数字の見える目

一愛

見えない物が見えるんだ

―――ピッ…ピッ…ピッ…ガコン。



 今日で残り一週間か……



 僕には他人には見えない物が見える。

 だが、幽霊やもののけ等といった類が見える訳ではない。

 かといって人の死期がわかるはずもない。

 では、一体何が見えるのか。


―――ピッ…ピッ…ピッ…


 再び動きだしたみたいだ。

 そう。実は空に浮かぶ謎の数字が見えるのだ。

 何の数字かって?それは僕にもわからない。だからこうして心待ちにしていたんだ。この数字が0になったら、どうなるんだろう、と。

 どうして数字が見えるようになったのかというと―――時は3年前に巻き戻る。


 当時引きこもりだった僕は、部屋の電気もつけずただネットサーフィンを楽しんでいた。

 高校生にもなって情けない、と自分でも思うが、退屈な人生に飽きてしまったんだ、仕方がないさ。


 そして、事件は起こった。


 友達もおらず、鳴るはずもないスマホが突如騒ぎだし、何事かと飛び起きれば画面には『隕石接近、直撃に注意』との速報を伝える文字列が。

 何時ぶりかはもう覚えていないが、窓を隠していたカーテンを久々に開いた。

 だが、空には何も映っていなかった。

 そして再度鳴り響くスマホを見にベッドへと戻ると、『誤報』だったとのことだ。


 ニュースによると、実際に隕石が近づいているのは確かだが、その件とこの件とは全く関係がないそう。

 軽く期待をしていた自分に苛立ち、ドンドンと足音を踏み鳴らしながら窓に近寄る。

 カーテンを閉めようと外へ見やると、そこには宙に浮かぶ大量の文字が……


…とまあこういう感じで数字が見えるようになったわけだ。


 ピロンッ。


 あの時と同じだ。ははーん、未だ引きこもりを続けている僕のスマホが鳴る、ということはまた速報だろ。

 んーどれどれ…明日から年明けまではなんらかの電波障害が発生するため、ネットワークをご利用できなくなります…だと?

 それは困る!ネットがなくなるなんて、僕はこれから一体どうすればいいんだ!?


 ………あ。もしかして、そういうことか。


 ふと冷静になって考えれば、一週間後は1月1日。丁度数字が0になり、新年が訪れるじゃないか。

 それに加え、この電波障害ときた。


 もしかして、僕だけじゃなくて他の引きこもりのやつらにも見えていたんじゃないか?


 思えば勝手に自分にしか見えないと思っていただけだった。


 女手一つで僕を育ててくれた母が数字が見えないと言うから僕だけが見える、と錯覚していただけかもしれない。

 でもきっと、僕ら引きこもりにしか見えてないと思う。


 だって、この一週間ネットを使うことができない。そんなの、外に出ろって言ってるのと同じじゃないか。新しい年には部屋を飛び出して頑張って欲しい、との神のお告げとも思える。

 勉強を投げ出した僕にはこんなことしか考えることができないよ。


 残り一週間。年明けに友達つくることができるかな。

 明日、学校へ行ってみよう。とりあえず学校にでもいかないと、何も始まらないしな。


 そして、次の日となった月曜日。


「お、おはようござい…」


 ガラガラッと授業中の扉を開けた僕へとみんなの視線が注がれる。

 そりゃそうか。入学式以来初めての登校だ。しかも、遅刻ときた。仕方のないことだろう。


 結局、今日はなんの進展もなかった。


 火曜日。

「お前さー、いままで何してたの?」

「これからよろしくねー!」


 クラスの陽キャ、と呼ばれる人に話しかけられた。

 女子にも、だ。勝った...


「なぁ、テックトック見てるかー?」

「そうそう!イソスタとか!」


 わからない単語が続々と出てくる。それに比べ、教室の隅からはアニメやらゲームやらの会話が聞こえてくる…


 水曜日。


「ね、ねぇ、もしかしてそれってVRMMOのこと?」

 今日は勇気を出して、隅にいた連中へと話しかけてみた。すると………


「もしかして君もアニメ好きなの?」

「う、うんそうだけど…」

「そうなんだ!実は僕たちもなんだ、仲良くやろうよ」


 友達が生まれて初めてできた気がした。


 木曜日。


 陽キャラの人たちからはもう話しかけられなくなった。

 でも、それでいい。楽しくやれれば、目立たなかろうが関係ないや。


 二人の男子と、一人の女子と僕で話すようになった。女子と話せるのは僕としても嬉しい。


 いやぁ、今日はいい日だった。


 金曜日。


「もうすぐ年明けだなー、明日は俺ん家でパーティーしようぜ!」

「賛成!」


 そんな会話が聞こえてくる。


 成り行きで、僕ら4人も映画へいくことになった。

 恋愛の映画。まぁ、アニメ物だけどね……


 ああ、明日が楽しみだ。


 そして、12月31日、土曜日。


 今日はみんなで映画だ。

 こうして誰かと出掛けるなんて、昔は考えもしなかった。

 数字にはとても感謝してる。いやぁ、僕もやるときはやれるんだな…今日は母さんが泣いてお見送りしてくれた。大げさだな。


 10時になり、みんな集まったところで劇場へと入る。席はくじ引きの結果、僕が右端、横に女子、そして残りの二人がその横といった形になった。


 隣に女子がいる状況での恋愛映画はなんか、こう…ドキドキしちゃったな。少し寄り添ってきた気がしたのは気のせいだろうか。


 午後2時過ぎ、駅前でそれぞれ解散となったが、方向が同じだった僕と女子は二人で少し遊びにいくことにした。


 ゲームショップやゲームセンター…とてもデートとは思えない感じで夜を迎えてしまったが、楽しそうにしてたしまぁいいかな?


 別れ際、女子の乗るはずの電車のドアが開く。

 女子は電車に乗ると、振り替えって一言。

「今日は楽しかったよ。ありがとう。あと...」


 少女は頬を赤らめながら告げた。


「貴方が好きです」


 言い終わるか言い終わらないか、の際どい所で電車は閉まり、

 唖然として口を開きっぱなしの僕を置いて行ってしまった。


 そして、夜9時過ぎ。


 今日は楽しかった……この一週間、本当にいろいろあったなぁ。


 学校へ行くことにして本当によかった。それもこれも、全部数字のお陰だよ。あぁ、嬉しいな。こんなに嬉しいことなんて生まれてから一度もなかった。趣味を共有できる友達ができ、かわいいなと思っていた子からは告白され。悪いことが起きそうで心配だよ。


 もうすぐ年明けか。そして、数字が0になる瞬間だ。

 来年はしっかりしよう。引きこもってなんかいられないや。たくさん、デートもするんだ。

 今週の出来事を振り返りながら、ふと数字を見やる。

 ……………あれ?おかしいぞ?


 現在、午後10時32分。数字は、残り46分。


 少し、ズレている。

 最初は時計がおかしいのかも、と思ってスマホの時間も確認したが、時刻は同じ。


 この数字について解っていることを書き並べてみた。

 ええと、隕石のニュースの時から見えるようになった…それしかわからない。

 今、電波障害が起こっている……それはただの偶然か?

 始まった時も隕石に関係していたし、電波障害と言えば隕石から発生する磁場による物だと考えられる。

 これは、アニメから得た知識だけど。


 残り、10分。


 考えすぎかな。いいや、0になったらわかることだし。


 ピッ…ピッ…ピッ…


 静まりかえった部屋に、数字の進む音が響く。

 怖い。

 普段は気にならないくらい小さな音だが、こうも静かだとはっきり聞こえて、不気味だ。


 残り5分となった所で、部屋が左右に大きく揺れだした。


 地震だ!


 ゴゴゴゴゴゴゴ………


 1分くらいたっただろうか。かなり長く揺れたな。

 ピロンッと鳴ったスマホの画面には、震度6強を知らせる速報が。


 ピリリリリリリ。


 再びスマホが鳴る。今度は速報ではなく、初めての電話だ。

 隠れていた机の下から身を出し、スマホを確認する。


 あ、彼女からだ。

 迷わず応答ボタンを押し、安否を確認する。


「今の大きかったね、大丈夫?」

「こっちは大丈夫、だから早く逃げて!」

「え?」

「いいから!早く!君の住んでる所の、近くの山が――――」


 ツー…ツー…ツー…


 切れてしまった。電話線が切れたからだろうか?

 最後の方をよく聞き取れなかったけど、なんて言おうとしたんだろう。


 そんなことよりも。とりあえず外を確認しよう。

 変形した階段をそろりそろりと降り、母が別の県への出張でよかったと少し安堵しながら外へと歩を進めた。


 ………ガチャ。


 なんだよこれ……灰色の砂?のような物が降り積もっている。

 あ、まさかこれって。数字に目を向けると、残り10秒を示していた。


 その時、同じ方向からかなりのスピードで何かがこちらへ向かっているのを確認した。


 9…8…7…


 なんでだよ…………年明けの数字じゃないのかよ………


 6…5…4…


 彼女もできてこれからだってのに………!


 3…2…1…


 この数字は、希望なんかじゃなくて―――


 0―――僕の寿命じゃないか。


 ドォォォォ……………


 そして、時は立ち。

「君のいない世界なんて嫌だよ……」


 暗い部屋に少女が一人、踞っていた。

 彼女のスマホが鳴り、画面へ目をやる。そこには、「本日は流星群が見れます」、とのこと。

 あの地震以来一度も部屋からでることのなかった少女は、希望を求めて、カーテンをゆっくりと開いた。


 空には一面の流星群と、残り134時間と示され、カウントが進んでいる数字が。

「なんだろう…あれ。もしかして、私の希望になるのかな」


 少女は次の日、部屋を飛び出した。




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