第111話

 緊急招集に応じると、泉さんはカツラを外して、

「遅いですよ翔太さん!」

「ごめんなさい。これでも急いだ方なんです。というか、抜け出すのも大変なんですからね?」


「ごめんなさいで済めば警察は要りません!」

「貴女がそれを言いますか!」

「それよりどういうことですか? 健吾さんが自ら夏川さんを指名したように聞こえましたけど」


 やはり論点はそこか。

 それについては僕も正直驚きを隠せないわけで。

 二人でイチャイチャしたいならわざわざダブルデートなんて回りくどいことをしなくてもいいんだから。


「そっ、それよりそんな大胆に変装を解いて大丈夫なんですか泉さん?」

「……女の子が浮気しちゃうときってどういうときだと思います?」

「ええっ⁉︎ ちょっ、突然なんですか?」


 突然の質問に驚きを隠しきれない僕。

「それはですね、恋人からさんざん弄ばれたあげく、大切に想われていないなって思ったときです。はっきり申し上げます。この際、知翔太さんと二人で遊園地に来ている噂が立ってもいいかな、って思っている私がいます!」


「僕が遠慮したいんですけど⁉︎」

 泉さんの衝撃的なカミングアウトに両目をこぼしそうになる。

 どうやら健吾くんによる夏川さんとの観覧車は精神的に重くのしかかったんだと思う。


 あの泉さんが笑えない冗談を口にするなんてよっぽどだ!

 まして恋人じゃない異性と遊園地に来ていた噂が立ってもいいなんて……間違いない。ヤケをおこしている!

 

 なにせあの夏川さんも『小森翔太でいいや』みたいな告白をしてたし。いや、あれも今となっては寝取らせプレイだったかもなんだけど。

 どちらにしたって罪な男だよ健吾くん!


 そりゃ同性の僕でもドキッとしてしまうぐらいだから、モテるだろうけどさ。

 けど複数の女の子と付き合うならせめて隠し通して全員を幸せにしなきゃ。

  

 それがモテる男の責務ってやつでしょうが、このバカちんが!


 泉さんの精神的ダメージを目の前にしたからだろうか。

 友人を傷付けられた怒りが込み上がっていた。

 ダメだ。このままじゃ「腐ったミカン」がどうのこうのと叫んでしまいそうだ。


 吐き出す先のない感情をグッと来られて僕は泉さんを喫茶店へエスコートしようとしたのだけれど、


「……人間ってどうしてお金を出してホラー映画を見ると思いますか?」


 またしても突然質問してくる泉さん。

 なんでだろう。もうこの先を聞くのが本当に怖いんだけど!

 このクエスチョンがもうホラーだよね⁉︎


「わざわざ懐を痛めて恐怖を覚える映像を鑑賞する。考えてみれば愚行にもほどがありますよね?」


 ひぃっ! 泉さんの瞳から光が消えた!

 これはもう天使じゃない。泉悪魔だ。泉悪魔だよ!


「人間って恐怖心を煽られると好奇心がそそりますよね? ふふっ。さっきこの遊園地の案内パンフレットを眺めてたんですけど……って知ってました?」


「とりあえず言えることは知りたくありませんでした」

らしいですよ?」

「いや、あの……」


 さすがの僕も彼女のやらんとしていることを理解していた。

 恋人に二股されたあげく、浮気相手と観覧車に乗り込んだんだ。

 


 けれど……けれども!

 目の前で自傷行為、リストカットしようとしているにも拘らず、それを止めない友人がどこにいるだろうか。いいや、いるわけがない!


「僕もパンフレットを眺めたんですけど、どうやらこの遊園地限定のデラックスパフェが売っている喫茶店があるらしいですよ泉さん。今回は一緒にいてあげられる時間がありますから良かったら」


「翔太さんがこれから世知辛い世界を生き延びていくためにはチカラが必要です」

「…………はい?」

「その条件は『最も親しい友を殺すこと』です」


「僕は小森一族なので泉さんを犠牲にしても開眼しませんよ⁉︎」

「私の屍を越えて行ってください」

「全力で結構なんですけど⁉︎ あの本当に大丈夫ですか泉さん。もうこれ以上無理をしなくても……」


「近いうちに私は健吾さんと一度話合おうと思っているんです」

「なっ……!」

「お願いします翔太さん! 私をあの高台まで連れて行ってもらえませんか……おぶって」


 綺麗な金髪を滝のように垂らしてお願いしてくる泉さん。

 心なしか髪の輝きが鈍っているように見えるのは気のせいなんだろうか。


「分かりましたそういうことなら一緒に……って、おぶって⁉︎ いまおんぶしてって言いました?」

「見てくださいよこれを」


 と言って脚を指差す泉さん。

 そこには傷一つない真っ白な美脚が踊っていた。恐怖で足がすくんでいるだろうね。


「本当にいいんですね?」

「はい。覚悟はできています」

 真っ直ぐ泉さんの目を見据える僕。

 彼女もまた決意が固まった強い眼差しを向けてきた。


 仕方ない……よね。

 僕は泉さんが望むとおりおんぶして展望台カフェへと向かうことにした。

 これが新たな修羅場の火種になることは想像に難しくないにも拘らずだ。



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