。いきなりで悪いのは分かってるが、志賀郷も困ってるだろ」


 まさか俺以外の人物がいると思っていなかったのか、志賀郷はあたふたと慌てている様子だ。耳打ちをしたいらしく肩をつついてきたので、俺は中腰になって彼女の高さに合わせる。


「これは一体どういう事ですの?」


 こそこそと囁く声には不安の色が混ざっていた。だが無理もない。両親に逃げられたという秘密を守りたいのに、早速第三者と顔合わせしたら誰だって困惑するだろう。

 でも黒髪の平凡女子、四谷秋穂なら問題無いのだ。


「実は俺は毎日ここで四谷と昼飯を食っててな。四谷も俺と同じで名家でも無ければ金持ちでもない普通の庶民なんだよ。だから安心していい」


 小声で答えると、志賀郷は納得したようで小さく頷いた。ところが、俺の声は四谷の耳にも届いてしまったらしい。前方から怪訝そうな表情で睨まれてしまった。


「私の情報漏らさないでよ。誰にも言わないって言ったじゃん」

「四谷、違うんだ。信じられないかもしれないが、志賀郷も色々あって俺達の仲間になったんだよ。だから連れてきたんだ」

「まさか私達の貧乏同盟に咲月ちゃんが……? いやいや、何言ってるのさーくん。流石に失礼過ぎると思うけど」


 すっかり冷めてしまった目で見てくる四谷の視線が痛い。でも俺は断じて嘘は言っていない。

 弁解の余地は十分にあったが、ここで話を遮ったのは隣に立つ志賀郷だった。


「四谷さん、今のは全て事実ですわ。だから狭山くんを悪く思わないでくださるかしら」

「え、あぁうん……分かった」

「私は…………家も家族も失ってしまいましたの」


 それから志賀郷は両親の夜逃げからボロアパートに引っ越すまでの過程を一通り説明した。できれば話したくない秘密のはずなのに、ぺらぺらと口に出す志賀郷の真意は俺には分からなかった。



 ◆



「ということは……さーくんのお隣さんは咲月ちゃんなの!?」

「ああ、偶然だけどな」


 四谷は驚きの声を上げたが、これは想定内だ。しかし当の本人である志賀郷は、俺が今朝買ってきた菓子パンを既に頬張っているのだ。これは想定外。


「これがコッペパンですのね。素朴な味ですが意外とアリですわ……!」

「一人で勝手に食レポタイムを始めるなよ」


 もう我慢できないと志賀郷が目で訴えてきたのでパンの小包を渡したら、早速食べ始める始末だ。志賀郷にとって食べ物の優先順位は何よりも高いのだろう。


「おぉ、咲月ちゃんもコンビニのパンを食べるんだね。いつもはおせちみたいなお弁当だったのに」


 そういえば、と俺も思い出す。志賀郷の特製弁当は結構有名で、三段の重箱に高級食材をこれでもかと詰め込んでおり、四谷がよく「これが貧富の差だよねぇ」と嘆いてたっけ。

 というかあの重箱、てっきり集まった女子達とシェアする分だと思っていたけど、志賀郷の食欲から察すると一人分だった可能性もあるよな。どんだけ食べるんだよ。カロリーとか富士山の標高並だろ。


「ええ。例え庶民の安物であってもお腹に物を入れないと動けませんからね。まさに背に腹はかえられぬってヤツですわ」

「ほほー。それにしても咲月ちゃん、良い食べっぷりだよねぇ。なんなら私のお弁当も食べてみる? 大した物は入ってないけど」

「あら、良いのですか……! ぜひいただきたいですわ」


 こらこら甘やかすな。志賀郷に食料を渡したら一瞬で溶けてなくなるぞ。


「四谷、くれぐれも志賀郷の事情はバラさないようにな」

「分かってるってー。これから私達の同盟に咲月ちゃんが加わるための儀式を始めるから安心して」


 いや安心できないよ。儀式って何だよ聞いたことないぞ。

 はにかみ笑顔で弁当を広げる四谷に呆れた視線を送るが、彼女は気にする素振りも見せずに箸を手に取った。


「咲月ちゃん、玉子焼き食べる?」

「食べますわ!」

「了解。ちょっと待っててね……」


 言いながら黄色に染まる塊を一切れつまみ出す四谷の仕草を志賀郷は食い入るように見つめていた。特段珍しい見た目ではないが、志賀郷は玉子焼きを食べたことがないのだろうか……。


「はい、あーん」


 片手を添えながら箸を前に差し出す四谷だが、志賀郷は「あーん」の意図を汲み取れていないらしい。首を傾げて困惑しているようだった。


「……私はどうすれば?」

「口を開けて。入れるから」

「はい……」


 それから言われた通りに広げた志賀郷の口に、すっぽりと四谷の玉子焼きが収められた。

 しかし何だろう。女子同士の「あーん」ではあるが、目の前で見せられると何故か俺まで恥ずかしくなってくる。本人達は全く照れていないけど。


「どう、美味しい?」

「……はい。柔らかくてほんのりと甘い。これは美味ですわ」


 手を口元に当てて幸せそうな笑顔を浮かべる志賀郷を見ると俺もつい頬が緩んでしまった。美味そうに食うんだよなぁ、こいつ。

 一方、四谷は俺達とはベクトルの違う笑い方をしていた。


「ふふ、咲月ちゃん騙されたね。実はこの玉子焼きには、あらゆる物を全て私に貢がなくてはいけない成分が入っているのだよ。さあ、隠している財産をこの私に……!」

「そ、そんな……。でも私は三万円しか持っていないのでこれだけですが……」


 そう言って財布を取り出し、易々と全財産を差し出そうとする志賀郷を慌てて止める。しかし見ているこちらが不安になるくらい人をすぐ信じるタイプだよな。胡散臭い訪問販売に騙されて壺とか買っちゃいそう。


「はいはい終了ー。志賀郷をあまりからかうんじゃないぞ」

「からかってないよ。これくらい普通だって」

「そうか。なら俺も四谷に『何でも言うことを聞く成分が入ったパン』を食べさせようかな」

「いや、さーくんそれ普通にセクハラだから……」


 ちょ、ここでドン引きとかやめてくれよ。そんな冷めた目で俺を見ないでくれ……。


「さ、狭山くん……その、何でも聞くって……恐ろし過ぎるのではないかしら……」

「お前はもう少し人を疑うようにしような?」


 異常に素直な性格の志賀郷もまた困り者である。

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