第67話

 ディナー終盤。残すところデザートだけになったところで大橋健吾から指示が入る。

『「おっと、ちょっと待った。デザートは何があるんだ姉さん?」』


(はい?)

 これまでの指示に比べ、どうでもいい質問に声が漏れそうになる夏川雫。

 なにより今は小森翔太と対面で食事中。

 質問に答えるだけでも一苦労である。


 夏川雫は咳をするフリをしながら顔を背後へ。

「……ごほん。モンブランロールかドライフルーツの盛り合わせよ。つまらないことを聞かないでもらえるかしら」


 それを聞いた大橋健吾は思考する。時間にして0.3秒。

(たしか姉さんが入ったレストランには酒を使ったデザートがたくさんあったはず。モンブランロールも例に漏れずだろう。姉さんのを利用するのは気が引けるが今日は鬼になってやる)


『「よし。モンブランロールにしよう」』


(はあっ⁉︎)

 夏川雫の中ではドライフルーツの盛り合わせに傾いていたのか、納得できない様子。


「ちょっと。何でデザートまで指示されなきゃいけないのよ健吾。いくらなんでもおかしいでしょう」

「お客さま、デザートはどちらになさいますか」


 会話に集中していた夏川雫にウェイトレスが訪ねる。

「えっ、ええーと……それじゃ――」

 咄嗟のことで逡巡してしまった彼女だが、


「――モンブランロールをお願いできるかしら」

 弟の指示通りに注文してしまう。


 大橋健吾の思惑は実に単純明快。

 小森翔太に夏川雫の介抱をさせようというもの。

 というのも夏川雫はアルコールに対する耐性がなく、酔うと手に負えなくなってしまう。

 それを小学生のときに経験した大橋健吾とその両親は彼女には決してアルコールを摂取させないという協定が結ばれたほどである。


 やがて夏川雫がモンブランロールを口にすると、

「……ひっく」

「えっと……夏川さん?」


「あれぇ〜どうして翔太きゅんと……そっか私たち結婚したんりゃっけ?」

「⁉︎」(⁉︎)


 突然の幼稚化に戸惑いを隠しきれない様子の小森翔太&泉天使。

 彼のイヤホンにすぐに確認が飛んで来る。

『「ちょっ、急にどうしたんですか翔太さん! 夏川さんの容態がおかしくなってません⁉︎ もしかしてイッちゃったんですか⁉︎」』


「いや、僕に聞かれましても……モンブランロールを口にした途端、急に様子が――」

 言いかけた途中でアルコールの匂いが漂ってくる。

 差し出されたモンブランロールに顔を近付け、手で煽るように嗅ぐ小森。


「――あの泉さん?」

『「どうしました?」』

「酔っ払った女の子ってどうやって介抱したらいいんでしょうか?」


『「はあっ⁉︎ まさかケーキに含まれる少量のアルコールで酔っ払ったんですか⁉︎ 介抱なんて必要ありませんよ。お持ち帰りです!」』

「勘弁してくださいって……」

 額に手を辟易する小森翔太。


「どうしたの翔太きゅん? もしかして具合わりゅいの? チューしてあげようか?」

 そんな彼を覗き込んでくる夏川雫。

 頬が紅潮し、幼稚化した美少女を前にした小森翔太は内心で吠える。


(この人には絶対アルコールを飲ませちゃダメだ! こんな姿を見せられたら意識しないわけにはいかないよ!)

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