紅蓮の魔女

oxygendes

第1話 宿命

 猛き波濤の海を越え

 紅蓮の魔女がやって来る

 風来人ふうらいじんかんばせ

 凍てた心と毒牙を秘めて

 にえを捕まえしるしを刻む

 忍びやかなる汚辱は進み

 奈落が突然顕れる

 紅い蜥蜴が炎に変わり

 村里全てが灰燼と化す

 残るは魔女がただ一人


 人里を避けて森の中を進み、獣が多く棲む狩場を見つけたら一時ひととき住処すみかを作ってとどまり、獣を狩って過ごす。そしてあたりの獣を狩りつくしたら、住処を壊して旅立つ。

 故郷を離れてからは、あたしはずっとそうして暮らして来た。連れを作ることは無いし、物々交換のために人里に立ち寄る時は手短にすませてすぐに離れる。この地の民たちにとってあたしは災厄そのもの、正体を知られてはならなかった。


 山中を歩いてたどり着いた新たな狩場は、東西に並ぶ五つの峰の南側、緩やかな斜面にとちのき山毛欅ぶなの森が広がる場所だった。

 斜面を抉る幾つかの谷筋には渓流が流れていて、周りの斜面にはいたるところに猪が土を掘り返した跡がある。樹木には、鹿が幹を齧って柔らかい皮を食べた跡があり、低い枝は葉を食べつくされていた。

 獲物がたくさんいることは間違いない。ここに滞在するかどうか決めるため、あたしは五つの峰のうち真ん中のものに登って行った。中腹から上では背の高い木は少なく、頂上は巨石が顔を出す草地になっていて四方を見回すことができた。


 下界から気持ちのいい風が吹き上がってくる。眼下には一面に森が広がり、ふもとの辺りでいくつかの渓流が合流して一本の川になり平野を流れていく。川が緩やかに曲がる場所から少し上った小さな丘に十戸ほどの住居が見えた。丸太を三角に組んだ屋根にかやの束を乗せたものだ。

 住居のそばで子供たちが駆け回り、周りに数匹の犬がたむろしていた。あたしは唇を噛む。この地の民が住む近くにとどまるのはもめ事の元になりかねない。


 どうしようか、思案するあたしの目の前を何かが横切った。白くてふわふわと動くもの、手を伸ばして摑まえる。それは丸い綿毛を持った小さな種だった。足元を見ると一本のあざみが生えていた。あたしの腰ほどの高さで、紅く咲いた花と綿毛になったものの両方が付いている。知らぬ間に触ってしまい綿毛が飛び立ったのだろう。

 あたしは綿毛を手のひらに乗せ、風に背を向けた。手のひらを唇に寄せて、風の揺らぎに合わせふっと吹いた。舞い上がった綿毛は風に乗り、遥かな高さに上って行った。そのまま山々が連なる大地の上をゆうゆうと飛んで行く。


 綿毛が見えなくなるまで見送った後、あたしは振り返り、斜面に広がる森を見下ろした。いつの間にか、いらついた気持ちはなくなっていて、あたしは眼下の森にしばらく滞在することを決めた。村の住民ともめ事になったら、その時に考えればいい。あたしは斜面を下って行った。


 森のあちこちを見て回った後、あたしは渓流の源泉の近く、小さな崖の下にわずかな平地がある場所を住処に決めた。崖の窪みを掘りこんで、雨風をしのげる横穴にし、辺りで摘んだ羊歯しだの葉を敷き詰める。穴の前に石を積んで火を焚くためのかまどを作った。



 次の日から狩りを始めた。最初の獲物は成獣になったばかりの若い猪だった。ぬた場で泥浴びをしているところへ風下から近づき毒矢を打ち込む。矢は首筋に命中した。

 毒はすぐに回り、倒れて痙攣している猪に近づき、山刀で喉を切ってとどめを刺した。血を全部抜いてから住処に持って帰る。干し肉にするための解体に集中していた時、予期せぬ来訪を受けた。


「大物を仕留めたんだね。たいしたものだ」

 背後からの声に背筋が凍った。熱中のあまり背中を他人にさらしていたのだ。後ろ髪を揺らさないようゆっくりと身体を回す。

 振り向いた先に居たのは、無防備な笑みを浮かべた一人の若い男だった。筒袖、筒裾の衣服を着ている。このあたりの里の民がよく着ている服だ。


「君は獣を追って渡り歩く狩りの民なんだろ。さすがの腕前だ」

 男はあたしの持つ山刀を気にする素振りもなく無造作に近づいて来た。目を見開いてあたしの髪を見つめる。

「きれいな髪だね。まるで真っ赤に染まった七竈ななかまどの葉みたいだ」

 男の能天気な物言いにいらついた。あたしの紅い髪はこれまでの旅でもめ事のもとだった。その紅い髪は紅蓮の魔女の標しだろうと難癖をつけられ、糾弾されたこともある。


 あたしは男を睨みつけた。

「あたしはアザミ。お前の言うとおり森を渡り歩いて、この地にたどり着いた。邪魔だと言うのならここから立ち去ろう。けれど、できるならこの獲物の処理を終えるまで待ってほしい」

 アザミは先ほどの花から思いついた仮の名だ。故郷の村での名を名乗る訳にはいかなかった。 

「邪魔だなんてとんでもない」

 男はあたしの横を通って、解体中の猪に近づいた。


「一人で狩ったんだよね?」

「そうよ」

「すごいな。俺たちが猪を狩る時は四、五人がかりなんだ」

 男は笑みを消すことなくあたしを見つめる。あたしは山刀を身体の前にかざした。

「獣の仕留め方は心得ている。女一人と思って獣の振る舞いに出るなら死ぬことになるわよ」

 

「そんなことはしないよ」

 男はかぶりを振った。腰に巻いた帯から小さな袋を外して、あたしに投げてよこす。

「食べてみなよ、うまいぜ」

 あたしは片手で山刀をかざしたまま、受け取った袋をちらりと見る。中には干した山葡萄の実が詰まっていた。


「俺はナギ、ふもとの村に住んでいる。きっと君は多くの国を渡り歩いて来たんだろ。これまでの旅の話を聞かせてくれないか?」

「旅の……話?」

「ああ、この土地から離れた場所にはどんな人たちがいてどんな暮らしをしているか、どんな景色がありどんな獣や鳥がいるのか、どんな食べ物があって…… 」

 その男、ナギはとうとうとしゃべり続けた。


「あいにくだけど、聞いておもしろいような話は無いわ」

 そう言いながらこれまでの旅を思い起こす。ほとんどの時間は森で一人暮らし、たまに訪れた人里でも、あたしの髪の色を咎め、警戒された思い出しかなかった。

「どんな話でもいいんだけどな」

 食い下がるナギを睨みつける。

「無いと言ったら無いの」

 楽しい思い出はひとつも無い。それにへたに話したら、あたしの正体を知られてしまうかもしれなかった。


「そうか、残念だな」

 ナギはがっかりした様子でつぶやいた。

「今日のところは帰る。また来るよ、何か食べ物を持ってね。思い出した話があったら、その時に聞かせてくれ」

「食べ物に不自由はしていない」

「俺が勝手に持ってくるんだ。気にしないでいい」


 ナギは帰って行った。その姿が消えてから山葡萄を調べてみる。嘗めてみておかしな味はしなかったので一個だけ食べてみた。噛みしめると酸っぱさと共に濃密な甘みが口の中に広がった。



 次の日から、ナギは毎日のようにあたしの住処にやって来た。干し魚や零余子むかごなどちょっとした食べ物を持って来て、あたしに旅の話をねだる。その度に追い払っていたが、十日程も続くとさすがに根負けした。しつこく話しかけられているうちに思い出した話もあった。


 やって来たナギの呼びかけに顔を上げ、彼の方に向き直る。

「しょうがないわね。そんなに望むなら旅の話をしてあげてもいいわ。でも、条件がある。 旅の話をするのは一日の少しの間だけ、その時以外はここに近づかないこと、話を聞く間もあたしの身体に手が届く範囲に近づかないこと、そして、あたしの後ろには立たないこと」

「わかった。きみのいやがることはしないと約束する」

 ナギは二つ返事で条件を受け入れた。


 こうしてあたしはナギにこれまでの旅の話をすることになった。もちろん、話しても問題のないものを選んでだった。

 毎日、日が暮れかかる頃、ナギは食べ物を持ってやって来る。横穴の前の竈のまわり、あたしは横穴側に座り、ナギは反対側に座る。竈で燃える火で枝に刺した干し肉やナギが持って来た食べ物をあぶり、あたしが旅の話をする。火の通ったものから一緒に食べ、食べ終わったところで話を切り、ナギは村に帰って行く。


 いろんな話をした。月に一度だけ陸とつながる島の話、夜になると打ち寄せる波が青白く輝く砂浜の話、一年ごとに植え替えて大きくなった芋をすりつぶして作る食べ物の話、そして獣の骨の形をした石が出てくる崖の話。穀物を噛んで酒を醸す姉と山葡萄を踏みつぶして酒にする妹が暮らす村の話もした。

 ナギはどの話も目を輝かせて聞き、時により詳しく知りたいと質問をしてきた。知っている限りを答えたが、知識がなく答えられないこともあった。そんな時でもナギは、話が終わると満ち足りた顔で帰って行った。



 人とこれほど話をするのは故郷を出て以来のことで、あたしにとっても気持ちを明るくするものだった。それで気分が高揚してしまったのだろうか、ある日帰ろうとしたナギに、破滅を招きかねない言葉を口にしてしまった。


「初めて会った時、お前はあたしの髪をきれいと言ったよね。あたしが言い伝えの紅蓮の魔女じゃないかとは思わなかったの?」

 ナギは首を傾げて吟味するようにあたしを眺め、ゆっくりと話し出した。

「紅蓮の魔女の伝説は知っているよ。村のおばば様から何度も聞かされた。海の向こうから魔女がやって来ると言う話だ。宿なしのさすらい人として村に入り、村人にしるしを刻んでいくそうだ。篭絡して仲間にしていくと言うことなのかな。そして、紅い蜥蜴が炎に変わって村を焼き尽くすのだと言う。紅い蜥蜴が何を差すかは謎だけど、紅い髪を示唆してはいなかった。でも、伝説は語り手によって少しずつ違ってくるものだ。君の聞いた話では紅い蜥蜴の正体についての説明があったのかい?」

 あたしは自分の過ちに気付き、肝を冷やした。藪をつついて蛇を出してしまったのだ。

「あたしの聞いた話……は同じよ。紅い蜥蜴は謎の言葉、それが何かはわからないわ」

ナギは私の言葉で興味を失ったようで、肩をすくめて帰って行った。


 一人残ったあたしの胸は苦々しいものでいっぱいになっていた。これまでの旅では、数限りない嘘をついてきた。それは自分を守るために仕方がないと割り切ってきた。嘘をついたことでこんな気持ちになるのは初めてだった。




 あたしの悩みはそれだけにとどまらなかった。

 次の日、いつも能天気にふるまっていたナギが、真剣な表情で問いかけてきた。

「なあ、きみはもう暫くしたらここを旅立って別の土地に行くんだろ?」

「ええ、この辺りの獲物が少なくなったらね」

「その時、俺も一緒に行ってはいけないか?」

「え……」

「きみの話を聞いているうちに、俺も遠くの世界を旅して回りたくなった。きみが狩りをして暮らしていくなら、その手伝いをさせてもらいたい。俺は槍が使えるし、弓矢が必要と言うのなら使い方を覚える」

「でも……」

「一緒に旅をしても、今と同じように、手の届くところには近づかないと言う決まりは守る」


 あたしの胸に一瞬、一緒に狩りをするナギと私の姿が浮かんだ。手分けをして獲物を追い込み、逃げ場を失った獲物に毒矢を打ち込む。一人で狩りをするより、随分捗るだろうし、獲物に逃げられることが少なくなるだろう。だけど……、そんなことはできないのはわかっていた。ナギと一緒に旅することはできない。そんなことをしたら……。


「だめよ。一緒に連れてはいけない」

「そこを何とか」

「あたしの狩りは一人でないとできないものなの。他の人がいても邪魔になるだけよ」

「そうか……」


 ナギは何度も振り向きながら帰って行き、あたしは腕を組み、睨みつけるようにして彼を見送った。ナギの姿が完全に見えなくなってから、座り込んで膝を抱え込む。

 また、嘘をついてしまった。でも、仕方ない。あたしと一緒に旅をすることは、その者に死をもたらす。それがあたしの背負った宿命だった。




 翌日の狩りの間も、ナギとのやり取りが時折り頭をよぎった。

 狩りが一人でないとできないなんてことはない。警戒のため、目は多くあった方がいい。こうして枝の葉をむ鹿に近づいて行く時も四方の警戒を怠ってはいけない。獣を狩るつもりが、逆に他の獣の餌食になることも……。そう考えた時、背後でかさりと小さな音がした。


 とっさに目をやる。茂みの陰から猪がこちらを見つめていた。目があった瞬間、こちらへ突進して来た。弓を構える余裕なんてない。視界の隅に入ったとちのきの大木に駆け寄り、跳び上がって太い枝にしがみつく。足にチクチクした痛みを感じながら、枝の上によじ登った。上の枝を掴んで体を引き上げ、猪が跳び上がっても届かない高さの枝にたどり着く。

 枝を脚で挟んで下を見下ろすと、猪は木の下に居座り、血走った目でこちらを睨みつけていた。もしかしたらあたしが仕留めた猪の連れ合いかもしれない。でもそんなことにかまってはいられない。あたしは背負っていた弓を取り出し、毒矢をつがえて射た。急所に二発打ち込んだところで猪は倒れた。


 木から下りようと右足に体重を掛けたら激痛が走った。痛みをこらえて地面におり、痛いところを見て愕然とした。山袴やまばかまと鹿革のくつの間の素肌の部分に何十本ものとげが刺さっている。

 おそるおそるとちのきの根元を見ると、毒刺草どくいらくさの茂みがあった。あわてて木に登った時に茂みに飛び込み棘をもらってしまったのだった。


 毒刺草どくいらくさの毒は強い。患部が腫れ上がりずきずきと痛むだけでなく、高熱が出て数日間は身動きが取れなくなってしまう。動けなくなる前に崖の下の住処に戻らなくては、あたしは痛みをこらえて必死に歩いた。


 歩いているうちに寒気が襲って来た。だんだん足に力が入らなくなってくる。崖の下の平地にたどり着いた時には、目の前が暗くなってきた。

 何とか横穴の前まで進んだところで、もう一歩も歩けなくなった。あたしは座り込み、地面に体を横たえた。

 意識がだんだん遠くなる。ついに意識が途切れる間際、誰かに体を持ち上げられたような感覚がした。




 意識がうっすらと戻って来た時、あたしは横穴の奥、羊歯の寝床の上に寝かされていた。視界はぼんやりとしていて、身体を動かすことは全くできなかった。あたしは今どうなっているの? 少しずつ見えて来た光景はあたしがもっとも望んでいないものだった。


 横たわったあたしのすぐそばにナギが座り込んでいる。彼はあたしの足の上にかがみこみ……、

『だめ、そんなことをしたらお前は……』

 心の叫びを声にすることはできなかった。


 ナギはあたしの足に刺さった棘を指先でつまんで抜いていく。一本ずつ丁寧に。彼の指に血がにじんでいた。絶望の中、あたしは再び意識を失った。



 次に意識が戻った時、あたしの身体には猪の毛皮が掛けられていた。手足を動かしてみる。ゆっくりとなら動かすことが出来るようになっていた。

 あたしが意識を回復したことに気付いたナギが笑顔を向けてきた。ずいぶん心配したとも言った。だけど、もうすべてが手遅れだった。あたしには言葉を返す気力がなかった。


 ナギは柔らかく煮た食べ物を食べさせてくれた。あたしを抱きかかえるようにして支え、匙をあたしの口元まで運んでくれる。前だったら拒絶していたやり方だけど、もう拒絶する意味はなかった。あたしはおとなしく差し出されたものを食べた。

 そうした暮らしが数日続き、あたしはようやく歩くことが出来るくらいまで回復した。あたしはナギに全てを話さなけれはならなかった。



「ナギ、あなたに話さなければいけないことがあるの」

 あたしの前に座ったナギはきょとんとした顔であたしを見た。その顔を見ているだけで涙が滲んできた。


「これを見て」

 あたしは彼に背中を向け、うなじにかかる髪をかき分けた。蜥蜴の形をした赤い蚯蚓腫れを彼の目にさらす。

「それは?」

「紅蜥蜴の呪い。紅蓮の魔女の言い伝えの実体よ」


 あたしはナギに向き直った。

「遠い昔、紅蜥蜴の神に呪いをかけられた者がいた。蜥蜴の形の蚯蚓腫れは呪いのしるし。そして呪いは人から人へ伝播するの。呪われた者の身体に触れたり、その血が体に着いた者へね。最初は小さな水ぶくれ、それが蜥蜴の形になり、呪いは全身に広がる。最初の冬が来る頃には足を引き摺るようになり、二度目の冬には歩けなくなる。三度目の冬は十人のうち九人が死ぬ。紅蜥蜴の神に選ばれた一人だけが生き残り、再び立ち上がって歩き出すことができるのよ。生き残った者はもう紅蜥蜴の呪いで体を損なうことは無いし、生き残った女が産んだ子供は生まれつき赤い紋章を身に刻み、呪いが身体を損なうことは無いの」


 ナギの顔が真剣なものに変わった。

「あたしは生き残った者の子孫が集まって暮らす村で生まれた。村人は紅蜥蜴の呪いを村の外に伝播するつもりは無かったし、気を付けて対処すれば不慮の伝播を防ぐこともできた。でも、周りの村の中にはそうは考えない人もいたの。彼らは徒党を組んであたしたちの村を襲った。呪いを根絶やしにしようとしてね」



「あたしたちは散り散りになって逃げた。そして、紅蜥蜴の紋章を隠して生き続けているの」


「愚かなことを」

 ナギがつぶやいた。

「仕方ないでしょ。何としても生き延びなきゃ」

「俺が言ったのは村を襲った連中の方だ」

「あの人たちも自分を守るつもりだったんでしょうね。でも、襲った人たちのいた村もそのすぐ後に紅蜥蜴の呪いで滅びたって、風の噂で聞いたわ」

「そうか」


 ナギは自分の指先を見つめていた。

「俺も紅蜥蜴の呪いを受けてしまったわけか」

 あたしは胸が押しつぶされそうになった。でも、せめてきちんと説明をしないといけない。

「ええ、あなたはあたしの身体に刺さったいくつもの棘を取り除いてくれた。自分の指が棘で傷つくのも厭わずに。きっとあたしの血があなたの身体に入っているはず。見たところ、まだ水ぶくれも出ていないけど、間違いなく呪いは伝播しているわ」


 あたしは両手をついてわびた。

「ごめんなさい。あたしが最初から説明していたらこんなことにはならなかったのに」

「それで、俺はどうなる?」

「十のうち九は三年で命を失うわ。もしあなたが村に帰ったら村の人たちも同じことに」

「そうか」


 ナギは取り乱すことなく、じっと手のひらを見ていた。

「あたしはあなたの未来を奪ってしまった。そして、今の暮らしも。償いきれるものではないけれど、あたしのできることなら何だってします。言ってちょうだい」

 あたしの言葉にナギはゆっくりとこちらを向いた。押し黙ったままあたしを見つめる。

 あたしにできることは何かないか、懸命に考えた。そして……


 あたしは服を脱ぎ捨てた。

「ナギ、あたしを抱きなさい。あなたの子供を産んであげる。あなたが命を失った後も、あなたの命を引き継ぐもの、紅蜥蜴の呪いに負けない子供を残してあげる」

 ナギはあたしをじっと見つめ、立ち上がるとあたしに寄り添い、あたしを抱いた。その身体はとてもあたたかかった。





 夜が明け、あたしが目を覚ました時、ナギは既に身支度を整え、あたしの狩りの道具を検分していた。

「どうしたの?」

「起きたか。なら、これの使い方を教えてくれ」

 弓を持ち上げて、あたしにかざした。


「俺は決めた。きみと一緒に旅に出る」

 ナギは腕を引き、弓の弦を引き絞る形を取った。

「十人のうち九人は死ぬと言ったな。俺は生き残る一人になってやる」

 話しながら、矢を射る方向を鋭い目つきで睨んでいる。右手の指を開くと、ヒュンという音がして弓が跳ねた。ナギは表情を緩めてあたしを見る。

「それでも、一年間は歩けなくなるんだよな。その間は俺を養ってくれ。歩けなくなる前に一緒に狩りをして食糧を貯め込もうぜ」

 胸にこみあげてくるもので、あたしは返事をすることが出来なかった。

「どうした、何だってするって言っていたよな。嫌とは言わせないぜ。それに、俺の子供を産んでくれるんだろ。俺もその子の顔が見たい」

「はい」

 あたしはようやく声を絞り出した。


 こうして、あたしとナギの新しい旅が始まった。二人で旅をしながら狩りをして、獲物を貯め込んでいく。そして、一年の間、籠るための新たな住居の場所を見つけた。断崖を越えた先にある小さな湖のほとりの森、人の手が入った痕跡はなく、山の幸や水辺の恵みが手に入る場所だった。あたしたちはそこに住居を作り、生活の基盤を固めていった。先のことは分からない。ただ、日々を懸命に生きていくだけだ。


           終わり



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