第42話
小森 翔太
「なるほど。適度なツボの刺激が効くのか」
家のソファで『胃痛が気になるあなたへ』を読んでいると携帯が鳴った。
すかさず確認してみると、
『突然で悪いけれど明日付き合ってもらえるかしら』と夏川さん。
明日……?
首を捻る僕。だって明日は休日だよ?
いやまあこれといった予定はないんだけどさ。一体どういうつもりなんだろう。
まさかお出かけの誘いじゃあるまいし……。
だってそれなら大橋健吾くんがいるもんね。
とりあえず返信だけしておこう。
『もしかしてショッピングですか?』
『ええ。彼氏に送るプレゼントを一緒に選んで欲しいのよ』
ああ、なるほど。そういうことか。全てを察したよ。
たしかに恋人に送るプレゼントを一緒に買いに行くのは危険だよね。
そうなると一人、もしくは女の子たちだけで行くことになるけど、今度は男の気持ちが分からないからプレゼント選びが迷宮入りしてしまう、と。
そこで元偽装カップルかつ下僕の出番ということか。
うーん。正直複雑な心境かも。
あっ、いや、別に僕がいいように使われているとかじゃなくてさ。
泉さんのことを考えるとって意味。
夏川さんは大橋健吾くんが死ぬほど好きなんだろうけど、それは泉さんも一緒のことで。
だから僕は二人に協力するけれど、どちらか一方に肩入れはしない。中立でいようと決めている。
それがヘタレであることは百も承知だ。
でも彼女たち二人のどちらを選ぶのかは大橋健吾くん。僕じゃない。
なんにせよ大橋健吾くんも罪な男だよね。
そりゃすごく格好いいし何をやらしても器用そうだけどさ。
でも女の子を泣かせるのはダメだよね。しかも二人とも泣かしているんだから。
二人の涙を目の当たりにしているからこそやるせないよ。
けどここで僕が出しゃばるのも違うわけで。
もちろん夏川さんと泉さんに本気で惚れたなら「
責任も取れないのに介入するのはただの偽善者だと思う。
大橋健吾くんからすれば僕は他人だし、どういう使命感から彼らの仲に割って入るのか意味不明だよね。
そもそも僕と泉さんが知り合いだという認識さえ無いだろうし、彼を咎めようものなら話がややこしくなりそうだ。
やっぱり今の僕にできるのは背中を押すぐらいかな。
さて、そういったことも踏まえて夏川さんへの返信だけれど……。
まさか僕と二人きりってことはないよね?
変な噂が立つと大変だし。
となると他の女の子も一緒か。
うーん。それはちょっと……。
言わずもがな僕は人見知りだ。夏川さんのお友達と一緒ってのは気が引けちゃうかな。
というわけで、
『夏川さん以外の女の子も来るんだよね?』
…………。
あれ⁉︎
さっきまで即返信だったよね⁉︎
急に応答がなくなったんだけど!
返信を待つこと五分。
『どういう意味かしら』
このとき大橋健吾くんの首が絞められているなんて知るよしもない。
『いやそのままの意味ですけど。夏川さんの他に女の子はいるんですかっていう』
『他の女もいた方がいいのかしら?』
ん? なんだろうこの感じ。もしかして怒っている?
メールだから文字しか確認できないけれどなぜか怒っているような気がする。
いや、勘違いとは思うんだけど。
とはいえ難しい質問だよね。僕としてはどっちの回答もできてしまう。
人見知りっていう観点で言えば夏川さんだけの方が過ごしやすいけど、良からぬ噂を立てられないようにするためには他の女の子が居た方がいいと言うか……。
でもいざというときのことを考えるとやっぱり他の子もいた方がいいよね?
さて、どう諭したものか。
たぶん夏川さんは大橋健吾くんのプレゼントを購入したいだけ。だから僕と二人きりで出かける悪影響がピンと来ていないのかもしれない。
もともと無害認定されたことで僕は偽装カップルに選ばれたんだし、その頃の癖で誘っちゃったのかな?
となる自然に気付けるよう誘導してあげるのが親切だよね。
『はい。夏川さん以外の女の子もいた方が良いと思うんですけど』
この返信で僕はまた待たされることに。
このとき夏川さんが自宅で凍りついているなんて知るよしもない。
今度は十分ぐらい待ったところで、
『死ぬわよ』
⁈⁈⁈⁈⁈⁈⁈
ホワッツ⁉︎ 何が原因で誰が死ぬのさ⁉︎
ダメだ! 返信が謎過ぎて理解が追いつかない!
『小森くんは女の敵ね』
おっと、理不尽じゃないかな⁉︎ 一体どういう解釈をすればそうなるのさ! 恩を仇で返されたら気分だよ!
……あっ、そういうことか!
つまり僕は夏川さん以外の女の子がいる方が乗り気だと勘違いしたんだね⁉︎
嘘でしょっ⁉︎ まさか今のメールで真意が伝わらなかった⁉︎
仕方ない。今度はちゃんと伝わるように噛み砕いて……。
『ほら……二人きりでいるところを見られたら……噂になるじゃないですか。それは僕にとってもノーサンキューかな、なんて』
よし完璧だ! これならちゃんと理解してくれただろう。
けれどこのときの僕は知るよしもない。
夏川さんが『小森翔太には高嶺繭香という本命がいるからお前と二人きりになっていた噂を立てられるのはメンゴで』的な感じで受け取られていることを。
今度こそちゃんと伝わって――、
『死んだわ』
――なかったよ⁉︎
えっ、誰が⁉︎ 誰が死んだの⁉︎
もしかして見えないところで殺人が⁉︎
このメールの送信先には死体があるってこと⁉︎ やだもう怖いんだけど!
ちなみこのときの僕は知らない。
首を絞められた大橋健吾くんの意識が失われていることを。泡を吹いて白目でピクピクしていることを!
そして、死んだのが大橋健吾くんであることを!
恐くて返信出来ないでいると、
『あいにく私に女友達はいないわ』
えっ、ええ……そのカミングアウトってどうなの。ちょっと寂しいんですけど。
たしかに夏川さんって一匹狼だけどさ。
クラス内ヒエラルキートップの繭姉とは正反対だ。
けど僕が誘えるのは繭姉と泉さんぐらいだし……二人とも論外だよね。
となると委員長にお願いするしかないけど――。
『えっと……それじゃあ僕の方で見繕いましょうか』
『遊びに誘える女の子がたくさんいるってことかしら⁉︎ とんだ女たらしね!』
ええっ⁉︎ なんでそうなるの⁉︎
『いやあの……』
『勝手なことはしないでもらえるかしら!』
さいですか。どうやら僕の配慮はありがた迷惑だったらしい。
……つらたんだ。
こうして夏川さんと二人きりで出かけることが決まった次の瞬間。
『翔ちゃん。明日良かったらお出かけしない? どーしても一緒に行きたい
ん? んんっ?
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