第70話
小森 翔太 & 夏川 雫
夏川雫の胸は早鐘を打っていた。無理もない。意中の相手とラブホテルにいるのだ。それもバスローブを羽織っただけの姿で。意識をするなという方が無茶である。
そんな彼女は弟との作戦会議を思い出していた。
「いいか、姉さん。作戦通り、小森と良い感じの雰囲気になったら、俺たちの関係が上手く行っていないことをアピールするんだ」
「……そんなことを打ち明けて大丈夫かしら。仮にも私は彼氏持ちの女よ? ビッチだと思われるんじゃないかしら?」
「安心しろ。小森は俺たちが思っているよりもずっと肉食系だ。桜ノ宮高校で俺たちの関係を見せつけたとき、あいつが嫉妬しているところを見ただろ。だからこそ
「たしかに嫉妬しているようには見えたけれど……」
「対外的には俺と姉さんは恋人だ。どうしたって小森が
弟の助言を反芻した夏川は深呼吸すると、
「……実は私、
(この台詞が卑怯なことは百も承知。けれど翔太くんが私と健吾を恋仲だと思い込んでいる以上、これしか方法が無いことも事実。あとは翔太くんの反応次第ね)
超特大の爆弾を手渡される小森翔太。場所が場所だけに困惑も大きかったようで、
(どっ……どうしよう⁉ これって絶対に聞いちゃいけないやつだよね⁉ 大橋くんと復縁したとはいえ、一度は別れかけた仲。そのとき出来た溝は大きかったのかもしれない。だからこそ軽はずみな言動はご法度だ。というか、一歩間違えたら泥沼の愛憎劇だもん! そもそも夏川さんは大橋くんに二股されていることを知っているんだろうか。気になるけど聞くわけにもいかないし。まして別れた方がいいかも、なんて伝えることだけは絶対にダメだ。この状況でそれを口にしたら完全に間男じゃん! 寝取られ側ならいざ知らず、まさかの寝取る側⁉ 冴えないこの僕が⁉)
言葉を慎重に選び出そうとする小森に対し、夏川は続ける。
「今日、下着屋で会ったでしょう?」
「えっ……うん」
「実はあれ健吾に強要されていたのよ」
「強要された⁉」
「俺と付き合いたかったら俺好みの下着を穿けってね」
(なっ、ななな……⁉ だっ、ダメだ! 恋愛経験のない僕に扱える相談じゃないぞ!)
「たぶん私のことなんて何とも思ってないんじゃないかしら。小森くんはどう思う?」
(どう思うって言われても……!)
いよいよ意見を求められ、言葉に詰まってしまう小森翔太。彼の処理能力を上回る質問だったのか、目には渦が巻いている。
「小森くんの意見が聞きたいの」
しびれを切らした夏川は上目で詰め寄っていく。訴えかけるような視線を感じ取った小森はいよいよ重たい口を開いて、
「
(それじゃ僕と⁉ ええっ⁉ このあと続く言葉なんて『付き合いませんか?』よね⁉ うそっ⁉ まさかラブホテルで告白されちゃう⁉)
結末を妄想した夏川の鼓動が加速する。胸に手を当て、ゆっくりと瞼を閉じる。心なしか唇が突き出ていたかもしれない。
しかしこのタイミングで意外な展開が待っていた。なんとショートしたはずの小森の携帯から着信音が鳴り響いたのである。
「わっ‼」
張り詰めた空気が一転し、着信音に驚く小森。しかし今の彼にとって福音に聞こえたかもしれない。
――液晶画面を確認するまでは。
(おかしいな……水没してショートしていたはずなんだけど……いつの間に直ったんだろう? というかすごいタイミングだ。まさか『僕と友達になりませんか?』って提案する直前にかかって来るなんて。今の夏川さんは冷静な判断ができなくなっていると思うんだ。大好きな大橋くんに振られて、復縁して……でもやっぱり互いの想いはすれ違い始めていて……どうしていいか分からなくなっているんじゃないかな? だから夏川さんさえ良ければいつでも相談に乗るつもりなんだけど……一体誰からの着信だろう? 時と場所だけに冷や汗が止まらないよ)
一方、夏川からすれば最悪のタイミング。やはり怒りが煮えたぎっているのか、目に涙を浮かべ、膨らませた頬を紅潮させている。
(なんか夏川さんがすっごい恨めしそうに睨んでくるんだけど⁉ そりゃ話の途中ではあったけどさ、着信は不可抗力じゃん……って、嘘でしょ⁉)
ようやく小森はディスプレイに映し出された発信先を視認する。そこに表示されていたのは――
小森翔太の顔が一瞬で真っ青になる。
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