第64話
小森 翔太
「「……」」
きっ、気まずい……。
逆ナンパから逃れた僕に待っていたのは重たい沈黙だった。
正直に言うけど何を話していいのかわからない!
ナンパされること自体信じられないのに、それを女の子である夏川さんに壁ドンで救出されるという
何が信じられないって僕の壁グイだよね!
咄嗟のことで冷静な判断ができなかったとはいえ、恋人がいる女の子に壁グイって……一体何を考えているんだ僕は。
僕たちが白けてしまっているにも拘らず、泉さんは一切話しかけてくれなかった。
いやいやいや! こういうときこそ話題の一つや二つ提案して欲しいんだけど!
僕たちが気まずい空気なのは泉さんが一番よく知っているだろうに!
彼女の何が悪いって、さっきから『「ぷっ……ふふっ」』とか『「ダメっ……お腹痛い」』って声を押し殺しつつも笑い声を漏らしていることだよ!
緊急事態だったとはいえ、あんな指示を出しておいて、その当人が笑いを堪えられないってどういうことさ!
「えっと……さっきはありがとうございました。おかげで助かりました。でも急に抱き着かれて怒ってますよね。ごめんなさい」
さっきから視線を合わせようとしない夏川さんの横顔をチラ見しながら頭を下げる僕。
彼女は冷徹と呼ぶにふさわしい表情だった。
「大丈夫。小森くんの真意はきちんと理解しているつもりよ。あれは下心から来るものではなく逆ナンから逃れるためだったのでしょう?」
「あっ、はい。それはそうですが……でも正直、僕なんかに抱き着かれて気持ち悪かったですよね? 不快な思いをさせてしまいました。本当にごめんなさい。深く反省しています」
「気持ち悪い? とんでもない。むしろお礼を言いたいぐらいよ。ごちそうさま小森くん」
「ごちそうさま⁉︎」
切って付けたような笑みを浮かべる夏川さん。
その表情を見て僕は確信する。
これは本気で怒っているときの顔だ!
本当は不快で不快でたまらなかったのに、それを悟られないよう負の感情を押し殺しているんだ!
でないと、このぎこちない笑みの説明が付かないよ!
どっ、どうしよう! もしも今日のことを大橋健吾くんに打ち明けられようものなら吊るし上げられるに違いない!
夏川 雫
愉悦を……愉悦を禁じ得ないんですけどおおおおおおおおおおおおっ!
えっ、なにさっきのフィーバータイムは⁉︎
もしかして日頃の行いが良過ぎて、お天道様が私にご褒美を?
きゃっは。幸せ過ぎて死にそうなんですけど!
翔太くんに抱き着かれて舞い上がってしまった私はしばらく彼を直視できないでいた。
そりゃそうよ。さっきから油断したら口元が勝手に緩むもの。
多幸感でよだれが出そうになった顔なんて見せられるわけないじゃない。
だからこそ私は湧き出る喜びを噛み殺し、作り笑顔で言う。
「気持ち悪い? とんでもない。むしろお礼を言いたいぐらいよ。ごちそうさま小森くん」
いっ、いくらなんでも直球過ぎたかしら。
恋人がいる身で別の男に抱き着かれて喜んでいるなんて、自白しているようなものよね?
実は私はあなたのことが好きですって。
……しっ、死ぬほど恥ずかしいわ。
なんにせよさすがの私も認めざるを得ないようね。
大橋健吾は使えない弟なんかじゃない。
神よ!
大橋 健吾
まさか姉さんに壁ドンされておきながら壁グイだと⁉︎
思考停止に陥るはずの対応に返し技を放ってくるとは……マジで規格外の男だな小森!
だがこれで俺の説が正しいことが完全に証明された。
間違いねえ。
小森翔太は草食を装った猛獣。狙った女は逃さない男だ!
いける――! これはいけるぞ!
ここからは第二フェイズ。
作戦を加速させる。
『「幸せを噛み締めているところ悪いが次の指示を出すぞ姉さん」』
『「何なりと申しつけ下さいませ。神」』
誰が神だ、誰が!
どうやら小森と接触できたのがよっぽど嬉しかったようだな。
あの姉さんが俺を奉るとは……まあいい。
ならこれから最高の一夜を過ごさせてやるよ。
『「小森をディナーに誘え」』
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