第3話 ワタシハキツネ

 しばらくして、彼は妙な音に目を覚ました。

いや、実際には目を覚ましたわけではない。

(あ…………夢………だな?)

夢の中で夢を見ていると自覚できることなど、そうあるものではない。

しかしいったいどうしたわけだろう、気持ち悪いほどにハッキリと、今、自分は夢の中にいると、彼は自覚することができた。

(うおっ、何かスゲェ! でも、夢の中なら何でもアリだよな。空を飛んだり壁抜けしたり、透明になって女湯覗いたり♥)

と、差し当たって下らない欲望しか思いつかない愚かさを恥じるわけでもなく、彼はとりあえず寝ている姿勢から立とうとしたが、何故か身体の方は少しも思った通りに動かない。

(ええーっ、ウソだろぉ~!! コレじゃあ何も出来ないじゃないか? 女湯が、せっかくの女湯がぁぁぁ~っ)

哀れ、夢の中で夢見た女湯への憧れは、果無くも消え失せてしまった。

費えたバカな妄想に、彼が落胆していると、

(おっ?)

突如、視界が辺りを見渡すように動いた。と言うより、自分以外の何者かが身体を動かしているような感じだった。

どうやら夢の中に自分がいるのではなく、夢の中の誰かになっていて、その誰かの目線が見えているようである。

どうもここは、どこかの家の中のようだ。木の床に藁を敷き、囲炉裏もある。すぐ横には土間があり、土壁は所々崩れ落ちていた。

天井を見上げると、茅葺きになっている。

(古民家……………………、時代劇の夢でも見ているのかな? 夢じゃなかったら、写真の一枚も撮っておきたいところなんだけど)

少し残念に思いつつ、さっきからする妙な音も気になった。耳の奥に響くような、金属を叩く音だ。

(何かな? もしかして鍛冶屋の家か?)

何となく気になった、というよりも本人ではない身体の方が、勝手に音の方に向かった。 しかも何故か、

(???)

視線が妙に低く、床の上ギリギリを低空飛行でもしているかのようだ。

土間を抜け、戸口の影から音のする方を見ると、真っ赤に焼けた拳ほどの鉄の塊を、金槌で叩く男の姿がいた。

(あのときの…………………)

それは、彼が昼間に溺れたとき、虚ろな意識の中で見た男だった。

もしかすると、溺れたときに見たのは夢で、今はその続きでも見ているのだろうか? どうにも夢の中なのに自由のきかない今の状況では、それを確認する術はなさそうだが。

ただ、やはり鍛冶屋だったのだろう、彼の仕事場の奥の棚には、鍬や鎌などの農機具や、何に使うのかよく分からない道具等が、幾つも置かれていた。

しかし、鍛冶屋にしては、何か雰囲気が違う。

目に見えない気迫と言うか、覇気とでも言うのか、そんなプレッシャーが、見ているだけの彼の心を、押しつぶしそうだった。そして作業するその姿も、ただの鍛冶屋には見えなかった。

烏帽子のようなものを被り、作業衣も元は白かったのだろうが、火の粉で所々焼け焦げ、全体的に煤けて灰色に見える。

(コレって、鍛冶屋じゃなくて、刀鍛冶じゃないのか? いや、だったら何故、鍬とか農機具なんかを置いているんだろう?)

しばらくその作業に見入っていると、男はこちらに気付いたのか、作業の手を止め、

「起こしちまったかな? もう身体はいいのかい?」

と、こっちを見て微笑んだ。それに驚いて、飛騨の身体は彼の意思と関係なく、後に飛んで隠れたが、少ししてもう一度、戸口の影に戻って男の方を見ると、男は彼を気にする様子もなく、作刀の続きを始めていた。

(本当にコレ…………………夢なのか?)

未だに自分自身が何者になっているのかも分からないが、とにかく困惑しているらしい事だけは分かった。

夢の中の体は室内をキョロキョロ見渡し、戸口らしいところを見つけると、逃げ出すように外に飛び出して行った。

外はすっかり陽も落ち、夜になっていたが、周りが見えないこともない。

どうやらここは、麓の村から少し離れた山の中腹あたりのようだった。

村の方には、見覚えのある神社も見える。

(あれは大沢さんとこの……………、いや、でも妙に真新しい気がするけど?)

今度は飛騨の方が困惑しだした。

だが、やはりそれとは関係なく、身体の方は今の場所を確認すると、近くの薮に飛び込んで、山の上の方に駆け出して行った。

その走る途中、月明かりで出来た自らの影を見て、ようやく彼は今、子狐になっていることを知ったのである。

(もしかして、鉄喰稲荷の………………?)

祠を運んだ彼に、鉄喰稲荷が自らの記憶を見せているのか? 

いやしかし、まさかそんなことが?

そんなことを思いつつも、夢は覚めないままに、まるで狐の記憶を辿るかのように続いた。

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