第68話
小森 翔太
「もう歩けにゃーい。おんぶして翔太きゅん♡」
「しっかりしてくださいって。あともう少しで駅ですから」
レストランを出た僕は泥酔した夏川さんを介抱しながら駅に向かっていた。
夏川さんの足元はおぼつかず、体重のほとんどを僕に預けてくるから、腕を中心に広がる柔らかい感触が刺激的過ぎる。
まさかモンブランロールに含まれる少量のアルコールでここまで酔っ払うなんて……下戸にもほどがないかな。彼女の将来がとてつもなく不安だ。
余談だけれど僕たちがディナーをしている間、どうやら大雨が降っていたらしい。
至るところに大きめの水たまりができていた。
おかげで地面が滑りやすく、千鳥足の夏川さんの介抱は困難を極めることに。
「ねえ見て見て翔太きゅん! お城だぁー!」
この辺りにお城なんかあったっけ?
そう思いながらも夏川さんが指差す先に視線を向けてみる。そこにあったのは――。
――ラブホテル、だった。
ピンク色のライトで照らされたそれはまごうことなきラブホテルだった。
あれ? ちょっと待って! もしかしてこの通りって……。
嫌な気がジワジワと背筋を這い上がってくる。
恐る恐る周りを見回してみる僕。
気が付けば僕たちはラブホテル街の通りを歩いていた。
たぶん夏川さんがあちこち歩き回るもんだから、知らない内に来てしまったんだろうけど……いけない。これはいけないって!
早くこの通りを抜けなくちゃ……!
そんな焦りから僕はとんでもない失態をやらかしてしまう。
僕は夏川さんの脚に足を取られ、盛大に転けてしまったのだ。
倒れる際、夏川さんを手放したものの、なんと彼女は僕に抱き付き、二人とも水たまりにダイブすることに!
おかげで服はびしょびしょ。しかも盛大に転んだあげく、イヤホンマイクも水没してしまい機能が停止してしまう。携帯の本体も電源が入らない事体だ。
物損だけならまだ良かった。買い換えれば済む話だからさ。
でも問題は――。
「はっくちゅん」
夏川さんは露出が多めのワンピースドレスということもあり、早速躰が冷えてしまった様子。
ニ、三度くしゃみをした後、暖を取るように僕に抱き付いてくる。
「夏川さん⁉︎」
「らって寒いんだもん。翔太きゅんの体はあったかーい。ずっとこうしてていい?」
ラブホテル街で泥酔したワンピースドレスの美少女に抱き付かれているという現状。
控えめに言ってやばい!
万が一、こんなところを大橋くんに目撃されてしまったら……。
「早く離れてくださいって。歩けないじゃないですか!」
「ええー。翔太きゅんがびしょびしょに濡らしたくせに」
それを言われちゃうと返す言葉がないけれども!
「じゃあさ……翔太きゅんの代わりに暖が取れるところに連れてってよ。しずく、あのお城に行きたいー!」
「いや……あれは――」
「
気が付けば夏川さんの全身は小刻みに震え出していた。
女の子の体温は男に比べて低い。しかも露出した服でびしょ濡れになんだから、そりゃ寒いよね?
元はと言えば僕がドジを踏んで転んでしまったことが原因だし……このまま夏川さんに風邪を引かせるわけにはいかない――よね?
ああっ、もう! なんて日だ!
僕は人生で最も葛藤した末、夏川さんの暖を取ることを最優先することにした。
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