鉄喰稲荷

京正載

第1話 神様拾いました

 荒ぶる川と書いて『荒川』とはよく言ったものだ。

単純なネーミングのようで、これほどこの川を、適切に表現した名前は他にはないかもしれない、と彼は思った。

思ってから、何だか気恥ずかしくなって顔を少し赤らめる。

柄にもなくかっこいい表現を言う自分に酔うほど、おめでたい人間ではないが、多少なりと羞恥心はあった。

そんな自分をごまかしながら、川面を見つめる。

まあ、荒ぶる川というのも、あながち間違いでもないだろう。

記述によると、古くは平安時代に武蔵国水勞という水害があったと資料も残っており、近年では治水工事のおかげで、以前よりはましになったものの、平成19年の台風9号による被害は、そうとうなものだったそうな。

そんな歴史を知ってか知らずか、彼は少々複雑な心境で川面を眺めていた。

先日も大雨が降って、一部地域で警戒警報が出たほどだったが、その雨も今朝にはあがって、昼頃には空はすっかり晴れ渡っていたものの、流れの勢いはまだ治まっていない。

おかげで川の水は泥の色をしている。

たまの休日に川の撮影をと、旧岩淵水門に来ていたアマチュアカメラマンの彼、飛騨昭男は、残念そうに肩を落とした。

「マジかよ。せっかくの快晴だってのに」

予想していたが、汚れた川を写真に撮ったって、面白くも何ともない。

青空の映えた、川面に写る赤い水門を撮りたたかったのだが、この状態ではとてもではないが無理と、あきらめて帰ろうとすると、

「ん、何だアレ?」

ふと川面を見ると、上流から何かが流されてくるのが目に入った。

流れの早い水面をプカプカと、学生鞄ほどの大きさの、木の箱が浮き沈みしている。

他にもゴミのようなものも流されて来てはいるが、何故かソレが気になって仕方がない。

そしてよくよく見ると、その箱は、

「祠、かな?」

家の神棚に祀られているような、小型の祠であった。

おそらく、上流の村の川沿いにあった祠が、増水した川に巻き込まれ、ここまで流されて来たのだろう、一緒に流されてきた小枝や水草等が絡まっている。

その祠が、彼の目の前まで流されて来ると、岩場に引っかかって止まったのである。 まるで彼に、拾い上げろ、とでも言っているかのようだ。

彼としても、それを無視してもよかったのだろうが、どうにも気が咎めてならない。 無視すればバチが当たりそうな気もした。

「………やれやれ……………………」

彼はその岩場に下りていき、その祠を拾い上げてた。

まとわりついたゴミを払い落とし、壊れていないか注意深く確認した。

斜めにすると、祠の扉の隙間から水が、ボタボタとこぼれ落ち、少々泥臭い臭いもする。中は無事か気になったが、開けるら開けたで、やはりバチが当たりそうな気がしたのでそのままにした。

「で、これからどうしよう?」

まさかこのまま放置するわけにもいかない。

かといって、こういった神聖なものを、どう扱っていいのかも分からなかった。

しばらく考えて、以前、撮影させてもらった神社の神主に聞くことにした。

風景写真を専門とする彼は、今まで風景だけではなく、風景とマッチした、人工物も一緒に撮影するようにしている。

神社の中庭に立つ、紅葉鮮やかな一本のモミジや、古い土塀に寄り添うように咲く桜に、穏やかな川面を進む屋形船、山間の古民家など、自然そのものや、人工物そのものだけではなく、それらを一緒に撮影するのが、彼のスタイルであった。

そうやっているうちに、撮影先で知りあった知人はすでに十数人はいる。

その中で、都内のある神社で神主をしている三宅という人物が、たまたま飛騨と同じく写真が趣味だった、ということもあって、親交がもう何年も続いていた。

早速彼は、三宅に携帯電話で連絡をした。

『おお、飛騨君か? 久しぶりじゃないか。何か用かい?』

「実は川で………………」

と、これまでの経緯を話し、どう対処しべきか相談すると、

『まあ、荒川の上流のどこかから流されて来たんだろうけど、その祠のどこかに、何か書かれていないかい?』

「う~ん、かなりかすれて見ずらくなってるけど、裏に武蔵国…………………」

武蔵国とは、東京、埼玉の昔の地名である。

他に何とか読める文字から、その祠は秩父方面の、S村の物であることが分かった。他に「藤」と「月」も読めたが、場所とは関係なさそうだった。

『しかし場所が分かったはいいけど、そのままにしておけないな』

「どうしましょう?」

『飛騨君は撮影にバイクを使ってたよね?』

「え、イ、イヤっすよ。こんなの積んで、秩父の山奥まで運ぶなんて」

『君がそれを見つけたのは運命かもしれないな。きっと神様に選ばれたんだよ』

「いや、三宅さん、自分で何とかするの面倒だからって、オレに押し付けてません?」

『確か君は以前、私の持ってたライカ、欲しいって言ってたね?』

ライカとは、ドイツの高級カメラである。

デジタルカメラ全盛のこの御時世に、飛騨は今でもフィルム式カメラを愛用していた。

レバーでフィルムを巻き上げる時の感触が、何ともたまらないんだそうな。

そんな彼が、三宅の言葉に目の色を変えたのは言うまでもない。

「行きますっ! 奥秩父でも剣岳でも、どこでも行かせてもらいますっ!」

答えるや、彼は祠を担いで、川岸に停めておいたバイクに走った。

電話の向こうで三宅は、『まだあげるとは、言ってないけどね?』と、ほくそ笑んだ。


 国道と県道、農道だか何だか分からない道を使い、三宅から聞いた山間の村を目指し、飛騨のバイクは走っていった。

すでに東京から埼玉に入ったハズだろう、と思いつつ、彼は何気なく道沿いに流れる川、荒川の上流ではなく、少し先で本流と合流している支流の、少し先に目をやった。

すると、

「おっ、何か画になるな!」

道が枝分かれして、一方が川を横切る小さな木製の橋になっていた。丸太を組んで造られた、見るからに古そうな代物である。

今どき、どんな田舎に行っても、橋はだいたい鉄かコンクリートで出来ているものだ。木製の橋なんて、時代劇のセットくらいでしか見たコトもなかったので、かえって新鮮であった。

その橋が、やはり先日の雨で流れが早くなった川と相まり、彼の写真家魂に火をつけた。

橋のむこうは林道になっており、木陰から漏れる陽の光が薄暗い道にさしていて、橋の手前から撮ると、奥行きがあっていい感じになりそうだ。

飛騨はバイクに乗ったまま数枚撮影し、

「ちょっとくらいなら、いいかな?」

と、祠運びを一旦後回しにしてバイクを路肩に停めた。

三脚を用意し、次は橋を見上げるアングルで撮れるよう、増水してはいるものの、わずかに残った足場を見つけて下りて行った。

そして、橋と川が入るように、構図を工夫をする。何枚か試しに撮ってみるが、どうにも満足のいくカットが決まらない。

「う~ん、もう少し下から撮ってみるか?」

カメラと三脚を川岸に置いて、靴を脱いで片足だけを川につけ、ローアングルから指で四角形を作り、構図を工夫した。

あーでもない、こーでもないと、色々考えているうち、足下の注意を怠ってしまい、思わず足を滑らせ、

「うあっ!!」

声をあげたときにはすでに遅く、彼はザブンと音を立て、川に落ちてしまった。

川は意外に深く、足が底に全くつかない。

慌てて川岸に泳ごうとしたが、流れが早い上に、衣服が水を吸って重たくなり、思うように身体が動かなかった。

「や、やべぇっ!」

荒れる水の中と青い空とが交互に目に映り、そのうちに水の中だけしか見えなくなった。

そして……………、

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