第112話

 小森翔太


「ぜー、はー、ぜー、はー」

 泉さんを背負って展望台カフェまで階段を登り切った僕は滝のように汗をかいていた。


 てっきりエスカレーターやエレベーターがあると思っていた。まさかの階段オンリーにに驚きを隠しきれないよ。

 

 おかげで女の子特有の甘い匂いや、柔らかい感触を役得だと感じられたのは最初だけ。

 あとはひたすら地獄だった。

 

 さては泉さん……階段を自分の足で登りたくなかっただけなんじゃ⁉︎ 

 いやそうじゃないかとは薄々気付いてたよ? だって厚底の靴だったしさ。

 精神はズタボロだろうし、靴擦れさせたくないからおぶること自体は別にいいけどさ!

 

 こんなところを誰かに目撃されたら――、

「修羅場でしょうね間違いなく」

「さも当然のように僕の心を覗かないでもらえます⁉︎」


「翔太さんにしてみたら私の存在って『僕の心のヤバいやつ』ですもんね」

「ただのヤバいやつなんですけど⁉︎」

「健吾さんの『寝取られで興奮する説』も現実味を帯びてきましたし……なんならイチャイチャしてみます? 柔らかいですよ私」


「病んでる! 間違いなく病んでるよ泉さん! もう帰った方がいいんじゃ……」

「私に帰る場所なんてありましたっけ……ああ、翔太さんの家ですね」

「ヘルプ・ミー!」


 このままじゃ健吾くんの寝取らせに泉さんまで参入しかねない!

 そんな僕の心配をよそにふらふらと展望台カフェに向かって歩を進める泉さん。

 一体何が彼女にそこまでさせるのか。もう僕には理解ができなかった。ただただ嫌な予感しかしない!


 泉天使


 浮気三昧中の恋人を目の前にしておきながら私の足は展望台カフェに向かっていた。

 

 浮気相手、それも市内で名を轟かせる夏川さんと二人きりで観覧車。

 これから私がしようとしていることはどんなホラー映画を鑑賞することよりも恐ろしいことだよね、きっと。


 十代の美男美女という色々と持て余す学生が雰囲気ある空間で密閉状態。

 むしろ、何もない方が相手に対して失礼だよね……。

 けれどもしも決定的な瞬間を目撃することができたら、心を整理して新たな一歩を踏み出す覚悟を固めようと思っていて。


 このまま傍観者として終わるつもりなんてさらさらない。

 もしも勝ち目がなくても、逃した魚は大きかったって思い知らせてあげたくて。

 

 なにより転んでもただで起き上がるつもりはなかった。


 恋人の二股という――長い人生の中で一度は経験するであろう悲劇に翔太さんの存在は本当に大きい。

 今思い返してみても隣に彼がいてくれたおかげでギリギリのところで精神を保てていられるのだと思う。本当に良かった。心の底からそう思う。


 だからこそ私は翔太さんに感謝しかなくて。願わくば彼には意中の相手と幸せになって欲しいと思わずにはいられなくて。


 だからこそこれからのことを相談しながらも、確認したいことがある。

 それは翔太さんにとってはお節介かもしれない。けれど後悔はして欲しくないから。


 だから私は柄にもなく異性である彼とちょっと真面目な話をしようと思っていた。


 だけどそれが後に私たちの関係を大きく変えてしまうことになるなんて思いもよらなかた。


 小森翔太&泉天使


 展望台カフェに足を踏み入れる小森翔太と泉天使。

 小森は主人に仕える忠犬のように最後まで入店に抵抗。

 それを首輪と繋がったリードを強引に引っ張るように引き連れてきたのが泉である。


 嫌がる犬を無理やり引きずり込むような絵になっていた。

 やがて着席するも、

「「……」」


(きっ、気まずい……!)


 お決まりのお通夜モードである。

(こういうときはまず男の僕の方から気を紛らわせられるようリードするべきだよね……よし!)


「きょっ、今日はそのっ、いい天気ですね!」

「はっ?」


(ひぃぎゃああああああああああっー! 泉さんが鬼のような眼で僕を睨みつけてくるんだけど! いい天気ですねって、お見合いじゃないんだから! 緊張した途端、無味無臭の世間話しか出てこないとか、どれだけコミュ障なんだ。でもさ、いくら僕に非があるからってそんな眼で睨みつけなくても……)


「そんな眼で睨みつけられても……なんだ? 言ってみろ」


(そうだった! 泉さんは僕の心を読めるんだった! まずい……)


「何がまずい? 言ってみろ」

(なんだこれ⁉︎ いきなりパワハラ会議が始まったぞ! それも息が詰まるタイプの!)


 カタカタと震える小森翔太。

「違うんです泉さん!」と否定しかけた次の瞬間、


「デラックスパフェをお待ちのお客様」

 ウェイトレスがパフェを運んでくる。

 まさしく間一髪。

 九死に一生を得る小森翔太。


 あと少しタイミングが遅れていたら頭と胴体が切り離されていたところである。


 パフェを食し、頬っぺたを押さえながら「美味しい!」と唸る泉の姿に助かったと小森が胸を撫で下ろしたのも束の間。


「私、ずっと気になっていたんですけど」

「あっ、はいなんでしょうか天使様!」

「……どうしたんですか翔太さん。まるでパワハラ上司を前にしているような反応じゃないですか」


「ごめんなさい。なんか泉さんがすごく恐ろしい存在に見えて……」

「なんですかそれ……」

 と苦笑する泉天使。

 

 彼女の次の質問は小森翔太、夏川雫、高嶺繭香、泉天使、砂川健吾の関係を大きく動かすものになる。


「翔太さんには気になる異性とかいないんですか?」

「……はい?」

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