第7話 侍魔女、新天地に立つ
マギコ達は、方舟の前方にある牽引車部分の下へと移動してきていた。
「こんなでかい物がどうやって動いてんだ?」
ロップが、その大きさに圧倒されながら誰にともなく聞いた。
「それは、バカさんに聞かないとわからないです」
「馬鹿さん?」
ロップがマギコとすれ違うやり取りをしていると、上方から鉄でできた乗用車ほどの大きさのカゴが降りてきた。
「お久でやんすよ」
そのカゴには、相変わらずド派手な格好をした奇才ベリーバカが乗っており、投げキスをこちらにしてきた。
「おい、なんかすごいの降りてきたぞ」
ケンサクが少し後ずさりしつつ呟く。
「それほど久しぶりでもないでござろうバカ殿」
「そうでやんすね。ま、とにかくお乗りになってくんなまし」
一同は言われるままに、空飛ぶカゴに乗り、トラックの運転室部分へと上昇した。
「ちゃんと、スマホ着いたっしゅね」
「おお、そうそう。実験成功でごんすざんす」
ミカタンにバカが、ガニ股ダブルピースで答える。
「ごんす?」
その横では、バカを知らない二人と一匹が同じ疑問を呟いていた。
そうこうしているうち、運転室部分についた。扉が自動でスライドし、バカが恭しい感じで中へ招く。中はコンピューターと電子モニターが並んでいる科学で制御された空間だった。だが、それとは別に見知った人物と半腐れのゴリラとキモ人形たちがいることに全員の視線が集まった。
「ダーリン!」
ドマンゴーが、雲徳へ向かって走り寄ってくる。雲徳は、その勢いを利用して後方へうっちゃる。そのままドマンゴーは、下へと自由落下した。
「新しいパートナーができたのね。お幸せに」
イタンが、冷たい視線を雲徳に送り、中へと入っていく。
「いやいやいや、見たでござろう。寧ろ敵でござる」
「どうだか」
そんな仲違いする元夫婦を尻目に、マギコがバカに懸案事項を聞く。
「あの、バカさん。ちゃんと人が暮らせる世界に行けますか?」
「ああ、大丈夫でありんすよ。任せるでゴンザレス」
やはりバカの横で、ケンサクとロップの二人が「ゴンザレス?」と呟いているが、ミカタンとマギコは嬉しそうに手に手をとってはしゃいでいる。
そこへ、どうやってか自力で這い上がってきたドマンゴーが帰ってきた。
「ひ、酷いじゃないかい!」
血だらけのドマンゴーが雲徳の元へ行って抗議の声を上げる。
「いや、お主は敵でござろう」
横合いからバカが、口論に口を挟む。
「なんか、けったいな集団にボコられていたんで助けたんでやんすが、まずかったでありんすか? ここに捨ててきやすかい?」
「いや、問題ないよ。さっさと出しとくれ」
ドマンゴーが、捨てられまいと即答する。判断に困ったバカが、マギコを見て判断を仰いでくる。
「多分、大丈夫です」
「レッツゴーっしゅ」
バカは、二人の反応を採用し、方舟を動かしにかかった。
「みなさん、それぞれ適当な席についてシートベルト締めるでありんす」
マギコ、イタン、ロップを抱いたミカタンは隣り合う席に、そこから少し離れた所にケンサクが不自由な腕で何とかベルトを締める。そして、そこから離れた席に雲徳を囲むようにドマンゴー一味が座る。
バカが、モニター前の席に座り、操作パネルをいじる。すると、トラックのエンジンが唸りを上げ、それを聞いた方舟の動物たちが吠える。
「新しい世界に着いたらインドと遊ぶっしゅ」
ミカタンが、動物たちの鳴き声を聞いて、ウインドタイガーを思い出したようで笑顔を浮かべる。そして、それが合図だったように、トラックが加速し始め、凄まじい重力が体にかかり、みんな苦悶の表情になる。
「我慢しておくんなまし!」
バカの声かけに全員が目をつぶり歯を食いしばりながら頷いた。
いつの間にか、外を映し出していたモニターから隕石が消え、雪と氷の大地に変わっていた。それを見て全員が新世界に着いたことを確信する。
「衝撃にそなえるでありんす!」
バカの声に、一同が背中を丸め頭を守るような防御姿勢を取る。次の瞬間、ガリガリとミシミシが混ざったような音がした後、強い衝撃とともに止まった。
「何かぶつからなかったですか?」
「で、ありんすね」
マギコの声に、バカがモニターに目を向けると、何も映っていない。
「ぶっ壊れたっしゅか?」
「うーん。そんなにやわに造った記憶はないでありんすでゴンザレス……」
悩み始めたバカを置いて、マギコとロップを抱っこしたミカタンが扉へ向けて走り出す。それを見たイタンも我が子の後を追う。
「どんな世界なんですかね?」
珍しくテンション高くマギコが横を走るミカタンに聞く。
「うまいもんがたくさんあるっしゅよ」
ミカタンがよだれを垂らしながら期待感をにじませる。
「でも、モニターには雪と氷しか見えなかったわよ」
イタンが、悲観的な事を言うと、
「そんなことないっしゅ。アタチは、止まる寸前に街みたいの見たっしゅ」
それを聞いて扉の前で止まったマギコが、嫌な予感を滲ませる表情でミカタンの顔を見つめる。
「それ本当?」
「もちろんっしゅ」
後ろから追ってきたイタンも、マギコが言わんとする所を察し、顔色が悪い。
「ひょっとして、このトラック、街に……」
そう言ったまま二の句が継げないマギコと、それを理解したイタンが下を向いて沈黙する。しかし、事態を理解していないミカタンが、扉開閉ボタンを押す。
扉の外は、モニター通りの白銀の世界だったが、それに混じってレンガのような物が散らばっているのが分かる。
「すぐに、別の世界に移動したほうが良いのでは?」
イタンが悪魔らしく、血も涙もないことを口にする。しかし、そのとんずら作戦を否定する声が後ろからする。
「無理でありんす。移動機能が壊れたっぽいでありんす」
それを聞いたミカタンが、選択肢がないことを理解し、勢い良く飛び降りた。
驚いて下を覗いた三人は、地面スレスレで大きく羽ばたいて無事降り立ったミカタンに安堵した。
「行くしかないようですね。娘一人では不安なので先に私も降ります」
そう言って、イタンも飛び降りる。そこへ、後ろからドマンゴーに抱きつかれた雲徳が、彼女を引きずりながら扉まで来る。
「この世界は本当に人がいるのでござるか?」
雲徳はバカに尋ねたのだが、それに対して今度は腕を絡め始めたドマンゴーが答える。
「いなきゃ、作ればいいのさ。私達でさ」
それを聞いた雲徳は、ドマンゴーを再びぶん投げた。
「いけず!」
そう叫びながらドマンゴーは自由落下していった。
「さ、我々も下へ……」
雲徳が何もなかったが如くマギコとバカに話しかけたとき、後ろから走ってきたゾンビゴリラにドロップキックをくらい、仲良く落ちていった。そして、空を飛べる人形たちは、泰然とした表情でそれに続けて降りていった。
そして、最後尾から来たケンサクが二人を見て言う。
「俺は休んでていいかな? 腕がさ……」
バカがケンサクのひしゃげた腕を見て一つの提案をする。
「後ろの方舟にいるユニコーンに舐めてもらうと良くなるでありんすから案内するでごんすよ」
「それは助かる。よろしく頼む」
「あの、街に行くのが面倒くさいんじゃないですよね?」
マギコがジト目で二人を見つめる。
「そ、そんなことはないあるよ」
三人は、何故かここへ来て新しい語尾で答えたバカを先頭に、空飛ぶ箱で降りていった。
下に降りてみると、確かに街らしき場所にトラックが突っ込んだことがわかった。だが、同時に何の喧騒もないことがすぐに分かる。
「人、いないですね」
マギコが、街の門だったと思しき崩れかけたレンガの柱を見て言う。
普通に考えて、これだけのことがあったら、すぐにでも人垣が出来ていてもおかしくはない。だが、それがないということは、そもそも人がいないということの証左であった。
「そうでありんすね……」
バカが、氷雪と瓦礫を見てからマギコに苦笑いを返す。
そこでマギコは、嫌な予感を溜息を付いてから続ける。
「ひょっとして、あの場所からは、滅びた世界にしか通じていないんじゃないですか?」
「それはさすがに考えがたいでありんす。この方舟は、次元を超えた移動ができるように設計したでごんすから」
平然と次元を超えてと言ったバカに、胡乱げな瞳を向けてケンサクがもっともな感想を漏らす。
「あんた、何にもんなんだよ?」
「ただのバカでありんすよ。んじゃ、ユニコーンの所に案内するでありんす」
バカは、ケンサクを手招きして後ろの方舟へと歩きだす。その時、何やら大きな話し声が聞こえてきたので、マギコはそちらへと向かうことにした。
マギコが現場に駆けつけると、先に降りて行った(落ちていった)メンバー全員が、大きなリュックサックを背負っている見たことのない男たちの集団が話している所に出くわした。
「ほー。では、このアンリミタリアでは、我々のように他世界から流れ着く者が珍しくないでござるか?」
「そうなんです。しかも、言葉も大抵の場合通じます。どういう理屈でそうなっているかはわからないですが……」
リュック隊の先頭の髭の男が、雲徳と話している。どうやら、ちゃんと人がいる世界だと安心し、マギコがそばに走り寄る。
「おや、お仲間ですか?」
「ど、どうも」
人見知りのマギコが、少し帽子で顔を隠しながら挨拶する。それに対し、隊員達も軽い会釈で返す。
「どうにかなりそうでござるぞ。ここから、暫く行った所に大きな都市があり、そこで住民登録をすれば一時的に住む場所と働き口も斡旋してくれるそうでござる」
「至れり尽くせりですね」
マギコは、嬉しい知らせに喜んだが、何故かメンバー全員が浮かない顔をしている。
そんなマギコの疑問に答えたのは、ドマンゴーだった。
「ほら、アタイらが、ぶっ壊したこの街。実は、調査を予定していた遺跡だったんだと。だから、この人達も途方に暮れているってわけよ」
ゾンビゴリラも人形たちも、主人の意見に首肯する。
得心したマギコは、ある提案を思いつく。
「それなら、私達の乗ってきた乗り物の調査に変えたらどうでしょう。あの乗り物は、次元を超えることができる乗り物です。すごく希少な調査対象だと思うんですが?」
それを聞いた、髭のリーダーらしき人物が興味を持った表情をしてマギコに話しかける。
「それは本当のことですか? 自分の意志でここへ来たと……だとすると初めての事例かもしれません」
「今まで来た人は、自分の意志で来たのではないのですか?」
「大抵が、気づいたらいた。酷いと記憶喪失で名前すら言えない人もいます。それが、世界単位の人間だとそれは大変ですよ」
世界単位という言葉に引っかかったマギコは、疑問を投げかける。
「まさか、世界ごとここへ来ることもあるんですか?」
「ええ、この世界は、無限世界アンリミタリアと呼ばれ、この世界の果てを見たものはまだいないぐらいの広さがあります。ですから国や地域単位はざらに移転してきますし、世界まるごと移転も時にはあります」
「そんなに広いのですか? それはすごい」
そんなマギコの関心をよそに、隊員たちは、マギコ達の後方に見える巨大トラックに興味津々な表情だった。
それを察したのか、ウインドタイガーを思い出したのか、ミカタンが言う。
「とにかくバカに会うっしゅよ」
その一言で、十人以上になった大所帯は、バカのいる方舟に向かった。
「おお、人がいたんでありんすか。良うござんした」
森のなかでバカが、ユニコーンにケンサクの腕を舐めさせているところだった。
隊員たちは、初めて見る生物に目を白黒させていたが、今はバカのファッションセンスに目が釘付けになっていた。
「あなたが、天才科学者のバカさんですか?」
「まあ、否定はしないでありんす。アチキの造ったマシーンにご興味が?」
見た目は奇抜だが、頭の回転はすこぶる早いバカは、彼らの意図を斟酌したようだった。
「仰有る通りです。出来れば案内とご説明を賜われればと思います」
恭しい態度に、バカは満足げに頷き了承する。しかし、それ以外のメンバーはどうするのか疑問に思い、バカがマギコに聞く。
「皆さん、これからの予定は、たったでありんすか?」
マギコは、近くの都市に住めることを説明した。すると、バカも納得した。
「ということで、今からそこへ向かおうと思います」
しかし、そのマギコのやる気に隊長が水を差す。
「いや、今からでは到着前に暗くなってしまいます。たまにですが、危険な生物や古代遺跡の兵器などが出るのでやめておいたほうが良いです」
「古代遺跡の兵器?」
気になるワードを、マギコがオウム返しに問う。
「ええ、4足歩行の機械兵器や鳥型の飛行兵器。たちの悪いものは、人間型の物で、見た目では判断できなかったりします。それに最近は魔王を名乗る死霊使いも出没していまして、何かと危ないです」
魔王という言葉にいつの間にかイタンに抱っこされていたロップが反応する。
「その自称魔王、どんな奴なんだい?」
「いや、私はさらっと話に聞いただけで具体的な容姿などはわからないんです」
急に喋った兎に隊長は驚いていたが、ロップは冷静に腕組みをして考え込んでいた。自分たちを敗北させた魔王や散り散りになった仲間のことを思い出しているのだろう。
「嫌な相手ですね……」
マギコは、深海都市で見たアンドロイドを思い出していた。
「ま、今日はここに泊まるといいでありんすよ。幸いにも発電機能は生きているので、快適に過ごせるのでありんす」
「それがいいっしゅ。マギ姉もインドと遊ぶっしゅ」
こうして一行は、方舟に泊まることになった。
以前マギコ達も囲んだ卓を大人数が囲んでいる。外は暗くなり、眠り始めた動物も多く、大分静かになっている。
テーブルには、等間隔にすき焼き鍋が並べられ、グツグツと鼻孔をくすぐる匂いを立ち上らせている。
「いただくがいいでありんす」
上座のバカが勧めると、すぐ側の雲徳が素早く器に卵を割り入れ、かき混ぜ、箸で鍋からごっそり肉を持ち上げる。
「取り過ぎっしゅ!」
イタンと雲徳に挟まれて座っていたミカタンが、雲徳が輸送途中の肉をかっさらってそのまま口へと運ぶ。
「酷いでござる」
しょぼくれる雲徳に、イタンが冷たい視線で言う。
「子供じゃないんだから、意地汚い真似はやめなさい」
テーブルの上に用意されたサラダを食べながら、ロップも続けて言う。
「ちょっと前に腐ったケーキ食べて腹壊したばかりだろう」
それを聞いて、斜向かいのドマンゴーがチクリと言う。
「責任は取ってもらうからね、あんた」
またもや、イタンとドマンゴーとの間に不穏な空気が流れ始める。
当の雲徳は、みんなにダメ出しを食らったため大きな体を小さくしながらも、再び鍋から控えめに肉を運ぶ。
ドマンゴーのゴリラや人形達は、下の森で動物たちと過ごしており、彼女を止める取り巻きはいない。
マギコはこれはまずいと思い、話の流れを変えようと試みる。
「ところで、このアンリミタリアのことをもう少し教えていただけないでしょうか」
マギコが、後ろの方の席で固まって座っている隊員たちに話を振る。
「何が聞きたいですかな?」
髭の隊長が、鍋からしらたきを掬い上げながら返す。
「どんな世界が現れたんですか?」
マギコの問に、隊長は少し上を見上げて答えた。
「大抵は極めて普通のレンガ造りの都市ですが、魔王が支配する世界や、ゾンビや死霊がたくさんいるゴーストタウンなど厄介な場所もあります。最近ではこの施設のように、見たことのない機械技術の都市が、ここから離れた地域に出来て、その技術で太陽の力で走る車がこちらにも交易に来ています」
バカが、最後の話に食いつき、髭の隊長に身を乗り出す。
「その車は、どんなやつでありんすか?」
「鉄の箱に硬いんだか柔らかいんだかわからない車輪がついているものだよ」
マギコが、それを聞いてポツリと呟く。
「ソーラーカー?」
更にそのつぶやきを聞いたバカがマギコに聞く。
「それは、遙か昔に造られた、太陽電池で動く自動車のことでありんすね?」
「えっと、うちでは現役です」
それを聞いたバカが、席について腕組をして黙考したのち自身の見解を示す。
「ひょっとしたらここは、過去と未来の世界、はたまた平行世界を繋いでいる世界なのかもしれんでごんすなぁ」
殆どの人間はキョトンとしているが、マギコだけがそれに頷き応答する。
「なるほど、その中継地点がこのアンリミタリアなんですね。そういえば言葉も通じますしね」
「ただ、普通言葉は時代とともに変わるものでありんすが、全員に通じるのもおかしな話でごんす。何かこの世界を調節する機能が働いているでごんしょうか? それに、廃墟の世界には知らない言葉の書物も見やんしたし、まだまだ秘密がありそうでごんすな」
バカが、科学者の知的好奇心をくすぐられたのか、楽しそうに笑う。そこで、会話についていけなくてムスッとしていたミカタンが自身の意見を端的に述べた。
「ちっとも何言ってるかわからんしゅね」
みんながそれに苦笑いしたとき、この大きな建物を揺らすほどの衝撃があった。
木々が揺れ、寝ていた動物たちもざわつき始める。
「何でありんすかね?」
バカが、どこからか、テレビのリモコンのような物を取り出しボタンを押す。すると、方舟の壁が透けて外が丸見えになる。
すると、外には意匠を凝らした杖を携え、黒いマントに身を包んだ顔色の悪い人物と、人骨の軍団達が方舟を取り囲んでいることが視認できた。
隊長と隊員がしきりに首を右往左往させて観察している。他のメンバーは、明らかな敵に対して戦闘態勢を取ろうとする。中でも、ロップの顔色がおかしい。
「ロップ殿、どうしたでござるか?」
「あ、あいつは、混沌の魔王エタオス……俺達が負けた相手だ。なぜここにいる?」
恐れおののくロップの意を汲み取らず、バカが手で座るようにジェスチャーする。
「大丈夫でありんす」
また再びリモコンを取りボタンを操作すると、怜悧な表情のメイド服を来た女性が空から降ってきた。
見た目より重量があるのか、かなりの地響きと音がガラスを突き抜けて伝わってきた。
「前に来た時、畑を耕しているのを見ましたけど、そういえばどなたなんですか?」
「あれは、お手伝いアンドロイド兼用心棒のロイコでありんす」
集団は、急に降りてきた女に驚いていたが、やがて敵と見るや否や襲いかかった。しかし、メイドさんは華麗に躱しながら骨を粉砕していく。そして、あっという間に粉砕するものがなくなった。
残されたエタオスは、寒いのか怒っているのかワナワナと震えていたが、やがて杖をロイコに向けて魔法を放った。
杖からは、大きな火の玉が飛び出しロイコを襲ったが、ロイコはハエでも払うかのようにそれを振り払い、エタオスの顔面に右ストレートをかます。エタオスは高速パンチに反応できず顔面を粉砕される。さらに続けて、ロイコの後ろ回し蹴りがエタオスの腹に食い込む。ロイコの蹴りは、エタオスの背骨を粉砕しそうな威力で、混沌の魔王は涙目でその場に前のめりに倒れた。
ロイコは戦闘が終わると、メイドらしく散らかっていた骨やら魔王やらをごみ袋に詰めて片付けて上にジャンプで戻っていった。
「どんな強さだよ……あれ? 俺の姿が戻っていない」
ロップが自分の体を見ながら疑問を口にする。
「そういえば、人間は殺すなとプログラミングしておいたでありんすな。魔王のことは人間と判断したようでごんす」
「ちょ、エタオスはどうなったんだよ?」
ロップが椅子から立ち上がり、机に短い手をつき、バカに身を乗り出す。
「多分、異次元ダストボックスへ捨てられ、別の世界へ去ったでありんすよ。ひょっとしたらこの世界のどこかにいるかもしれんでありんすけど確率は低いでごんすな」
「そんな……オイラずっとこのままかよ……」
ロップは、項垂れてそのまま机に突っ伏して動かなくなった。
「それにしても強いですねロイコさん。魔王が手も足も出ないなんて」
マギコが、ロップを慰めるイタンとミカタンを尻目に、バカにロイコの強さの度合いをそれとなく聞く。
「恐らく、この世界の文化レベルから考えると、ロイコ一台で世界征服できるでありんす。さっきのも、魔王と名乗っていたみたいでありんすが、腑抜けもいいところでありんすよ」
こうして、降って湧いた残酷魔王殺戮ショーはあったものの、その後もこの世界の話や、バカの世界の超科学の話で夜更けまで盛り上がった。
朝になり、透明のままの方舟全体に陽の光が差し込む。外は一面の銀世界なので寒いはずだが、方舟の中は温度調節され快適だった。
既に全員が起き、食卓についている。ミカタンは、いの一番に起き、ウインドタイガーのインドと散々遊び、早くも眠そうな表情である。
他のメンバーは、元々タフな面子が揃っているので元気そうだが、ケンサクだけは、下のユニコーンの所で引き続きペロペロ舐められているのでいない。
「さあ、みなさんの門出を祝って、ケーキでありんす」
バカは、にこやかに晴れやかに大きなケーキを食卓の真ん中に置いた。
「ヤッターケーキっしゅ!」
眠そうにしていたミカタンが一気に目を覚ましたが、他の面子は朝ケーキというトリッキーなメニューに賢者タイムに入っている。
「えっと……いただきます」
マギコが、手を合わせて皿にケーキを取る。それを見て、他のメンバーも各々の皿にケーキを盛る。
「それで、拙者達が向かう帝都アンリについてでござるが、貰った紹介状があれば問題ないのでござるな?」
雲徳が、ケーキをフォークでつついていた隊長に確認する。
「大丈夫です。それと役所に備え付けの住民登録申請書と出してもらえば受理されて、身分証明が授与されます。それをもって晴れてこの世界の住人です。ただ、昨日説明した通り、この世界は無限に続いており、それが通じるのはこの周辺の国だけです」
「わかったでござる。ところで、さっきバカ殿は、世界探索の旅に出ると聞いたでござるが」
よそったケーキを均等にフォークで斬っていたバカが鷹揚に頷く。
「そうでありんすよ。ただ、方舟を直してからでごんすがね」
「そうでござるか。マギコ殿やケンサク殿は、新世界士なる資格を取るために学校に行くとか……」
マギコが嬉しさ半分不安半分の顔で答える。
「ケンサク君は治療が済んでからですが、その学校で資格を取って、現れた新世界の探索者として働くつもりです」
そこへ、ケーキに夢中だったミカタンがマギコの方を向き真剣な眼差しを向ける。
「アタチも一緒に行くっしゅ」
隣のイタンが驚きの顔をする。
「その学校は寮なのでしょ? 折角一緒に住めると思ったのに……」
「ごめんしゅ。でも決めたっしゅ」
悲しそうなイタンに、ミカタンが頭を下げる。
「わかったわ、二人で待ってるわ」
そう言って、イタンは雲徳の表情を伺う。雲徳がそれに対して力強く頷き、娘の成長を見守ることを目で伝える。
「わかったわ、一緒に行きましょう。それで、雲徳さんは?」
「とにかくできることをやろうと思っているでござるよ」
イタンもその言葉に頷く。どうやら二人で頑張っていくようだった。すると、残される者達がいる。
「えっと、ドマンゴーさん達は?」
機嫌が悪いかと思いきや、意外にそうでもなさそうだった。
「アタイかい? アタイは、もっといい男を見つけたから着いていくよ。な? 隊長さん」
「ええ! は、はぁ」
急に自分に振られて驚いた隊長は、つい頷いてしまった。
「そ、そうですか。お幸せに」
マギコは隊長達を見て、そういえばこの人達、名前がわからないままだったなと思いつつケーキに口をつけた。
食事が終わり、思い思いの場所で一息つくと遂に旅立ちの時となった。ドマンゴーの手下も含めた全員が外へ見送りに出ている。透明な方舟越しにはウインドタイガーのインドがミカタンをつぶらな瞳で見つめている。
ミカタンが、インドと名残惜しそうにしていたが、意を決して別れを告げた。ただ、ケンサクは治療のためここに残る。また、探索隊も予定通りこの方舟の調査を暫らくするので残り、ドマンゴーも新しいダーリンが隊長なので当然残り、手下も当然残る。つまり、今日旅立つのは、マギコ、ミカタン、ロップ、雲徳、イタンだけである。
「大変お世話になったでござる」
雲徳が、深々とバカに頭を垂れる。それに合わせて他の者も礼をする。
「気にすることはないでありんす。袖振り合うも他生の縁でござんす。そうだ、旧型でありんすが、ホバークラフトを用意したでありんす。乗ってくでありんす。全自動で動き、帰ってくるので楽でありんす」
「何から何まで申し訳ないでござる」
再び雲徳が礼をする。
「お元気で、でありんす。晴天の素晴らしい門出でありんすな」
「バカ殿も息災で……」
意外に感動屋なのか、雲徳が涙をにじませて今生の別れを演出する。
「またそのうち会えるっしゅよね? インドと……」
「ウインドタイガーの寿命は五十年ぐらい、彼の年齢は十歳くらいでありんすから心配には及ばんでゴンス」
それを聞いたミカタンは安心したようで、ロップとさっさとホバーに乗り込む。
「随分割り切りいいわねあの子」
イタンが、自分の娘に関心した様子で独りごちりつつホバーへ乗り込む。
「では、行ってきます」
マギコがそう言うと、かなり回復したケンサクが言う。
「すぐに行くから待ってろよ」
「来なくていっしゅよ」
中から軽口を叩くミカタンにケンサクが詰め寄ろうとするのをマギコが制し、最後にホバーへ乗り込む。
マギコが車中からお辞儀をすると、みんなが手を振っている。そして景色が流れ始め、徐々に遠ざかってゆく。
無言の車内は、一路帝都アンリに向かった。
三つの塔を持つ大きな白城が見えてくる。真中の一番高い塔には帝都のロゴが入っている旗が風になびいており、残りの二つには近隣の同盟国の旗がなびいている。そして、その城を取り囲むように段々畑のような街が四方に広がっている。また、特筆すべきは、城前の町中に汽車が走っていることだ。蒸気機関の仕組みは、二十年ほど前に着いた異世界からの彷徨者によりもたらされたものらしい。
「でっかい門でしゅ!」
ミカタンが巨大な木の門を前方に見つけ叫ぶ。
「なかなか活気がありそうでござるな」
雲徳が感心したように頷く。
「仕事が見つかると良いけど……」
イタンが現実的な心配を一人呟いていると、ホバーが徐に門の手前で停車した。
「ここからは歩きですね」
マギコの言葉とともにホバーのドアが開き、それぞれが車外へ降りた。ホバーは、メンバーの降車を確認した後、ドアを静かに閉めて帰っていった。
「気をつけるしゅよー」
ミカタンがホバーへ別れの言葉を掛けた後、それぞれが門へ歩き出した。
門の前には、衛兵が二人立っていて、こちらを眺めている。雲徳が走り寄って交渉すると、すぐに門の下についている人が通るためのドアが開いた。流石に数人の人間が通るだけで大きな門は開けないらしい。
「ようこそアンリへ」
兵士二人が声を合わせて挨拶をしてくる。どうやら異世界人への対応は慣れているようで、ミカタンの翼にも輪っかにも平然としている。
「やっぱり栄えてるわ。何とか生活できそうね……」
現実的なイタンが、門をくぐってすぐにズラッと並んでいる店と行き交う人々を見て感想を漏らす。
「ここからまっすぐ行けばいいんですよね?」
マギコが、若干の人見知りを発動させながら雲徳に話しかけ気を紛らす。
「で、ござるな」
雲徳も少し街の規模に面食らったようで、マギコの問に上の空で答える。そんな中、全く物怖じしない者が一人。
「これうまそうっしゅ、隊長から貰った小遣いで食べるっしゅ!」
ミカタンが見ていたのは、特上メシュカルティンバー肉入り饅頭というものだった。
「お饅頭ですか……」
マギコは、ミカタンの後ろからショーケースにたくさん並んでいる色とりどりの饅頭を見つつ、ちらりと店の奥に目をやった。すると、大きなトカゲが鉄串に差されてゆっくり周っているのが見えた。
「みんなで食べるっしゅ」
「えっと、私は今度でいいわ」
マギコは少し後ずさり、後ろから来た二人と入れ替わった。
「まずは、手続きを急ぐでござるよ」
「ちぇーつまんないっしゅ」
口を尖らせながら講義するミカタンの手をイタンが引いて店から遠ざかる。イタンは、トカゲを恐れたのではなく、金額の方を恐れたようだった。
「物価が……」
イタンが頭を抱えながらズンズンミカタンを引っ張って進んでいく。ミカタンは、通り過ぎていくお土産屋や食べ物屋を名残惜しそうに見ながらもイタンの勢いに引きずられていくように役所方面へ進んでいく。
「我々も行くでござるよ」
「そうですね」
もはや本格的に引きずられ始めたミカタンを追って、二人も走り出した。
店通りを抜けると、レンガで出来た小さな駅舎が見えてきた。ホームにはまばらに人がいる程度で、メジャーな移動手段ではないようだった。その理由は、イタンが切符売り場の値段を見て卒倒していることで分かるように、金持ちしか乗れないものだからだった。
「何かでかいのが来たっしゅ!」
好奇心旺盛なミカタンが、目ざとく黒煙を上げて走ってくる汽車を発見して叫ぶ。
「立派なものでござるな。マギコ殿の世界にもあったでござるか?」
「私の世界でも一部残ってはいましたが、殆どは電気で動くものに変わってしまいました」
「電気? ああ、新しい技術でござるか」
「ええ、この世界でも一部使われていると思います。さっきのお店の明かりは恐らく電気です」
「ほーハイテクですな」
二人が話してる間に、ミカタンが倒れたままのイタンを引きずって汽車の方へ走り出していた。
「止めたほうがいいですよね?」
「で、ござるな」
立場の入れ替わった二人を追いかけ引き止めると、本命の役所へ向かって歩き出した。
役所は最近建て直されたらしく、一見して他の建物と違っていた。他の建物は駅舎と同じくレンガで出来ている、もしくは木造だが、この建物は灰色で、他世界から誰かがコンクリート建築の技術を持ち込んだらしかった。中も小奇麗で、マギコのいた世界や、ラミカルがいた滅亡世界のオフィスと近似した出来栄えであった。
「あれが移住届でござるな」
雲徳が入ってすぐの場所にあった机に移住届の紙を見つける。コピー技術もあるらしく、マギコの世界と変わらない書式の用紙が、木箱に揃えて置かれていた。
ミカタン以外の三人は、すぐに記入を終え、口の上にペンを挟んで困り顔のミカタンには、イタンが教えながら暫くかかって書き終えた。
そして、無事に移住届が受理され、職員の人が最近導入された電話でコンタクトを取ってくれ、マギコとミカタンの二人は街の端にあるという学校を見学へ、雲徳とイタンの大人組は、引き継続きここで就労支援を受ける事になった。
「気を付けてね。マギコさん、引き続きよろしくね」
イタンに、申し訳なさそうに頼まれたマギコだったが、さすがにここまで来たらもはや恨みもない。それどころか、ミカタンは妹のように感じつつあった。
「任せて下さい」
「いっちょ、行ってくるっしゅよ」
陽も高くなる中、二人は新世界士を養成する、特殊能力養成学園へと向かった。
学校は、古城をそのまんま使ったものだった。王城とは比べるべくもない大きさだが、それなりに大きい。ただ、元は白かったであろう壁面も灰色にくすんでおり、蔦が生い茂り苔まで生えている。また、城を囲むように堀があり、時折大きな魚がはねている。
「あの魚、食えるんしゅかね?」
「止めておいたほうがいいと思う。お腹壊すよ」
堀の上の橋を渡りつつ、取り留めのない会話をしていると、前からスーツに赤眼鏡の若い女性が歩いてきた。
「ど~も~二人が入学希望者マギちゃんミカちゃんね、話は聞いているわ。お姉さんは、案内役のイアンナといいます。早速行こうか!」
やたらテンションの高いイアンナに気圧されるながらも二人は門をくぐり、校舎の入り口まで来た。
「向かって右が男子寮、左が女子寮。二人は女の子ちゃんだから左の建物ね」
「城と比べてきれいっしゅね」
ミカタンの率直な意見にイアンナは頷く。
「そう、最近建て直したのよ~。でも一部屋は狭くなっちゃったの~。何故なら入学希望者が鰻登りどころか鯉の滝昇りでねずみ算式なのよ~じゃあ次」
その後もイアンナはこんな調子で、教室、保健室、実習室と案内していき外に出た。終わりかと思いきや、外では何やら屈強な男たちが重そうな鉄の玉を投げていた。
「あれはなんしゅかね? 臭そうな奴らが不毛な遊戯に興じてましゅよ?」
「えらい言われようだけど~れっきとした試験なのよ~」
イアンナが苦笑混じりにミカタンに答えた。
「あの的に当てようとしているんですか?」
マギコが、どうやっても当たらなそうな位置にある白丸に黒い渦巻きの描かれたボードを指差す。
「ええ、あの的に当てられる人は数年に一人ぐらいです~。あくまでどれだけ遠くに飛ばせるかが審査基準です」
そこでミカタンが、カラカラと笑った。
「あんなもんアタチにかかれば即粉砕っしゅよ。見てれ!」
そう言って、止める間もなく走っていき、投げようとしていた生徒から玉を奪い、ボードへ向かって投げつけた。玉はボードどころか、遙か先の学校を取り囲んでいた壁をも粉砕して所在不明となった。
呆然としている男たちとは対照的に、テンション高めにミカタンが戻ってきた。
「見たっしゅか? 見たっしゅか!」
「う、うん、すごかったけど……大丈夫ですかね?」
マギコが恐る恐るイアンナの顔を覗き込むと、彼女はマギコの目を真正面から見つめて言った。
「逃げましょう~」
こうして、短めの学校見学は終了した。
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