第110話
砂川健吾
「「……」」
徹夜で作成したアプリ『千手観音』の
あまりにテンションがダダ下がりで乗車したもんだから店員も「別れ話かしら……」と扉を閉めてから心配する始末。
そういうのは恋人側に聞こえちゃダメだろうが。
もちろん観覧車内はお通夜モード一直線。
観覧車+カップルというリア充最強の組み合わせにも拘らず静寂だけが場を支配していた。
「……やってくれたわね健吾」
目に涙をためてキッと睨んでくる姉さん。
「悪い。今回は俺が悪い」
「いまこうしている間にも翔太くんと高嶺さんが二人きりで観覧車に乗っているかと思うと……うっ、ううっ、うわああああぁぁぁぁーん」
「ガチ泣き⁉︎ えっ、あの冷徹美人の姉さんがガチ泣き⁉︎ いや、マジで悪かったって。まさかここに来て誤作動するなんて思ってもみなかったんだよ!」
本当なら俺だって今頃は高嶺に探りを入れつつ、姉さんと小森を二人きりにできてたんだぜ?
むしろ泣きたいのは俺だっつうの!
一体どこの世界に高校生にもなって姉弟で観覧車になんか乗らなきゃならねえんだ。
どんな罰ゲームだよ!
まあいい。姉さんを宥めたあとは、この後の作戦会議だ。
☆
小森翔太
砂川くんが提示したアプリによりペアが決定。
本音を言えばこの結果は予想外だった。
てっきりアプリに細工がされていて、僕と夏川さんを二人きりにさせる禁断のプレイだと思っていたからね。
アプリは本当にただの運任せだったんだろうか……。
それとも故意に夏川さんとペアに?
考えられるのは、僕と夏川さんを二人きりにさせるつもりだったけれど、最後の最後でその光景を妄想して、嫌な予感がしたからできなかった、思い直したってところかな?
まあそもそも寝取らせ、寝取りはただの推理なわけだから僕の思い違いという線もあるわけだけど。
そんなわけで僕と繭姉も観覧車に乗車することになったんだけど……。
繭姉が先に乗車したところでポケットに入れていたスマホが振動する。
仮にも繭姉とデート中なわけだし、確認するのは躊躇われたのだけれど、時と状況だけに確認せずにはいられないわけで。
すぐにスマホを取り出すと、
コードネーム:エンジェル
件名:緊急招集!
なんと再び泉さんから集合の指令が!
僕の脳内に色々な情報や感情が忙しなく飛び回っていた。
泉さんは遠隔地から観覧車のペア分けの経緯を聞いていたわけだから、そりゃ気が気がじゃないだろう。
僕としてはどうしてまだ帰っていないんだとツッコミたくなるものの、このまま一人にしていいものか、悩んでしまう。
かといって彼女の元に駆けつけるということは、繭姉を放置するということ。
けれど、現在のタイミングなら一人にはなるものの観覧車で景色は楽しめるわけで。
なにより僕と繭姉はただの偽装カップル。フェイクだ。本物の恋人を一人きりにさせるのは最低だろうけど、そういう関係じゃない。
つまり、泉さんの元に行くにはこのタイミングしかないわけで。
逡巡した僕は、いよいよ決断を迫られる。店員からはやく乗車しろという圧を感じ取ったからだ。
「ごめん繭姉! なんか急にお腹がいたくなってきちゃった! 悪いけど一人でお願い!」
「翔ちゃん⁉︎」
店員に扉を閉めるよう目くばせした僕は驚く繭姉に精一杯頭を下げてからその場をあとにすることにした。
☆
高嶺繭香
砂川の狙いが読めない私は観覧車に並んでいる間、ずっと考えごとをしていた。
砂川&夏川は小森の嫉妬を煽るために結成された仮の関係。わざわざダブルデートに誘っておきながら、二人きりになる必要性がわからなかった。
もちろん観覧車内で今後の打ち合わせという線もある。しかし、それにしたってわざわざ乗車するか?
ここの観覧車は巨大で一周するのに二十分以上はかかる。作戦会議にするにしても長過ぎるだろ。そもそもそれをしなければいけないだけの失態もあったようには見えない。
もしかして私が砂川に探りを入れるつもりだったことを勘ぐられた、のか……?
いや、そんな様子は一ミリも感じなかった。まだ本性を怪しまれるほどのボロを出した覚えはねえ。
あーもう、クソッ!
砂川の野郎の狙いがマジでわからねえ!
普通ここは私と砂川、小森と夏川をペアにするところだろうが!
いや、もちろん夏川と二人きりにさせるのはめちゃくちゃ嫌だけれども! 死ぬほど嫌だけれども!
……まあいい。せっかく観覧車であいつと二人きりなんだ。
頂上あたりで告白して、いい雰囲気になれたらその……まっ、小森が望むならキスの一つや二つぐらい……っていやいやいや!
なに乙女の妄想をしてんだ私は! 末期じゃねえか!
でもこれから二人きり……なんだよな。
ドキッ!
……ドキッ? おいおいおい冗談じゃねえ。なんで心臓が早まってんだ!
まさか緊張してんのか。この私が?
柄にもなく俯き、私は髪に指を絡めていた。
心のどこかで楽しみにしていたことを自覚してしまう。
小森の野郎も少しは意識してくれてるだろうかと様子を窺おうとした次の瞬間、
「ごめん繭姉! なんか急にお腹がいたくなってきちゃった! 悪いけど一人でお願い!」
「翔ちゃん⁉︎」
おもわず声が喉を突いて出てしまう。
いやいやいや! ふつうここで便意をもよおすか⁉︎ タイミング悪すぎだろ!
小森は店員に扉を閉めるよう目くばせ。
奥に座りこんでいたことと、ギリギリまで気がつかなったせいで下車するタイミングを逃してしまう私。
小森は上昇していく私に合掌し、申し訳なさそうにしながら、血相を変えて走り去っていく。
んだよ、そんなに痛いのか……。
無性に腹が立ってはいたものの、なんとなく小森らしい言動に気が付けばニヤけている私。
……仕方ねえ、か。どっちにしろ私も心の準備をしなきゃだしな。
頭を切り替えて走り去っていく小森を見つめる。
せめて慌てふためくあいつが見えなくなるまで眺めてやるか。
私はバックに入れていたスマホを取り出して望遠鏡アプリを起動し覗いてみる。
ははっ、慌てやがる、慌ててやがる。
もうちょっとの辛抱だ……って、え⁉︎
小森の行方を追う私の目に信じられないこうけいが飛び込んできた。
トイレには目もくれずに一目散で走り去っていきやがったんだ?
ん? んん? まさか混んでいたのか? いやでも、トイレに視線を向けた素振りさえなかったような……。
グングン離れていく小森に望遠鏡アプリが限界に近付いてくる。
もうこれ以上追えないか、と諦めかけた次の瞬間だった。
小森の少し先に手招きする一人の女(少なくとも男の服装じゃない)が映り込む。
やがて二人は合流すると、手招きした方が頭に手を乗せ、何かを取る仕草。
それがカツラではないかと思い至ったのは地毛が金髪だったからだ。
さすがにこれ以上追えず、私の胸に泥のような冷たい感情が流れ込んでいることを自覚する。
と同時に、顔を認識することができなかったにも拘らず、なぜか見覚えがあった。
顔を認識できなかったのに記憶があるつうのはおかなしな話なんだが、なぜか引っかかっている自分がいた。
なんだ、どこで見た? この妙な違和感はなんだ? 私は何に引っかかって……。
次の瞬間。
砂川が私たちの高校に夏川の恋人として現れた日のことを思い出す。
あのとき、小森の野郎も注意がどこか別の方向に向いていやがった。その視線の先には大木に寄りそうように座った他校の………金髪の女子高生じゃなかったか⁉︎⁉︎
分からないことだらけにも拘らず、なぜか本能が告げてくる。
チャンスだ、と。何かすごいことに気が付いているぞと。
「……見つけた」
このときにはもう私はすでに劣勢をひっくり返せるだけの情報を手に入れたと思い込んでいた。
二十分間。私の本気のシンキングタイムが始まった。
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