第10話

 大橋 健吾


「ひどいよ……こんなのあんまりだよ……」

 俺が教えてやった現実に落ち込む姉さん。

 夏川雫のソウルジェムが濁っていた。


 おいおい……まさか魔女に変化しねえだろうな。

 内心でヒヤヒヤしていると、

「元はと言えば全部健吾が悪いんじゃない!」


 なんかワケのわからんキレ方をされてしまった。

 知らされた真相にパニックになってやがるんだろうが……いくらなんでも俺のせいってことはねえだろう!

 もちろん納得のいかない俺は抗議したのだが、


「フェイクを終わらせたいって告げさせたのは健吾じゃない!」

「いやいやいや⁉︎ そんな理不尽なキレ方があるか! だいたいそんなに好きならちゃんと告白しない姉さんが悪いんだろ!」

「はぁっ? 殺すわよ」


 ギロリ。人科を超越したバケモノの目で睨まれる俺。

 しかも姉さんは右手のホットケーキ用のナイフとフォークを握りしめる始末。

 うおっ……怖えな。おっかないにもほどがあるだろ。


 これ小森と結ばれなかったら自殺するパターンじゃねえのか?

「恋人になれなかったら翔太くんと健吾を殺して私は仕事に生きるわ」

「いや、お前も一緒に死ねよ‼︎」


 なんで俺たちだけ殺されなきゃなんねえだよ。

 高スペックのくせに恋愛だけポンコツな姉さんが悪いんだろうが!

「じゃあどうすればいいのよ?」


 俺が聞きてえよ!

 本当は全力でツッコんでやりたい俺だったが、命はまだ惜しい。

 ってなわけで、


「とにかくまずは誤解を解かねえと。今のままじゃ印象が悪すぎる」

「えっ、悪いの?」

「そりゃそうだろ。考えてもみろよ。もともと姉さんは小森を男避けに利用してたんだろ?」


「……それが何か?」

 開き直っている場合じゃねえんだよ!

「フェイクを終わらせたいって……それも突然何の理由もなく告げたわけだ。しかも姉さんは素で接しているだけで他人に冷たいと思われるとこあるだろ? ようは『あなたは用済みよ』と宣告した感じになっているわけだ」


「つまりもう何もかも手遅れで翔太くんと健吾を殺すしかないってこと?」

「一回その狂気的な発想を忘れてもらえる⁉︎ マジで命の危険を感じるんだけど!」

「じゃあどうすればいいのかしら! さっさと答えだけ教えなさいよ!」


 このクソあま……!

 こめかみを抑えながらなんとか怒りを鎮火させる俺。

「いいか。まずは現実を受け入れろ。下手すりゃこのままポッと出の幼馴染に小森を掻っさられちまうかもしんねえんだぞ?」


「やだっ!」

 巷で《氷殺姫》とまで揶揄される冷徹美人の姉が涙目かつ紅潮させた頬をぷくぅと膨らませている。

 なんだこのクーデレ。そのデレをさっさと小森に見せちまえ! 

 それだけで一瞬で問題を解決できるわ! 俺も早くお役ごめんになりてえんだよ!


「姉さんがしなければいけないことは二つ。きちんと自分の気持ちを伝えること。もちろん好意だけでなく感謝と謝罪な。とはいえいきなりは難しいだろうから何かきっかけが欲しいな……よし。手作り弁当で行こう。男は胃袋をおさえる。鉄板中の鉄板だろ」

「ずいぶんとありきたりな発想ね。そんなので大丈夫なんでしょうね?」

 あんたがパニックになってサイボーグクロちゃんにならなければな‼︎


 小森 翔太


 うわぁ……びっくりした。

 まさか初恋の相手から告白されるなんて思いもよらなかったよ……。

 もちろん告白はすごく嬉しい。むしろ身に余り過ぎて飛び跳ねてしまいそうだったし。

 でも繭姉は僕にとって大切な幼馴染。


 やっぱり軽い気持ちで付き合いたくはなくて。

 いや、僕みたいなモブが何をカッコつけてんだって話だけどさ。

 だから僕は保留ということで返事を待ってもらうことにした。

 幼馴染以上恋人未満の関係を続けていく中で気持ちが定まったときに正式に返事をするつもり。


 それにやっぱり今はまだ夏川さんと過ごした余韻に浸りたいというか……。

 女々しいとは思うんだけど、それぐらいは幸薄い僕の楽しみにしたってバチは当たらないよね。


 高嶺 繭香


 チッ。小森のやつ。まさか地味面のくせに私の告白を断るとかマジで生意気だな!

 せっかく抱きついて胸の感触を味わせてやったってのに!

 ……まあいい、まあいい。


 どうせ美少女の告白にすぐに乗らない僕カッコいい的なアレだろ?

 小森攻略に焦る必要なんかねえよ。

 色じかけがダメってんなら狙いを胃袋にチェンジだな。

 感謝しろよ小森。美少女の手作り弁当なんかお前の人生の中で最大級の幸運だぞ?

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