第63話
『「落ち着けって姉さん」』
「おっ、落ち着いてなんかいられないわよ! 意中の相手が逆ナンされているのよ⁉︎ 連れて行かれちゃったらどうするのよ!」
『「さすがの俺も逆ナンは想定外だが――これを利用しない手はない。チャンスだ」』
「チャンスって……」
『「小森の野郎をドキリとさせちまおう。いいか。ここからの手はずだが――」』
☆
「ねえねえもしかして一人? 良かったらお姉さんたちと遊ばない?」
「あっ、いや、その僕、人を待っているので」
「ええー、いいじゃん。っていうか、僕呼びなんだ。可愛い」
人生初の逆ナンパにどうしていいか分からない小森。
そんな彼の耳に泉天使からの指示が入る。
『「いいですか翔太さん。夏川さんが現れたら真っ先に――」』
☆
小森翔太と夏川雫は互いに相手を認識。
各々がパートナーから出された指示に従おうとした結果、とんでもない逆転現象が起きてしまう。
「あっ、ごめんなさい。彼女が僕の――」
「ごめんなさい。彼は私の――」
美しい黒髪を優雅に靡かせながら歩いてくる夏川雫と彼女に歩み寄ろうとする小森翔太。
もはや大橋健吾と泉天使の使用キャラになりつつある彼女たち。
小森翔太の逆ナンパという非常事態に下された
『「ここからの手はずだが――女子大生から小森を救い出すために壁ドンだ姉さん」』
「はあっ⁉︎ かっ、壁ドンってあの壁ドンのことかしら?」
『「ああ。そうだ。今はどんな手段で迫ろうとも《ナンパを追い払うため》で言い訳ができる千載一遇のチャンス。ここでやらないでいつやるんだよ?」』
「でもそれって男女の役割が逆だと思うのだけれど……」
『「だったら姉さんはこのまま小森が女子大生に食われちまってもいいってのか⁉︎」』
姉を鼓舞するため、声音に焦燥を込める大橋健吾。
もはや彼は立派な役者である。
「それは嫌! 翔太くんのはじめては全部私のものよ!」
『「だったらここで怖気ついている場合かよ!」』
「そっ、そうよね……!」
弟の叱咤激励に頷く夏川雫。
その様子は目が覚めたと言わんばかりのものだった。
神が存在するならば、こう思うに違いない。
こいつらは何をやっとるんだ、と。
一方、泉天使陣営。
『「夏川さんが現れたら真っ先に壁ドンです、翔太さん!」』
(はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ‼︎)
内心で絶叫する小森翔太。この人は何を言っているんだ、とも。
『「千載一遇のチャンスです! なにせ今なら恋人のフリをしても《ナンパから逃れるため》だったと言い逃れることができるんですから! 出遅れてしまった分、ここで巻き返しましょう! さすがの夏川さんもカッコ良くなった翔太さんから壁ドンをされたら多少は意識してくれるはずです!」』
泉天使の指示を聞いた小森の脳内に天秤が浮かび上がる。
逆ナンという居心地の悪さか、それとも司令塔に従い女子大生から逃げるのか。
より大きく傾いたのは後者!
よって現場は――。
「――彼女なんです」「――彼氏なんです」
壁をチカラ強く叩く音とともに互いを恋人宣言する小森翔太&夏川雫。
しかし、壁は一つ。
つまりどちらか一方はされる側に回っているということである。
それが誰かは言うまでもない。
乙女である夏川雫――ではなく彼女にチカラ負けした小森翔太である!
「えっ、あの……夏川さんっ⁉︎」
「というわけで他の男を当たってもらえるかしら。彼は私のモノなのよ」
才能だけはあまり余っている夏川雫。
意中の相手に集る悪い虫を追い払う恋人を見事に熱演する。吐瀉物を前したかのような視線と声音である。
しかしここで仇となるのがジャージ。
いつもの完全体なら彼女の放つ威圧に女子大生も怖気ついたことだろう。
だが年下の、それも芋っぽいジャージ姿の女にそれをされた彼女たちは気分を害してしまう。
「ああん? なにあんた。私はただ彼と楽しく会話してただけなんですけど」
「あんまりナメたこと言ってると痛い目みるよ?」
不良よろしく因縁をつけてくる女子大生たち。
(まっ、まずい……さすがにここは男である僕が前に出ないと。とりあえずちゃんと謝って僕のことを諦めてもらわなくちゃ)
決心した小森翔太が夏川の前に出ようとした刹那。
『「…………壁グイです! 夏川さんに壁グイをしてくださいっ! 翔太さん!」』
なんと彼の耳に新たな指示が飛んでくる。
ピンマイクが拾った音声から現状を推測した泉天使だ。
彼女はこの数秒間にこう推理した。
小森翔太の動揺からおそらく壁ドンは失敗。けれど壁を叩く音はした。
とすると、女子大生からナンパをされて困っている彼を救出するため、夏川雫が小森翔太に壁ドンし恋人のフリをした。
しかし、女子大生たちは引き下がらなかった、と。
だからこそ泉天使の次なる命令は壁グイである。
女子大生たちのやる気を削ぐために徹底した恋人っぷりを見せつけようと画策したのだ!
「いや、壁グイって正気ですか泉さん」
頭を垂れてピンマイクすれすれまで口を近づける小森翔太。
『「いいから早くっ! 壁グイしたあとは翔太さんからも恋人宣言をしてください」』
(ええええええええええええええええええっ⁉︎)
当然、小森翔太は戸惑いを隠しきれない。
しかし接近する女子大生と困惑した表情の夏川雫を見て決意する。
(ああっ、もう! やるしかない! ここで彼女たちと喧嘩するよりはマシだ!)
「えっ、ちょっ、ええっ⁉︎ こっ、小森くんっ⁉︎」
「彼女が僕の恋人なんです。お願いです。僕に構わないでもらえますか」
夏川雫の柔らかい上半身をぎゅっと抱きしめる小森翔太。
目を
神が存在するならば、こう思うに違いない。
こいつらは何をやってとるんだ、と。
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