第6話 三条宗近

 藤兵衛の家に到着すると、急にギンが姿を消したので、心配そうにしていた彼の姿があった。最初は、村でひどい目にあったので、森に逃げ帰ったんだとも思ったが、それでも気にはなっていたのである。

彼自身、いずれギンを自然に返さないと、とも思っていたので、丁度これでよかったんだ、と、藤兵衛は自分に言い聞かせた。

しかし、長らく一緒に暮らすうちに藤兵衛は、ギンを家族のように思うようになっていた。

ましてや今、ギンは怪我をしている。

他の獣に襲われはしまいか、傷が悪化しまいかと心配だった。

おかげで、ギンがいなくなって彼は、作刀中も集中して仕事ができなかった。

彼にまた余計な心配をかけてしまったと、ギンは反省しながら太刀を草むらに隠し、彼の前におずおずと出て行った。

直接持って行くと、また盗んだと思われるかもしれない。時期を見て、何らかの方法で彼に手渡す方法を、考えなくてはならなかった。

「ギンっ、よかった。怪我はしてないか?」

ギンの無事な姿を見て、我が事のように喜ぶ藤兵衛の姿に、ギンは胸を締めつけられる想いだった。

しかし藤兵衛は、思いだしたように、

「そうだ。今度おまえのために、刀を打ってやろう」

狐が刀をもらっても、嬉しくも何ともないだろうが、刀鍛冶の藤兵衛には、他にギンに対して、友情を示す術が思いつかなかった。

「ク~ン?」

ギンは藤兵衛の腕に鼻を押し付け声を上げた。

確かに刀をもらっても仕方がないが、彼の気持ちが嬉しく、そして何だか気恥ずかしかった。


 その後、ギンは三日後の満月の夜を待った。

先祖から受け継がれた妖の力が、最も活性化するこの日の夜に、ギンは人に化けることが出来るのである。人の姿をしていれば、先祖のあの太刀を持って行っても、怪しまれることもないだろう。

虎徹のような名刀を、もう一度見ることが出来れば、藤兵衛はきっと満足のいく刀が打てると思っている。

先祖の宝の太刀が、藤兵衛が納得するような名刀なのかどうなのかは、ギンには分からなかった。

でも、これ以外に藤兵衛を助ける術が、ギンには思いつかなかったのだった。


 ギンは妖の力で、若い娘の姿に化けた。

歳の頃は二十歳位で、艶やかな長い黒髪に、元が狐だからか、切れ長の目が特徴的な美女である。娘の姿となったギンは、先祖の太刀を布で包み、旅人を装い藤兵衛の家を訪れた。

「もし、夜分にすみません。刀鍛冶の藤兵衛様のお宅はこちらでしょうか?」

「そうですが、どうしました、若い娘さんがこんな夜中に?」

玄関先では何だと、藤兵衛は娘をギンとは気付かずに中に通した。

「私は江戸の呉服問屋、山城屋のトキと申します。実はあなた様に見て頂きたい刀がございまして………………」

ギンがここ数日の間に考えた口実である。

もちろん、今言った山城屋というのもデタラメであるが、トキと名乗ったのは、ギンの本当の名前がそうだったからである。

「あなたのような娘さんが、刀を持って来られるなんて珍しい」

「いえ、江戸に嫁入りした際に、父よりこの刀を渡されましたので」

「嫁入り道具に太刀を? ずいぶん変わった父君ですね。きっと名のある武士の家系なのでしょう」

「それはよくは知りません? そういったことには私、どうにも疎くて、幼

い頃よりよく叱られておりました。それより、最近になって、この刀がどういたモノなのか気になりまして、失礼とは思いますが、できれば鑑定と研ぎをお願いしたいのですが」

ギンは、いや、トキは苦し紛れにそう言ったが、藤兵衛は特に疑う様子もなく、その太刀を手に取って包みを開けた。

確かに錆びも少なく奇麗だが、手入れの必要はありそうだ。

しかし、それ以前に…………………

「こ、これは…………………」

一目見て、藤兵衛はその刀から発せられる巨大な覇気を感じた。

直刃調の刃文を焼いた細身の刀身は見事な弧を描いている。作風こそ違えどこの感じは、まさにあの日、虎徹を目の当たりにしたときと同じであった。

間違いなく、この太刀は名のある名刀だと、慌てて茎の銘を見た。

朽ちた柄の木屑で、彫った名前が読みずらいが、

「………三………条………………まさか?」

そこには確かに『三条』と彫られていた。

思いもしなかった名刀を前に、藤兵衛は胸の奥で何かが熱くなるのを感じた。

太刀を持つ手が、カタカタ震える。 こんな感覚は何年ぶりだろう?

今なら、いい刀が打てそうな気がした。

「あの……………もし?」

「あ……………いや、これは失礼しました。あまりに素晴らしい太刀なので、思わず見とれてしまいまして……………」

「そんなにも立派な品なのですか?」

「おそらくこれは『三条宗近』でしょう」

三条宗近とは、平安時代の高名な刀匠である。

京都の三条に住んでいたことからこの名で呼ばれ、代表作に天下五剣にして国宝『三日月宗近』があるが、現存数は極めて少ない。

「それで、いかがなものでしょう?」

「分かりました。刀身の研ぎをお引き受けしま………………え?」

そのとき、何気なく顔を上げた藤兵衛は、囲炉裏の明りで壁に出来た、トキの影を見た。

炎で揺れるその影には、頭部に尖った角のような耳も、太い尻尾もあった。

人ではない、その獣の影に、一瞬、物の怪か何かにだまされているのかとも思ったが、目の前のトキの目が、夕方あたりより姿の見えない、ギンのそれによく似ている。

目に見える姿は違えども、藤兵衛にはすぐにトキの正体が、ギンであることが分かった。そしてギンの思いも、藤兵衛は察した。

(すまない………………ギン)

「どうかなされました?」

「いえ、何でもありません」

ギンの想いに答えてやろうと、藤兵衛は何も気付かないふりをした。

「早速明日より、研ぎを始めましょう。それより今日はもう遅い。よければ、家に泊まっていかれては?」

「そ、それは助かります」

そこまで考えていなかったギンは、思いもしなかった藤兵衛の言葉に驚いた。

人の姿で藤兵衛と、同じ屋根の下にいられることが、嬉しかった。


 明くる朝より藤兵衛は、約束通り宗近の研ぎを始めた。

「さほど時間はかかりません。家の方で待っていていただいても………………」

「いえ、私も用事がございます。十日ほど暇が空きませんので、それまで預かっていただいてもらって、よろしいでしょうか?」

本当は先祖の宝刀なので、早く山寺に持って帰りたいところではあるが、藤兵衛が新しい刀を打つための参考になればと、ここに置いておく口実にと、トキはそう言った。それに、人の姿に化けた自分がいては、作刀に集中できまいという、ギンならではの心遣いでもあった。

「そうですか? わかりました。私としましても、こんな素晴らしい刀を、しばしの間とはいえ、手元に置いていられるなんて、何とも光栄なことです。喜んでお預かりいたしますよ」

笑顔でそう答える藤兵衛に、ギンも我が事のように嬉しく思い笑みがこぼれた。

そしてトキは、町の方に向かうフリをして、山の方に戻って行った。

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