第8話 侍魔女、新生活始める
洗面所の鏡に、髪がボサボサの女が映っている。そこへ、眠そうな少女が目をこすりながらやって来る。
「おはようでしゅ、マギ姉さん」
「おはよう、ミカタン」
二人がいるのは、新世界士養成学校の女子寮の一室。ベッドとキッチンと洗面所のみの簡素な二人部屋での初めての起床。
今日からカリキュラムが始まる。半年かけて、法律、格闘、発掘技術、一般常識、選択特技などを学んでいく。
少なくとも半年は、最低限だが衣食住に困らないし、卒業試験に合格して晴れて新世界士の資格を手にすれば、組合の貸し出している物件に格安で住める。ただ、半年で受からないと追い出されて、自力でどうにかしなければならない。
「マギ姉さんは、選択は魔法にしたんでしゅっけ?」
「うん、手っ取り早く単位が取れそうだからね」
卒業試験を受けるには、各科目の単位を取る必要がある。一つでも取れなければ受けることが出来ない。
「ちゃんとした特技があっていいっしゅね。アタチなんて怪力でしゅよ? それ、特技っしゅか?」
歯を磨き始めたマギコの横で、ミカタンが顔を洗いながら器用に話す。
「確かに科目の名前じゃないかも。でも、単位取得は楽勝でしょ?」
「それは余裕っしゅ。なんせ、鉄の玉を遠くに飛ばすとか、岩を運ぶとかでしゅから。それよりも問題は、法律でしゅよ」
「確かに、テキストの厚さがやばいわね。あれで基本なんだって」
「法律家は大変でしゅね」
ミカタンが顔を拭きながら歯ブラシを手に取る。その後ろからマギコが周囲の近況を尋ねる。
「そういえば、雲徳さんとイタンさんは結局一緒に住んでいるのね?」
「そうっしゅ。雲徳はガテン系、ママは食堂で働いているっしゅ」
「せっかく会えたのに寂しくない?」
「最初は少しそう思ったっしゅが、よくよく考えてみるとずっと離れていたからそうでもないっしゅ。それよりバカの話は聞いたっしゅか?」
「雲徳さんに聞いたよ。バカさんからスマホで連絡が来て、動物王国を造ってるとか……」
「そうっしゅ。休みには行きたいっしゅね。そういえば、全くもってどうでもいいことでしゅが、ドマンゴーは隊長と別れたらしいっしゅ」
「え? まだ、二週間くらいじゃない? でも、考えてみれば隊長は急に言われて驚いていたものね」
「一方的に言ってただけっしゅからね。んで、ここから暫く北へいった幽霊城って呼ばれている廃城に勝手に住んで、用心棒を始めたらしいっしゅ。そのうち冷やかしに行くっしゅよ」
「元々ネクロマンサーだからそういう場所が合っているんでしょうけど、行きたくはないわね……」
マギコが潜水艦のゾンビたちを思い出して身震いしている所で、始業三十分前の鐘が鳴った。
「急いだほうがいいね」
「でしゅね」
二人は、教科書の入った鞄を持ち、昨日のうちに配られていたコッペパンを口に咥えて外へ飛び出した。
寮のすぐ目の前に学校はある。元々は、とある貴族が住んでいた城で、そこをそのまま学校として使っていた。
学校がない日は、大きな門は閉じられているのだが、今は登校時間なので開いており、吸い込まれるように通学の生徒たちが入ってくる。
年若い人が多いが、中にはそこそこの年の人もちらほら見受けられる。新世界士は、遠出したり発掘したりと体力が必要だが、それさえ問題なければ年齢関係なく活躍できる職業なので、一発当てようと転職を目指してここへ来る社会人もいるのだ。
二人は、その人波の中に、見知った顔を発見して手を振った。
「ケンサクくーん! ロップー!」
「ロップ! 腕粉砕マーン!」
ケンサクはすぐに反応して、怒った表情でドスドスと近づいてくる。
肩に乗っているロップは、欠伸をしながら軽く手を振っている。驚いたことに、事情を説明した所、ロップも入学を許可されていた。ただ、男子なので、ケンサクと男子寮に住んでいる。
「誰が腕粉砕マンだ! もう治ったよ!」
ケンサクがミカタンに両腕を振り回して全快をアピールする。
「うん、わかったから行くっしゅ。遅れるっしゅよ」
真面目な顔で返してきたミカタンに気後れしたケンサクを残し、マギコとミカタンはスタスタと学校へ歩き始める。
「いや、何で急に真面目になるんだよ!」
再び怒ったケンサクが二人を追う。それを振り返って見た二人はダッシュで逃げる。
こうして、それぞれの新しい世界での新生活が始まったのだった。
(終)
侍魔女、異世界を行く あつしじゅん @b22106065
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