第6話   侍魔女、ミカタン両親に会う


 そこは、同じ形高さのビルが延々と続くオフィス街であった。空には人工的に作られた太陽が輝き、白いビル群と暗いはずの海を照らしている。

「それにしても誰も居ませんね?」

 マギコが誰にともなく呟いた。それに対し、横に歩いていたかなり回復したミカタンが答える。

「そうっしゅね。でも、それなら何のためにこの建物があるのでしゅかね?」

 同感だと、ミカタンに抱かれていたロップが頷く。

「気になるところではござるが、管理者の塔へはもう少しでござるから、頑張って歩くでござるよ」

 雲徳は、ゴールが近くなり真剣な表情で自分に言い聞かせるように言った。

 すると、後方から声と複数の足音が聞こえてきた。

「逃げるんじゃないよ! 責任取ってもらうよマイ・ダーリン!」

 ゾンビゴリラに肩車されたドマンゴーだった。その後ろを人形たちも必死の形相で飛んできている。

「ゲッ!」

 雲徳が硬直しながら一言叫んだ。

「雲徳の旦那、男なら責任取ってやんな」

 ロップが意地悪な顔つきでからかう。

 一瞬雲徳はロップを渋い顔つきで睨んだが、ドンドン近づいてくる足音に恐怖を感じたのか、急に走り出した。

「アタチたちも走りましゅ?」

 マギコは後ろを確認した後、ミカタンに大きく頷き走り出した。



「流石に撒いたんじゃないか?」

 抱っこされていたので、一人だけ息が整っているロップが三人に言う。

「だといいでござるが……」

 虚ろな目で雲徳が溜息をつく。

「それにしても、あれだけ走ったのに一向に塔に近づきませんね」

 一行は、裏路地に入りつつも塔の方向へ暫く走ってきていた。だが、塔の大きさが全く変わっていない。

「オイラも気になっていたんだ、それ。あと、気づいたか? 建物内にちらほら人影があったの」

「はい。しかも、オフィスビルに似つかわしくない、杖をついたおじいちゃんとか子供とか……変でしたよね?」

 そんなマギコの声を聞いてか聞かずか、その老人が杖をついてビルの自動ドアからヨタヨタと現れた。

「噂をすればですな。そこのご老体」

 雲徳が、手を上げながらにこやかに話しかけた。すると老人もにこやかに頷いた。

 どうやら話せばわかると思った矢先、杖を両手で持つと、それを横に引っ張る動きをした。

 最初、何をしたのかマギコ以外はわからなかった。だが、マギコはその動きに見覚えがあった。

 老人は、茶色から銀色に変わった杖を雲徳に、にこやかな笑顔とともに振り下ろしてきた。それを後ろから一瞬で距離を詰めたマギコの刀が受ける。一瞬の鍔迫り合いの後、老人の目が光り、そこから光線が放たれる。 

「うどわぁ!」

 マギコは、のけぞりながらそれをかわし、刀のみねで老人の胴を打った。だが、金属音とともに弾き返された。

「アンドロイド?」

 そうマギコが呟くと、その単語を知っていた雲徳が頷き返す。そして、何だか分からないが敵だと認識したミカタンが、後方から小走りで来てフォークを突き出した。すると老人は、出て来たビルの自動ドアのガラスを破壊しながら派手な音を立てて戻っていった。

「もう戻ってこないよな、あの硬いじーさん」

 ロップが、ビルに近づき覗き込む。そして、手をふって安全をアピールしようとしたとき、その手が止まり、マギコ達の後方を指差した。

 振り返ると、大通りからTシャツ短パンの少年の集団がこちらにズンズンと行進してきている。

「敵でござろうか?」

「だと思います」

 マギコの返答と同時に、そこまで来ていた集団の口が一斉に開き、それを見た一同は一瞬の判断で散開する。

 案の定そこから、鉄の筒のようなものが飛び出し、銃弾を乱射してきた。

「魔法使うか?」

 近くの電柱の影に隠れたミカタンに抱かれたロップが聞く。

「大丈夫でしゅ」

 そう言ってミカタンは、自身の頭上の銀色の輪っかを手に持ってにやりと笑う。

「それ、はずれんのかよ!」

「そうっしゅ。そして、ぶんなげれるっっしゅ!」

 ミカタンから投げ放たれた銀の輪は、次々と集団の首をすっ飛ばしていった。

 顔のない集団は、立ったまま動かなくなった。

「危なかったでござるな。それにしてもピンチの連続のせいか、腹が減ってきたでござる」

 ミカタンたちと同じく、電柱の影に隠れていた雲徳が、動かなくなったロボットたちを蹴倒しながら言う。

「そうも言ってられないみたいですよ」

 マギコが、げんなりしながらビルを見上げる。

 ビルの窓から、OLやら高校生やらばーちゃんやらがこちら目掛けて飛ぼうとしていた。

「逃げたほうがいいぜ」

 そのロップの声に頷いた一同は、ダッシュでその場を逃げた。



「まだ追ってきますかね?」

 帽子のつばを押さえながら走るマギコが聞くと、ミカタンに抱えられながら後ろを見ていたロップが答える。

「増えてるよ!」

 雲徳が、後ろを見て叫んだ。

「嘘でござろう!」

 後ろからは、人の形をしたアンドロイド以外にも、馬などの動物型、大きなカブトムシ型、恐竜型など統一感のない追跡者達がガチャガチャと騒音を立てながら追ってきていた。

「行き止まりでござる!」

 一番前の雲徳が、絶望的な言葉を告げる。

「風精よ、暴風を起こせ!」

 マギコが、走りながら唱えていた魔法を雑多な集団へ向けて放つ。

 強風が、ビルの狭い道へ押し寄せていた敵たちを吹き飛ばしていく。だが、恐竜やカブトムシなどの重量級は、その場に留まっていた。それを見て真っ先にミカタンが動いた。

「食らうっしゅ!」

 自身の頭上の銀輪を大カブトムシに向かって投げつける。輪は、ミカタンの膂力により凄まじい速度でカブトムシの体の中心を貫通した。すると次の瞬間、少し体を震わせたかと思うと、大爆発を起こした。

 その爆発は、隣の恐竜を半壊させ、マギコたちも袋小路の壁に叩きつけた。

「みんな、大丈夫でござるか?」

 雲徳の問に一同は頷くが、同時に前方の喧騒を見つめる。

「戻ってきましたね」

 マギコは、一度は強風で吹き飛ばした集団にうんざりとした感想をぶつける。

「どうするでござ……うん?」

 雲徳が、足元のマンホールが動いているのを発見して、それをどけてみる。すると、見知った顔があった。

「お主、こんな所で何をしているでござる?」

「お前らこそ、どうやってここまで来た?」

 ケンサクは、渋い表情で、ぶっきらぼうに答えた。



 マンホールの下には下水がある、当たり前の話だ。だが、ここはそれに加えて、ちょっとした街ができていた。

 ケンサクが言うには、管理者からの仕事を失敗した堕天使たちがここへ逃げてきて作ったとのこと。

 通路には、色々な物品を並べた堕天使達がいるが、その物品は上の世界からの盗品らしい。その盗品同士を交換して生活をしているらしい。

「それにしても、下水の割に綺麗で匂いもないですね」

 マギコが鼻をクンクンしながら、変わらずボロボロの執事服を着ているケンサクに話しかける。

「そりゃそうだ、上にはロボしかいない。奴らは、生活排水を出さない。ここの奴らも、決まった場所でしか汚い水を出さないようにしている」

 以前あったときは丁寧な言葉使いだったケンサクだが、今は普通に話している。恐らく、これが元々のケンサクで、以前のは余所行きの言葉使いだったようだ。

「あの、所で質問なんですが、何故この場所にいるんですか? この世界はそもそも何なんです?」

 マギコがこの世界の根本的存在理由と、なぜ堕天使達がここにいるのかを聞く。

「……ここは地獄にほど近い、罪を犯した天使たちの懲罰房。つまり、神に不興を買った天使たちの刑務所だ」

 ケンサクが苦々しく答える。

「ということは、管理者は牢名主みたいなもんか?」

 ロップが鼻をヒクヒクさせながら気軽な感じで聞く。

「そんなようなもんだ。一番の古株で、もはや堕天使とも呼べないような最凶の存在だ。奴だけ近隣の世界に行き放題で、暫く前には地獄から悪魔の女を連れてきやがった」

「して、管理者の塔へはどう行くのでござる?」

 雲徳はその話を聞いて、急激に話の舵を切り、確信に迫る問をケンサクにぶつける。

「行きたきゃ連れて行く。でも、僕は行かない」

 ケンサクが少し悔しさを滲ませた表情をする。

「ここで、一生を終えるのでござるか?」

 雲徳が周囲を見渡しながらケンサクに聞く。ここは、湿度が高いのを除いては、魔法の明かりもあり、上から持ってきたであろう物資も溢れている。ただ、生きる気力のない者が、そこかしこに寝ている。

「……できたら、ここから出たい。だが、今の僕達の戦力では無理だ」

「へー、まだ諦めてはいなんだな。オイラは、みんなそこらで寝っ転がっている奴らと変わらないと思っていたよ」

 ロップが、少し皮肉げにケンサクに言う。ケンサクがその皮肉を挑発と受取り怒るかと思われたが、寧ろ悲しげな表情を見せて肯定する。

「残念ながら、当たらずとも遠からずだ。反管理者組織の仲間も口は達者だが実行しようとしない連中ばかり。だから、戦力にならない。つまり、そこらで寝ている奴らと大差はないのが現状だ」

「なら、拙者たちと行くでござる」

「お前らが勝てるとは思えない。それほど奴の力は強大だ。それが分かっているからみんな不貞腐れて寝ている」

 ケンサクが、ズンズンと下水の奥へ進んでいく。すれ違う堕天使たちは、こちらへ怪訝な視線を送るが、関わりたくないのか、すぐに目を逸らす。

 やがて、暗い道に出て、人影もなくなり、流れる水の音だけがこだましている。そして、ケンサクの足が止まる。

「この上が管理者の塔だ。エレベーターですぐ最上階まで行ける。それと体力回復薬だ」

 そう言ってケンサクは、緑の液体の入った小瓶を人数分くれた。

「ありがとう」

 マギコが礼を述べるとケンサクは、素っ気なく手を上げて答えて来た道を戻って行った。

 一行は、この世界からの脱出のため、マンホールへの梯子を上がって行った。



 ずっと遠くからしか見ていなかった管理者の塔が、傲然と目の前に鎮座している。白く冷たい質感で、見上げても見切ることができない異常高さ、美麗だが闇に立つ色白美女のごとく不気味だった。

「でかいっしゅ。海突き抜けているっしゅ」

 海上に見えたので当たり前だが、塔はこの都市を覆っている皮膜を突き抜けて遙か上まで伸びている。

「オイラの気のせいか、遠くから何かとんでもないもの来ている気がする。早いところ逃げちまったほうが良さそうだぜ」

「私もそんな気がしています。急ぎましょう」

 一行は、そそくさと綺麗なオフィスビル然としている塔に入っていく。

 大きなガラスの押戸を雲徳が開いて他の者達を通す。入ってすぐの所にインフォメーションがあるが、人はいない。ただ、左右にエレベーターが備え付けられているだけのシンプルな構造をしている。

「右の方が来てるでござる」

 雲徳が駆け寄って、上へのボタンを押すと即座にドアが開く。

 初めて乗るミカタンがシゲシゲと眺めていたが、その時、辺りに女性の声が響く。

「皆さん、来ていただいてありがとうございます」

 雲徳を除いた全員が周囲を見回すが誰もいない。

「念波でござるな」

「私をこの世界に呼んだ声だと思います」

「懐かしいっしゅ」

「誰だ?」

 そんなそれぞれの意見を聞いるのかいないのか、さらに女性は続ける。

「勝手で申し訳ないですが、急いで上がってきていただけますか?」

 そこで念波は途絶えた。

「急ぐでござる」

 珍しくマイペースの雲徳がそわそわしながらエレベーターに乗り込んだ。

 扉が閉まり、かなりの速度で上へ上がっていく。エレベーターのドアには小さな窓が付いていて、下方には光り輝く都市が見える。だが、それも束の間のことで、すぐに暗い海へと変わった。

「雲徳さん、さっきの女性が私達の召喚主ですね?」

「そうでござる……元妻でござる」

「そ、そうなんですか」

 何か込み入った話しになりそうなのでマギコが言いづらくしていると、ミカタンがショックを受けた表情で口を開く。

「ちょっと待つっしゅ。あの声は、アタチの朧気な記憶が正しければママのはずっしゅ。え? え?」

 そう、つまり雲徳がミカタンの父という話になりそうだが、これまでそういった態度を雲徳が見せたことはない。

「ミカタン殿は、残念ながら拙者の子ではござらん。元妻と再婚相手との子でござる」

「良かったっしゅ」

 満面の笑みで言うミカタンに、苦笑いしながら雲徳が続ける。

「安心するのは早いでござるよ。その相手は、元妻でありミカタン殿の母であるイタンをここに監禁しているのでござる」

 ミカタンの表情が一瞬で曇る。それだけで、自分の父がまともではないと悟ったのだ。

 暗く重い空気が流れるエレベーター内とは裏腹に、外からは光が入ってきていた。地上へと出たのだ。

「かなり早いでござるな。もうすぐ着くでござる」

 そう雲徳が言ってから一分程度の後、エレベーターが静かに減速して止まった。



 扉が開くと、広く白い空間へ出た。その空間の奥には、色々な世界を映し出している姿見のようなものが沢山壁に張り付いていた。そしてその前には、薄緑の結界に閉じ込められた女性が、足を崩して座っていた。

 女性の頭には黒い矢印状の角が二本、コウモリのような翼も二対生えている。そして、黒いピッチリとしたセクシーな衣装に身を包んでいる。

「お母さん?」

 ロップを抱えたミカタンが、女性に向けて駆け出す。それを追うようにマギコと雲徳も走る。

「あ痛っしゅ」

 ミカタンが結界にぶつかると、緑色の火花が散り、その体を吹き飛ばした。

「焦らないで。マギコさん、その刀で結界を斬って」

 マギコは、やはりこの人が意図を持って自分を呼んだことを確信しながら結界を切り捨てた。

 結界は、緑色の飛沫を上げながら弾けるように消えた。

 女性は、暫くミカタンを抱きしめた後、マギコに向き直って頭を下げた。

「マギコさん、急に来てもらってすみませんでした。娘がお世話になりました」

「私は、娘さんのサポート役としてあなたに呼ばれたんですね?」

「そうです。それと、この結界を斬ってもらうためにです。条件に該当する人で呼ぶことができるのはあなただけで……すいません」

 マギコは、事情は分かったが、あまりに身勝手な理由に少し腹が立った。

「少なくとも事前に通告は欲しかったのですが……」

「ごめんなさい。本来ならうちの人……雲徳がその役割を担うはずだったのですが、場所がずれた上に結界破りの道具を忘れて来てしまって」

 そう言ってイタンと雲徳が見つめ合い苦笑いする。

「すまんでござる」

 バツが悪そうな雲徳の前にいたミカタンが疑問を口にした。

「何で今までほっておいたんでしゅか? アタチは、お母さんの声も顔も思い出せなくなってたっしゅよ!」

「ごめんね、ずっとあなたのお父さんに監視されていたの。でも、今は監視はいなくて……」

 そう言って、重要なことに気づいたように女性は驚いたような表情をした。

 それを察した雲徳が、奥歯を強く噛み締めた後言った。

「イタンよ、遅かったでござる。奴が帰ってきたでござるよ」

 振り向くと、離れた鏡の前で腕組をしている、金髪碧眼で長身、頭の上に金の輪、背中には灰色の翼を持った堕天使が立っていた。

「何しに来たんだ? 負け犬悪魔ゼブル……いや、今はうんこくーとか名乗っているんだっけ?」

「雲徳でござる。確かに拙者は、お前に妻を奪われ、一度はすべてを捨てたでござる。それでも、イタンが幸せなら良いと思うことができ始めたのに……ラミカル!」

 雲徳の背から、黒いローブを突き破って二対の黒い翼が出現する。そのコウモリのような翼を大きく羽ばたかせると、一瞬のうちにラミカルと呼ばれた天使の眼前に迫る。

 だが、ラミカルは、軽く手を払うような動作をしただけで雲徳を離れた壁まで吹き飛ばした。雲徳は、壁に弾かれて床に倒れ動かなくなった。

「角は前々回折って、魔法も前回封じてやったんだっけ? んじゃ今度は翼をもいでやろう」

 そう嗜虐的な笑みを浮かべたラミカルは、ゆっくり雲徳の方に歩きだす。

「待つっしゅ!」

 ミカタンが、憤怒の表情でラミカルの行く手を遮った。それに着いて行くようにマギコと床に降ろされたロップもラミカルの前に立ちふさがる。

「何だ、気持ち悪いから記憶を消して捨てたガキじゃないか。パパ様に逆らうつもりか? あ?」

 ラミカルは、酷い事実を告げながら、まるで不良のような抑揚と態度で凄んできた。

「ぶっ殺しゅ!」

 ミカタンは怒りに打ち震えながらフォークで突き刺しにいったが、うまくいなされ、腹部に左ボディフックをもらい、雲徳の場所まで吹き飛ばされていった。

 続いてマギコが、素早く神速の居合を放つが、それも素手で掴まれてしまう。

「なかなか速いな。愛人にしてやっても良いぞ」 

「刀身よ!」

 ラミカルが掴んでいた刀身が消え、ラミカルから笑みも消えた。

 刀身は、ラミカルの股間の下から突如として筍が床を突き破るように生えた。

「どうわぁ」

 さすがのラミカルも飛び退きそれを躱す。そして、自分を狼狽させた女を睨みつける。

「使えなくなったらどうするんだ!」

「天使は、中性と聞いたことがあるけど違うんですか?」

「聖書を読んだことはないのか? 天使が地上へ来て人間の女と子をなしたと書いてあるだろう」

「すいません。その本、うちの世界にないです」

 マギコは、微笑みながら横に飛んだ。後ろから、魔法を用意していたロップが飛びながら叫んだ。

「喰らえ! ギガデンライ!」

 ロップの小さな手から激しい電撃が放たれ、ラミカルを貫いた。最初、何が起きたかわからなかったラミカルは呆然としていたが、膝を着きその場に倒れた。

「やった!」 

 ロップとマギコが同時に歓喜の声を上げた。だが、復帰した雲徳が、ミカタンを抱えて走りながら叫んだ。

「まだでござるぞ!」

 気づけば、ラミカルが膝をつきながらも、ロップに向かって手の平を向けていた。

「返すぞ、うさ公! 邪神よ黒き稲妻を降らせ給え、サンダーレイン!」

 電気を帯びた黒雲がロップの頭上に出現し、黒い雷を降らせる。ロップは、不意を打たれて逃げるタイミングを失って、ミーアキャットの日光浴のように棒立ちになっている。

 もう駄目だと思ったとき、エレベータから颯爽と降り、ロップへ魔法を放った者がいた。

「神よ彼の者を守り給え、マジックベール!」

 ロップを優しくオレンジの光が包む。それに阻まれ、ラミカルの魔法はその場で散って消えた。

「俺も、この世界から出る」

 そこには、もう一人の堕天使がいた。その堕天使は、長剣を構えて交戦の意思を示した。

「お前は、確かケンサクとかいう無能だったな。クビにしたはずだが?」

 ギロリと睨んだラミカルに一瞬たじろいだケンサクだったが、睨み返しながら言った。

「しゃべるなクズが、口が臭え!」

 ラミカルの額に怒りマークが浮かび、血走った目でケンサクを睨む。そして、ラミカルの体がボディビルダーのように膨れ上がり、白かった肌と翼が赤黒く変色する。更に、額から円錐状の黒い角が生えてくる。

 それは、もはや堕天使ともよべる代物ではなかった。さしずめ翼の生えた牛鬼といった風体だった。

「皆殺しだ。全員の内蔵をぶち撒けてやる」

 そう言った次の瞬間には、ケンサクの目の前にラミカルが立っていた。

 ケンサクは、全力で持っていた長剣を横薙ぎに振るったが、素手で簡単に掴まれてしまった。

 距離を取るため、剣を離しバックステップするが、間に合わずにラミカルの右拳が防御のためにクロスした腕に叩き込まれる。

 ケンサクの腕は、鈍い音を立ててひしゃげ、エレベーターの中に突っ込むように飛ばされた。

 ただその間、他のメンバーも指を咥えて見ていたというわけではなかった。

「タマ、とったるっしゅ!」

 ミカタンが、銀の輪を高速で投げつける。それに対しラミカルは、自身の輪を手にとって弾き返した。

「こっちが本命だ、ギガデンライ!」

 ロップが、二度目の最強魔法を解き放つ。

「邪神よ我を守り給え、カウンターマジック」

 今度は、簡単に魔法の盾に弾き返される。だが、その返された魔法に走り込んできた者がいた。

「終わりだ、ラミカル!」

 雲徳は、弾かれた魔法を体に受けて増幅しながらラミカルに突っ込む。しかし、ラミカルは華麗なサイドステップで避けた……かに思えたが、そのタイミングでマギコの刀身が横から突如現れ突きを見舞う。

「な、に……ぐぁぁぁっぁ!」

 ラミカルは、脇腹を刺されながら増幅された電撃に身を晒し、苦悶の声を上げた。

「食らうでござる!」

 追撃の右ストレートがラミカルの鼻っ柱に叩き込まれる。電撃魔法の力が乗ったパンチは、光の筋を見せながら敵の体を吹き飛ばした。

 そこへミカタンが走り込み、フォークを野球のバットの如く振るいクリーンヒット。

 ラミカルは、異世界の鏡の一つに吸い込まれるように消えていった。

「ざまーみろっしゅ!」

 ミカタンが、フォークを床につきたて胸を張ってドヤ顔をしている。

「正義の勝利だ。な? 雲徳さん」

 ロップが、短い腕を組みながら雲徳に同意を求める。

「で、ござるな」

 雲徳も腕を組みうんうんと頷く。

「あの、浸っている所悪いんですけど、帰ってくる前に急いでここから逃げましょう」

 マギコは、いつの間にかエレベータから戻ってきていた、両腕のひしゃげたケンサクに肩をかしながら勝利の余韻から現実に引き戻す。

「そうでござったな」

 そう言って雲徳の見た方向には、手招きするイタンがいた。

 全員が、鬼のいぬ間にといった感じで早足にイタンが招く鏡の前まで小走りをした。

「みなさん、私の見ていた限り、この鏡の世界が一番まともだと思います」

「まとも?」

 ロップの疑問に、イタンが首肯する。

「ええ電撃ウサちゃん。他の鏡にはまともな生物はいないわ」

「そうなんだ。えっとオイラはロップていうんだ」

「そうなんですよロップちゃん」

 イタンはロップを気に入ったらしく、手で激しくモフりながら言う。

「う、うんまあいいけど。とにかく急ごうぜ」

 こうして、ずっとここで鏡を見ていたイタンの意見を尊重し、一行は唯一の活路に飛び込んだ。



 森で小動物や鳥たちが、朱に染まった世界で盛んに騒いでいる。蔦に覆われた建物群に人影はなく、廃墟の様相を呈している。

「あれは、なんでしゅ?」

 ミカタンが、空で燃え盛りながら地上に向かってきている物体を指差す。

「多分、巨大な隕石かな……」 

 マギコが、絶望の確認の視線を雲徳に送る。すると、雲徳も力なく項垂れる形で答える。

「別の世界に行ったほうがいいんじゃないか?」

 マギコに支えられながらも、痛みをこらえた声でケンサクがイタンに聞く。

「それが……戻れないようです」

 イタンは、そう言って膝からくずおれた。

「は? なんで? なんでだよ! ふざけんなよ!」

 ケンサクが怒号をイタンに浴びせる。

「ラミカルが、自分以外の者が通ったら鏡を閉じる設計にしていたようです」

 力なくイタンが答える。そのまま、一行は何も言わず地上に近づく隕石を眺めた。だが、誰も思いもしなかったことをミカタンが口にする。

「マギ姉。あの、珍奇な人から貰った鳥は使えないんでしゅか?」

 それは、途中立ち寄った、自称超天才科学者のベリーバカから受け取ったスマートホトトギスなる通信手段だった。

「ここは、あの世界ではないから、難しい……でも、使ってみますか?」

 スマホを知っている面子は期待しない面持ちで頷き、イタンとケンサクは訝しげな表情でスマホを見ている。

「確か、ここをこうやって。バカさん聞こえますか? できたら助けに来て下さい」

 マギコは腰ポケットからスマホを取り出し、スマホの尻尾を引っ張って録音すると、空に向かって放り投げた。するとスマホは、空中で翼を広げて、凄まじい速さで空を引き裂くように飛び、白い線をたなびかせて忽然と消えた。

「どこ行ったしゅか?」

 マギコに不思議そうに聞くミカタンに、

「さ、さあ?」

 空中を見ながら曖昧な答えを返すマギコ。

 その場の全員が、失敗に終わったと絶望したとき、さらなる絶望が一行の背後に現れた。

「探したよー」

 姿は牛鬼の姿から戻っていたが、ラミカルだった。空中で人を喰ったような笑みを浮かべている。

「どうなっているのこの世界は?」

 イタンが立ち上がりながら、力なくラミカルに聞く。

「バカだな君は。僕が集めていたのは滅びた世界の一部だよ。滅びた世界、あるいは滅びゆく世界に決っているでしょ?」

 絶望する一同に、さらに追い打ちをかけるようにラミカルが言う。

「既に知っていると思うけど、君らはここから出られない。隕石の業火を存分に楽しんでくれたまえ。ただ、イタン。君は連れて帰るよ」

 もはや、誰も抵抗する素振りも見せない。なぜなら、ラミカルを倒しても倒さなくてもここから出ることができないと理解しているからだ。

 上空をゆっくりと、死にゆく者達の表情を楽しむようにラミカルがイタンに近づく。しかし、そこへ突如空中に現れた山のように大きな物体が突っ込んできて、ラミカルを横から弾き飛ばした。

 ラミカルは一瞬で、ライナー性場外ホームランのボールのように緋色の空に消えていった。そして、窮地を救った物体は、轟音を立てつつ地面に大きな溝を作りながら止まった。

「見たことあるっしゅね?」

 ミカタンは、笑顔が溢れ出さんかの表情で、マギコの袖を引っ張る。

「うん、あれはベリーバカさんの方舟だよ」

 マギコの顔も自然と綻ぶ。

「まさか、ここまで来れるとは……」

 雲徳が、目を丸くしながら希望に目を輝かせている。

「何だ、あのでかいのは?」

 ケンサクが、呆然と感想を呟く。

「あれは、天才発明家が造った方舟です。私達、助かります!」

 マギコが満面の笑みで答えた。

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