第8話

 高嶺 繭香


 小森から打ち明けられた秘密は予想通り、偽装カップルだった。

 そりゃそうだ。

 一体どこの世界に『価格も性能も悪い電化製品を買う』女がいるってんだ。いるわけねえだろ。


 女は見た目に反して打算的に行動する生き物だぜ? 

 小森と付き合うならそれ相応の対価がねえと割に合わねえだろ。

 私のように表と裏で顔を使い分けている女なんて珍しくもなんともねえんだよ。


 ……にしてもつまんねえ秘密だな。

 想定の範囲内だし、これで小森も用なしか……。

 そんなことを考えていた次の瞬間。


 私は殺気を感じ取る。

 おいおいおい……アホか私は。まだ最大の謎が一個残ってんじゃねえか。

 どうして夏川雫ほどの女が私たちを尾行してやがんのかだ。


 さっきも言ったとおり女ってのは打算的に動く。

 つまり小森がただの偽彼氏フェイクならわざわざ私たちの跡をつける理由がねえ。

 好きでもない男のことなんざ、ゴキブリ以上に興味がねえはずだ。


 なのになんで……?

 ……。

 …………。

 ………………。


 ……いや、待て待て待て。いくらなんでもそりゃねえだろ。それこそマジで意味がわかんねえ。

 ありえない。絶対にありえない!

 そう信じ込もうとする私の脳内に小学生のガキんちょが侵入してくる。

 彼は私を諭すように、

『高嶺…不可能な物を除外していって残った物が…たとえどんなに信じられなくても…それが真相なんだ‼︎』と告げてきた。


 うるせえよメガネ。

 とはいえ、夏川雫が尾行している理由なんて考えられないし……。

 それにこの推理が正しいなら教室で感じ取った夏川からの敵意にも説明がつく。


 というのも私は転校初日にも拘らず夏川から負の感情を向けられていた(気がする)。

 嫌いなタイプの女が転校してきた、そう思ってんだろうなと推測していたが、もしかしたら――。


 私は電柱からこちらの様子を伺っている夏川をチラ見したあと、カマをかけてみることにした。

「じゃあさ翔ちゃん。明日から私と付き合ってみる?」

 彼女にも聞こえるようあえて大きな声で言ってみると、


 ――ドンガラ、ガシャーンッ‼︎


 背後で金属が衝突した音が鳴り響く。

 おそらくゴミ捨て場の空き缶が入った袋にぶつかったんだろうが……。

 いくらなんでも動揺し過ぎだろ。なんだよ『ドンガラ、ガシャーンッ‼︎』って!

 バグり方が異常だろ!

 まさか小森に本気で惚れちまってんじゃねえだろうな⁉︎


 ここで私は情報を整理してみる。


 ・小森と夏川は偽装カップルだった(ただし、フェイクであることは秘密にしていた)


 ・夏川から偽装カップルをやめたいことを告げられる。クラスメイトは小森が振られたと勘違い。


 ・小森曰く、夏川が別の男|(それもイケメン)とデートしていた。真相は不明だが、そいつが本物の彼氏とのこと


 ・夏川は小森に気がある(でねえと尾行の説明がつかねえ。私の告白にあそこまで動揺するってことは脈なしはねえだろう)


 結論。

 どこかですれ違いが発生した。

 あくまで推測だがフェイク終了は夏川が小森に惚れちまったからなんじゃねえか?


 この関係のままじゃ恋人としての進展はねえからな。

 ……くくっ。おもしれえ。

 こうなりゃ話は別だ。


 私は夏川のような女が大嫌いだ。

 たいした努力もしてないくせにいつも美味しい思いをしやがって……。

 何もかも持っている彼女が妬ましくて仕方がない。


 だから

 本気で好きになった男が手に入らない。

 それはこれまで欲しいものをなんの苦労もなく手に入れてきた夏川にとって苦痛でしかないはずだ。


 ――私は小森を攻略することを決意した。

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