第11話
夏川雫のビフォーアフター
【
夏川雫にとって朝は憂鬱でしかない。
彼女は朝が苦手な女の子だった。
(もうこんな時間……まだ眠たいのに)
起床時間は午前八時。
八時三十分を過ぎれば遅刻という現実を忘れてはならない。
眠気まなこをこすりながら彼女は洗面所に向かう。
身だしなみを整えて、制服に着替える。
冷蔵庫からゼリー飲料を取り出し、十秒で栄養補給。
高校生にとって心許ない朝食だが、ギリギリまで寝ていたい彼女が確立した生活習慣であった。
ちなみに余談だが、彼女の母はキャリアウーマン。
離婚後、娘を養うため朝早くから深夜まで仕事に励んでいる。
夏川雫にとって母の生き様は非常に都合が良かった。
気が楽なことはもちろん、このような生活を送っても叱られることがないからだ。
やがて彼女は姿見で全身を確認し、
(寝ぐせが残っているけれど……まぁ許容範囲ね)
たとえ寝ぐせが残っていようとも家を出る。
以上が小森翔太に惚れる前の彼女であった。
【
午前五時四十分。
大音量で鳴り響く目覚まし時計を平手打ち。
冷水で顔を流し、二度寝の誘惑を追い払う。彼女が向かう先は台所である。
これまで美容に一切の興味を持たなかった彼女は食に気を使うようになっていた。
これまでの習慣が美に悪影響であることを知った彼女はひどく後悔した様子。
(容姿なんて全く興味がなかったけれど……でも翔太くんには最高の私だけを見て欲しい)
中でも野菜と果物は肌の活性化を促すため、夏川にとって欠かせない食材になっていた。
深夜にそれらの
(よし! 完璧だわ。これなら翔太くんも喜んでくれるはず……!)
『男を秒速で落とす料理本』を片手に手作り弁当を完成させる夏川雫。
何でもすぐにコツを掴む彼女だが、これまで料理をしなかった手にはいくつもの絆創膏が貼られていた。
今では勲章のようなものらしい。どこか誇らしげである。
ここで忘れてならないのは夏川雫の起床時間が大幅に早まった理由。
それは――。
(おかしいわね。髪と肌にツヤが足りていない気が……。やっ、やっぱり化粧ももっと勉強した方がいいかしら。睫毛ももう少し長い方が――って、嘘⁉︎ もうこんな時間⁉︎)
彼女は身だしなみのチェックに数倍の時間を要するようになっていた。
以上が小森翔太に惚れた後の夏川雫である。
そこには見事なまでに乙女の姿があった。
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