第9話

 大橋 健吾


「ううっ……けんごぉ……健吾ぉ……!」

「ちょっ、落ち着けって姉さん!」

 

 初めてみる姉の泣き姿に弟の俺はどうしていいか分からなかった。

 いつも冷静沈着クールな姉さんがここまで取り乱すなんて……ただ事じゃねえな。

 心中穏やかじゃない俺だったのだが、


「しょうたくんがっ……! しょうたくんが浮気したぁっ!」

「はあっ⁉︎」

 とにかく泣きじゃくる姉さんの話は要領を得なかった。


 浮気だ、二股だ、なんて言葉が漏れ聞こえてくる。

 その言葉が事実ならさすがの俺も出るところへ出るつもりだ。

 姉さんと付き合っていながら別の女に手を出すなんて許せねえ。


 世の中には草食系に見せかけて実は肉食なんつうタチの悪い男子がいるらしい。

 姉さんに限らずそういうヤツらに遊ばれた女の子は少なくねえだろう。

 だが俺は小森に関してはただの草食系だと思っている。それも確信に近い部分でだ。


 たぶん何かの手違い、もしくは勘違いじゃねえかと思うわけよ。

 先日姉さんから聞いた小森翔太の話では心に決めた女を大事にする人間像が浮かんできたからだ。

 彼女や恋人を悲しませるような人間じゃない(と信じたい)。


 となると姉さんの早とちりってことになるわけだが……。

「ぐすんっ」

 ……はぁ。仕方ねえな。ちゃんと見極めてやるよ。

 俺は弟風を吹かせながら、姉さんが落ち着くの待つことにした。


 ☆


 話をまとめると、どうやら姉さんは偽装カップルフェイク終了を告げることができたようだった。

 そして小森もそれを承諾。

 恋愛関係的にはようやくスタートラインに立ったわけだ。


 しかしそこに小森の幼馴染、高嶺繭香とやらが転校してくる。

 どうやら彼女は小森との距離が近いらしい。

 小森はその幼馴染と一緒に下校することになり「明日から付き合ってみる?」と告白された。


 対して小森の返事は保留。

 高嶺は大事な幼馴染だから軽い気持ちで付き合いたくないと、そう告げたらしい。

 姉さん曰く、「あれはキープに違いない」とのことだが……。


 ……ちょっと待て。

 今の話に浮気、二股だと決めつけている根拠はどこにあった?

 小森がそういう男二股野郎のクズ野郎だと断定するには姉さんと恋人になった事実が必要だろ。


 今の話じゃ一方的に姉さんが嫉妬しているようにしか聞こえねえぞ?

「概要は理解した。ところで姉さん」

「なによ?」


「小森に告白はしたんだろうな?」

「ちゃんとしたわよ! ですって」

「それだ! それだよ! なんでそれで姉さんと小森が付き合うことになるんだよ⁉︎」


「えっ? でも翔太くんは夏川さんが望んでいることを受け入れますって……」

「いやいやいや! その流れだと偽装カップルを終わらせたい一択だろ! なんで今ので心に秘めた想いを受け入れてもらったと勘違いしてんだよ! 言っておくぞ? 小森は姉さんと付き合っている自覚がないどころか、こっぴどく振られたと思っているからな!」

「大橋健吾は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはいけない」


「おいコラッ! 真面目に聞け!」

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