第2話 狐にバカされたかもしれません?

「おいっ、しっかりしろっ! 目を開けるんだっ!!」

 - 誰かが呼びかける声がする -

その声に、重い瞼を開けて見ると、二十歳くらいの男が心配そうに、こちらを見つめていた。彼は髪を後で束ね、ワラ草履を履いた、時代劇にでも出てきそうな姿をしている。

「何……………だ……………???」

確か自分は、川で溺れかけていたはずだが、どうやら助けられたようだ。 

そう思うと急に安心して、再び意識が薄れ、再び瞼が重たくなった。

耳の遠くで、「しっかりするんだっ!!」という、男の声をいつまでも聞きながら。


 それからどれだけの時間が経過したのだろう? 妙に時間の経過が曖昧に感じられるたが、再び目を開けたとき目の前にいたのは数人の警察官であった。

「……………あれ?」

慌てて辺りを見渡したが、さっきの着物の男の姿はなかった。

目覚めた場所も、溺れかけた橋の百m程下流だった。

ここまで流されてきたらしい?

「君、何ともないか?」

警官は手を差し伸べ聞いてきた。

飛騨も、濡れて身体に張り付く服の感触を、少し不快に感じつつ顔をしかめながら、その手をとって立ち上がり、

「ええ、少し水を飲んでしまったけども、どうってことありませんよ。そんなことより、オレを助けてくれた、あの古風な人は?」

「???????」

「一言、お礼を言いたいんですけど?」

「いや、川で溺れていた君を見つけ、救助したのは我々だが、他に誰かいたのか?」

「え? いや、たしか着物姿の、時代劇っぽい人が確か……………………」

警官の言った意味が分からず、彼はしばし呆気にとられたような、まるで狐につままれたような顔をした。


 何とか気分を落ち着かせ、警官達に礼を言い、彼は川に落ちた場所に戻った。

キーを差したままのバイクも、三脚で河原に置いたままのカメラも無事だったが、やはりさっきの着物の男の事がどうにも気になって仕方がない。

「いったい何だったんだ? それに………」

そして、助けてくれた警官のパトカーが、埼玉県警のものではなく、警視庁の車であったことが、どうにも妙に思えた。


 どうにも釈然としないまま、飛騨は最初の予定だった祠の運搬を思い出し、再びバイクを走らせた。

目的地のS村はすぐ近くだったが、予定外のトラブルで、時間を大幅にロスしてしまった。すでに陽は西に傾きかけている。

このままでは、明るいうちに東京の自宅に帰ることは出来そうにない。仕方ないので三宅に連絡をし、村で泊めてもらえそうな神社を紹介してもらった。

そのときついでに、ライカの一件を再確認したが、三宅に適当に誤魔化されてしまった。


 村に向かう途中、彼は道路脇にいくつか奇妙なモノを見かけた。

どういうワケか、道路標識や看板等が、途中から欠けて無くなっているのである。その欠けた部分も、まるで鋭利な刃物で豆腐でも切ったかのように滑らかだった。

中でも、三宅に紹介してもらった神社では、釣り鐘の下から三分の一が、切れて無くなってしまっていたのは、さすがに普通ではないと思える。

「コレっていわゆる、カマイタチとかいう…………いやいや、まさかなぁ?」

さっき川で溺れかけたときに会った、謎の男のこともあってか少し気味が悪い。

何だか本当に早く帰りたい心境だったが、すでに西の空が赤くなりかけている。

「オレって神社仏閣撮影に廻ってるけど、マジでビビリなんだよなぁ~。やっぱり来るんじゃなかった……………………」

今さら後悔しても、もう遅い。

飛騨はため息をつきつつ、社務所を訪ねた。

「君が飛騨君だね。三宅さんから電話で聞いてるよ。今回はご苦労様だったね」

「今日はお世話になります」

奥から出てきた神主の大沢は、いかにも田舎の神社の人といった感じの、細身の初老の男だった。

飛騨も挨拶をすませ、大沢に促されて奥の居間に通されて一息入れる。

出されたお茶をいただき、人心地ついたところで、彼はこれまでの奇妙な体験や、見てきたことを、気になって大沢に聞いてみた。

「うむ、なるほど。川の男のことは分からないが、切られた看板や標識、それにうちの鐘が切られた原因は、鉄喰稲荷の仕業だよ」

「鉄喰…………稲荷ですか?」

大沢の話しによると、江戸時代の中頃からだろうか、こういった事件はこの村で度々あったそうで、ここの釣り鐘も、その頃に切られたと言われている。

確かに切り口を見ると、月日が流れ、錆に覆われていて、時代を感じさせはしたが?

大沢は飛騨がかたわらに置いた祠を指さし、

「ほら、君が運んできてくれたその祠こそ、鉄喰稲荷を祀ったものなんだ」

「ええっ?! これが?」

何だか曰くあり気な話しになってきた。ただ、彼も今まで神社仏閣の写真を撮ってきただけに、こういった不思議な話しには、ビビリのくせに目がない。

しかも鉄を喰うだなんて、何だか面白そうではないか?

「原因は未だに分かっていないんだ。昔っからの伝説のようなモノでね。

ただ、事件の前後に狐を見た、という者が何人かいて、いつしかそういった噂から、『鉄喰稲荷』を祀るようになったと言われているんだよ」

「カマイタチとは違うんですか?」

「だったら、切られた片割れが残っているハズだよ。ところがそれが見つかっていない。きっとお稲荷様が食べたんだと、村では昔から信じられてきているのさ。でも、そういった現象も、ここ数十年の間、一度も起こらなかったんだが…………」

「と、言うと?」

「ここの裏山が、土地開発で削られることになったんだが、それ以来かな、再び鉄喰が起こるようになったのは」

「ここの裏山って……………」

飛騨は窓から裏山の方を見たが、すっかりあたりは暗くなっていて、よく見えなかった。

「うん、古くて深い森があってね。幻想的だと、三宅さんもよく撮影に来ていたもんさ。まるで、ジブリのアニメとかにでも出てきそうな景色だってね。

でも、その森ががなくなると聞いて、すごく残念がっていたよ。

村でも開発反対の署名を集めたんだが、開発業者の妨害があって、なかなか進展がなくて困っていたところなんだ。そんな最中に、今回の事件があったものだか

ら、きっと『鉄喰稲荷』の祟りではないかともっぱらの噂さ」

「今回の事件?」

「おや、聞いていないのかい? 工事の車両や機械が、ズタズタに切られてしまったんだよ。パワーショベルのアームも、もう少しで途中からバッサリいきそうなくらい、深く切り込まれていたよ」

「ま、まさかぁ~?」

「いや、本当だって。それで、あまりに不可解だってんで、今日の昼頃、警視庁から県警に、応援が来たらしいよ」

その話しで、ようやくあのパトカーの理由を飛騨は理解した。

しかし、本当に何故、そしてどうして、建設機械が切られたのだろうか?

そして今回のその事件と、昔の鉄喰稲荷と、本当に関係があるのだろうか?

やはり鉄喰稲荷が、開発工事を怒っているのだろうか?

「まあ、今日ももう遅い。祠は明日にでも元の場所に置きに行くとして、都内からこんな山奥まで来て疲れたろ? 今夜はもう休みなさい」

「はあ……………………」

大沢に促され、彼は少し早い就寝についた。やはり走ってきたことや、溺れかけたせいで疲れがたまっていたのだろう、床につくや、彼はすぐに深い眠りについた。

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