第5話   侍魔女、ネクロマンサーに出会う

 行けども行けども、砂漠、荒野、廃墟の風景ばかりが続く。下方には、例のサンドウォームやら恐竜やら、心底徒歩でなくて良かった感じさせる怪物たちが吠え狂っていた。しかし、そんな異常な光景にも慣れてしまい退屈し始めたとき、先頭を飛ぶ雲徳が声を上げた。

「海の上に塔が見えるでござるよ!」

「ホントでしゅ! やっとでっしゅ!」

 快哉を上げる二人とは裏腹に、マギコは目を凝らしてもさっぱり見えないでいた。マギコがそんなに目が良くないのもあるが、二人が良すぎるといった方が道理だろう。

「すいません、私には見えないんですけど……」

 雲徳が、マギコの横につけてきて小さな望遠鏡を渡してくる。何故そんなものを携帯しているのか気になったが、黙ってマギコはそれを受取り覗いて見た。

「あ、見えました。かなり遠いですね」

「こいつらに頑張ってもらうしかないでしゅ」

 ミカタンは、動物たちの顔を見回して言ったが、動物たちは滅相もないと首を横に振った。

「行きたくないみたいですね。というか、言葉わかるんですね」

「ここまでも長かったでござるし、帰りも休まず飛んで帰らないと化け物どもに喰われかねないでござる。渡る手段を見つけたら帰ってもらうでござるよ」

「確かにそうですね。しかし、船なんてありますかね?」

 マギコが上から見た限り、それらしきものは見当たらない。だが、ミカタンが何かを発見し声を上げる。

「あれは、何かの乗り物でしゅかね?」

 海もだいぶ近づき、磯の匂いが鼻孔をくすぐる様になってきた頃、マギコにも巨大で黒いエクレア状の物体が、寂れた感のある港に停泊しているのが見えた。

「うん、潜水艦かな。海に潜る船」

 マギコの説明にミカタンが目を輝かせる。どうやら、天界にも地獄にもそういった乗り物はないようだ。

「それでは、あれに乗せてもらうということでよろしいでござるか?」

 雲徳が、少し戸惑いつつマギコに聞く。マギコも、正直こんな世界で逃げ場のないような乗り物に乗りたくはなかったが、周りを見回しても選択肢はなさそうだった。

「他に船もないみたいですし、それしかないですね。怪しいですけど……」

 率直な感想のマギコに、苦笑いで答える雲徳。やはり、別の選択肢を見つけたほうがいいのではないかといった空気になった時、ミカタンが潜水艦に異変を発見した。

「なんか、手を振っている樽みたいな奴がいるっしゅ」

 更に近づくと、マギコでも艦の真ん中上部の出っ張りから、人が手を振っている姿が見て取れた。

 一行は、顔を見合わせ胡乱げな顔をしていたが、仕方なく潜水艦の入り口へ下降した。しかし、最接近した時には人影はなくなり、入り口は開け放たれたままだった。

「入れってことですよね?」

 入り口の上でホバリングしながらマギコが雲徳に聞く。

「で、ござろうな」

 元気なく返す雲徳の横で、ミカタンが未知の物への好奇心満載といった表情で言う。

「行くしかないっしゅ。インド……また、会うっしゅ」

 ミカタンは決心し、ウインドタイガーのインドから入り口に降り立ち手を振ると、迷いなく梯子を下って中に入っていった。

「拙者たちも行くでござるか……」

「……はい」

 こうして、二人も怪しさ満載の潜水艦に入った。



「案の定でしたね」

 マギコは、入った途端に閉まって開かなくなった入り口を恨めしげに見つめた。

「魔法でも開かないんでしゅか?」

 マギコは、解錠の神術をかけるが開かない。

「術の効かない材料で作られているみたいです」

「先に進むしかないでござるな」

 雲徳はそう言って、壁にある簡易的な電灯に弱く照らされている薄暗い通路を見つめる。

「ちょっと、不気味ですね。明かりの術を使いますか?」

「いや、目立つようなことは極力避けたほうが無難かと思うでござる」

 確かに、相手の意図がわからないうちはその方が良いと納得した三人は、静かに歩きだした。

 


「ここも、開かないでござる」

 艦内は、三層に分かれており、色々な用途に使われているであろう部屋が沢山あったが、その尽くに入ることができなかった。また、前方にあるであろう艦長室は対魔法防火シャッターが下りていて行く手を阻んだ。マギコの刀で斬る案も出されたが、当人が刃こぼれが嫌なので、打つ手がなくなったら使うという結論に達した。

 マギコと雲徳が溜息をついていると、ミカタンの嬉々とした声がした。

「空いてるっしゅよ!」

 一層目から何部屋めか忘れるぐらい部屋を訪ねたが、やっと最下層である三層目の端っこの部屋が開いているのが確認できた。

「良かった。廊下で寝ることになるかと思っちゃいましたよ」

 マギコが帽子を取り、髪を手ぐしで梳かしながら安堵する。

「いや、一部屋しか開いていないというのも妙でござるぞ。油断なされぬよう」

 雲徳が辺りを見回しながら二人に注意を促す。

「なるほど、そうですね。ミカタン、気を付けてください」

 マギコの声にミカタンは頷きながら、そっと木製の扉を開いた。

「あ!」

 ミカタンが、何かを見つけたらしく部屋に急いで入っていった。

 残された二人は、一瞬顔を見合わせたが、すぐにミカタンの後を追って部屋に入った。

 部屋は艦内同様に薄暗く、左右の壁に二つずつ簡易ベッドが置かれているだけのシンプルな作りだった。その部屋の真ん中で毛足の長い耳の垂れたうさぎを抱きかかえているミカタンがいた。

「モフモフっしゅ」

 気持ちよさそうに兎にモフつくミカタン。だが、マギコが疑いの眼差しを向ける。

「何で兎?」

 雲徳も、場違いな兎に懐疑的な目を向ける。

「どういうことでござるか?」

 疑いの眼差しを向けてくる二人の目を知ってか知らずか、高い声で当の兎が言った。

「おい、この子をどうにかしてくれい!」

 間違いなくうさぎが発した声だった。その声に、ミカタンも驚きうさぎを放してしまった。

 兎は警戒するように壁際に逃げる。それを追うように三人も壁際に集まる。

「お前、しゃべれるんっしゅか?」

 ミカタンは、ロップの背丈に合わせるようにしゃがみながら質問をする。兎は乱れた毛を繕いながら答える。

「オイラはロップ。元々は人間だったんだよ」

 納得し難い状況だったが、オウムの声真似などではなく、意思を持って話していることが三人にはわかったので、そのまま壁際のうさぎを囲むように会話が始まった。

「まず、自己紹介から始めるでござるか」

 雲徳の言により、三人が順番に自己紹介をしていった。その中で、ざっくりとした三人の置かれている状況を聞き、ロップは落ち込み始めた。

「やっぱり、ここは異世界だったのかい。オイラもおかしいとは思っていたんだ」

 項垂れるロップに、当然の疑問を雲徳がぶつける。

「なぜ兎になったんでござるか?」

 ロップは短い腕を組み、空中を見つめて記憶を手繰る。

「そ、そうだった。オイラは魔王を倒すはずの勇者だったんだ」

「はずの?」

 マギコの疑問に、ロップは恥ずかしそうに顔を両前足で覆うようにして答えた。

「負けて兎にされて、ここに飛ばされちまったみたいなんだ……」

 落ち込むロップをミカタンが抱え上げ、

「かわいしょーに、アタチが立派な兎として育ててあげるっしゅ」

「あ、いや、元の世界に帰りたいんだ、オイラ」

 ミカタンにモフられているロップに、マギコが更に質問をする。

「なぜ、この場所に?」

「うん、それが、樽のような女に元の世界に返してやると言われて来たんだけど、ここにいろと言われたまま帰ってこないんだよ」

「アタチ達が見たのもその樽っぽいやつだったでしゅね?」

 同意を求めるミカタンに二人は首肯する。

「あの御仁は、何者なんでござろうか?」

 雲徳は、言いながら部屋の隅にあった小さな冷蔵庫を開けた。

「なんか食べ物あるっしゅか?」

「ケーキがあったでござる」

 そう言って雲徳が取り出した物は、ショッキングピンクをベースとした毒々しいホールのケーキだった。

「アタチ、バカに貰った弁当をたべるっしゅ」

「私もそうします」

 二人は、ケーキは見なかったことにして、それぞれベッドに腰掛けて弁当を開けだした。

「あの、オイラは?」

 ロップが、二人を見ながらおこぼれを貰おうと懇願する。

「はい、謎の葉っぱを進呈っしゅ」

 ミカタンが、ハンバーグの下に引いてあった緑の葉物を箸で取り上げてロップに渡す。

「あの、米や肉なんかは……」

 不満そうに言うロップに、

「兎は草食動物です」

 と、誰もが知る常識を告げつつマギコも葉っぱをロップにつまみ渡した。

「オイラの飯これだけか……」

 そんな文句を垂れつつ葉っぱをハミハミしだしたロップの側のベッドでは、雲徳が毒ケーキをうまそうに半分以上平らげていた。

「この状況で、その色のケーキをよく食べますね?」

 マギコの呆れ声に、雲徳は人差し指を左右に振りながら答える。

「甘いものは別腹でござるよ」

 どうやら、雲徳はかなりの甘党らしかった。

「女子か!」

 ミカタンが、モグモグしながら普通に突っ込んだ。すると、丁度そのタイミングで、潜水艦が動き始めた。

「動き出しましたね」

「どこに行くのかね?」

 だが、ロップの問に答えられものは当然なく、そのまま体力温存のため、一行は眠ることになった。



 寝始めて暫く立った頃、異変を感じた一行は起き出した。

「臭うでござるな」

 雲徳が、鼻をヒクヒクと動かして部屋を見回す。

「オイラ、鼻曲がりそうだ」

 ロップは、短い手で鼻を必死に押さえている。

「毒ガスとかじゃないですよね?」

 マギコが眉をしかめながら帽子をかぶり、刀に手を掛けて臨戦態勢に入る。

「zzzzzっしゅ」

 ロップを抱いたまま半眠りのミカタンを除き、一行は警戒モードとなっていた。

 マギコと雲徳は、ベッドに立てかけてあった、謎の素材でできている重いミカタンのフォークを、立ったまま器用に寝ている持ち主に背をわせると、扉の前で身構えた。

「開けますぞ」

 雲徳の声にマギコは頷き、刀を抜き放ち身構える。そして雲徳は、力いっぱい扉を開け放つ。すると、さらなる悪臭が鼻を突く。

「何か腐ってるっしゅ」

 この臭さにさすがのミカタンも覚醒したらしく、フォークを構える。

 マギコは、注意しながら外に出て目を凝らすと、薄明かりの元に人影らしき集団を見つける。

 他にも人がいて、この臭さに出てきたのかと思ったマギコは話しかけようとするが、雲徳に肩を掴まれる。

「様子がおかしいでござる」

 確かに、集団はゆらゆらと不規則な動きを繰り返しているうえ、臭いはその集団からしてくる。

「弱き光精よ、闇を照らせ」

 マギコが、丸くて弱い光を放つ光の精をその方角に投げると、その集団の正体が判明する。何があったのかボロボロの服を着ている男、あるいは綺麗な着物を着ている女性など、年格好や服装などに素性の共通点は見いだせないが、一つだけ共通点があった。それは生者ではない、いわゆるゾンビであるということだ。全員目が落ち窪み、腐った肉がポロポロと落ち剥がれていた。

「う、きゃ……」

 叫びそうになったマギコの口を雲徳が塞ぐ。

「まだ、気づかれてござらん。このまま、逃げるでござる」

 マギコはそのまま頷き、ミカタンも抱っこされているロップも意図を理解した。

 一行は、抜き足差し足で暗い廊下を泥棒よろしく移動し、そのまま二階へ上がった。



「どっから出てきたんですかね?」

 相変わらず暗い廊下で、涙目のマギコにロップが答える。

「オイラ達みたいに、船室にいたんじゃないか? 最初からちょっと臭かったし」 

「だとすると、やはり悪意を持って樽女が扉を開けたってことでござろうか?」

 雲徳の考察に、マギコが青い顔で答える。

「その可能性が高そうです。だとすると、相手は死体使い……ネクロマンサーですね。やだな……」

 ため息を漏らすマギコに、ロップが発破をかける。

「大丈夫、オイラはターンアンデッドも使えるぞ」

 ミカタンに抱かれたまま、自信有りげに胸を叩くロップ。

「なら、さっき使ってくださいよ」

 マギコの当然の問に、ロップが短い人差し指を振ってその問を否定する。

「現状魔法は、一日二回しか使えないみたいだ。大ピンチになったら使うよ」

 ロップは、若干まだ眠そうなミカタンにモフられまくりながら答える。なら自信満々に言うなよと言った視線がロップに集まった所で、全員の表情が引き締まった。闇の中に気配がするのだ。

「ピエロっしゅか?」

 ミカタンが言った通り、暗い一本道の通路にピエロが大きな鎌を持って立っていた。

「どうもみなさん、さようなら」

 かなり離れた間合いから、急な一撃がマギコに襲いかかる。だがマギコは、狭い通路で器用に刀を抜き放ち弾き返す。

「よくぞ我が死神の鎌を見抜い……だっぁ!」

 急に虚空に現れた刀身がピエロの右肩に突き刺さり、そのまま壁に縫い付けた。

「マギ姉さん、刀の刃のところがねーっしゅ」

 ミカタンの指摘通り、マギコの刀の刀身部分が消失していた。

「この刀は越空結界斬といって、刃を瞬間移動させることができるの」

 マギコは手短に説明を済ますと、ピエロの元へ向かおうと歩き出した。だがその時、黒く輝く刃が下から腹部目掛けて襲ってきた。

 さすがのマギコも避けられるタイミングではなかったが、その凶刃がマギコに襲いかかることはなかった。

「ぐ、痛いっしゅ」

 ミカタンが顔をしかめてうずくまる。ミカタンがマギコを咄嗟に庇ったのだった。

「ちっ、はずれかよ」

 そう言って小さな影は、マギコたちと距離を取った。

「なんと気味の悪い人形でござろうか」

 雲徳が言った通り、それは口が大きく裂け、乱ぐい歯で顔面傷だらけの不気味な人形だった。

「大丈夫?」

 マギコがミカタンの刺された部分を見ると、そこまで出血は見られなかった。

「大丈夫っしゅ。早く奴を倒すっしゅ」

 マギコはミカタンの声に答え、人形に憤怒の目を向ける。だが、気づかぬ間に後ろからゾンビたちが迫りつつあった。

「ターンアンデッドの出番か?」

 ロップの声に、マギコは一瞬の逡巡の後首肯する。

「よそ見はよくねーぞ!」

 人形はマギコの隙きを突き、再度襲い掛かってきた。だが、マギコの準備は既に終わっていた。

「神の光よ刃となれ、光斬刃!」

 マギコの手から光の刃が生まれ、人形をみじん切りにし、光の刃は消えた。

 その後ろでは、ロップがゾンビに仁王立ちで向かい合っていた。そして、その小さな手から光が生まれる。

「あるべき所に魂よ帰れ、ダ・ブーツォ!」

 ゾンビたちが淡い光に包まれ消えていく。だが、まだ半分以上が残っている。

「もう一回使うか?」

 ロップが、後ろのマギコに視線を向ける。しかし、マギコからではなく、横にいた雲徳から返事が来る。

「ロップ殿、拙者にその魔法を撃ってくだされ」

 ロップが胡乱げな視線を雲徳に向ける。

「何言ってるんだ?」

「拙者は、魔法の力を増幅して体に纏うことができる、いわゆる“魔法使われ”でござる」

「オイラ、それ初めて聞くけど、とにかくアンタに撃てばいいんだな?」

「そうでござる」

 ロップは、少し訝しげな表情ながらも、術を詠唱する。

「あるべき所に魂よ帰れ、ダ・ブーツォ!」

 ロップから放たれた光が雲徳を包み、その光が膨れ上がる。

「天に召されよ!」

 雲徳はそう叫ぶと、ゾンビの群れに突っ込んだ。雲徳に当たったゾンビたちはその瞬間に服だけ残し消えた。そして、物の数分でゾンビたちは居なくなった。

「すげーなアンタ」

 ロップが、関心した声で雲徳を出迎える。

 雲徳はそれに小さく頷くと、すぐにうずくまっているミカタンと、心配そうにしているしているマギコに駆け寄った。

「どうしましょう?」

 うろたえているマギコに、雲徳は串刺しのままのピエロに視線を向ける。

「あやつの人形のことは、あやつが知っているでござろう」

 そう言って、雲徳はミカタンを抱えてピエロのもとに向かう。マギコは、ミカタンの代わりにロップを抱えて後に続く。

「おい、この毒の解毒剤はどこでござるか?」

 雲徳が厳しい表情でピエロを睨む。

「知らん。そもそもあれは、俺の人形ではない」

 ピエロは、不貞腐れたように雲徳から視線を外して答える。

「では、誰の人形でござるか?」

 ピエロは、少し怯えるような目をしていたが、観念して投げやりに呟いた。

「艦長だ。艦長が趣味で集めた人形の中に死霊を取り憑かせている。毒も艦長が作ったものだ」

「なるほど。艦長に聞けばわかると……では、ゆっくり眠るがよいでござる」

 雲徳は、そう言ってピエロを抱きしめた。

「ちょ、俺は、おっさんに抱きしめられて昇天すんのかーー!」

 それがピエロの最後の言葉となった。

「急ぎましょう、艦長室へ」

 マギコの言葉に一同が頷いた。



 暫く薄暗い艦内を歩くと、重厚な扉に突き当たった。ご丁寧に、扉の上の表札に艦長室と書いてある。

 マギコは、準備はいいかと一同を振り向くと、雲徳が顔色を真っ青にしながら腹を抑えている。

「どうしたんですか?」

「あのケーキ、まさか毒が入っていたとは……」

「いや、予想通りだろ」

 ロップが冷ややかな目で突っ込む。

 こうなると、戦力は実質マギコしかいない。ミカタンと雲徳が毒で動けず、ロップも魔法の使用回数の上限に達している。これから、ボスが待ち構えているのにどうしたことか、立て直すために一回戻ろうかとマギコが思案している間に、艦長室の扉が機械音を上げ開いた。

「何をチンタラやっているんだい。早く入っておいで」

 艦長室の中も薄暗く、何故か墓石が並んでいる。それ以外は計器類が並んで艦長室っぽい感じだが、どうにもアンバランスなコントラストだ。

 一同はしょうがなく前に進む。すると、樽のような体型でボサボサの金髪中年女がいて、先程見た気味の悪い人形の色違い五体がその頭上に浮いている。さらに、ゾンビと思しきでかい半腐れゴリラが女の横に座っていた。

「ようこそ、ゾンビ候補のみなさん。アタイは、艦長でネクロマンサーのドマンゴー様だ」

 広い室内にも響き渡る大きな声を女が上げる。

「なんという名前でござろうか」

 雲徳が苦しそうな顔で、みんなが思った感想を代表して言う。

「うん? 毒かい? そこの二人は」

 ドマンゴーは、ミカタンと雲徳の顔色を見てせせら笑った。

「貴様、ケーキに毒を盛るとは卑怯でござるぞ」

 雲徳が、恨みがましくドマンゴーに吐き捨てる。しかし、ドマンゴーは困惑気味に首を傾げつつ答えた。

「そういえば、二週間くらい前にウエルカムケーキを作っておいたけど、まさかあれを食べたのかい? そりゃー毒じゃなくて食あたりさね。顔はアタイの好みだけど、マヌケな男もいたもんだ」

 雲徳は、自分の間抜けぶりに少ししょげていたが、気を取り直して本当の毒について聞く。

「本当に毒じゃないのか? なんか痺れてきたでござるが。それはそれとして、人形の毒の解毒剤はお主が持っているのでござるか?」

「ああ、そっちは持っているよ。下痢止めは持っていないがね、あっはっは」

 ギュルギュルと腹を鳴らしながらその場に座り込んだ雲徳を笑いながら、ポケットから赤色の液体の入った小瓶を取り出してみせる。

「渡して下さいと言っても渡してもらえないですよね?」

 マギコが、刀の柄に手をかける。

「分かっている態度じゃないか。では、そろそろおたくらにもゾンビになって貰おうかね」

 そういった瞬間マギコが素早くかつ力強く、まるで野球のバッターのごとく刀をフルスイングした。

 刀身から解き放たれた鞘は、狙い違わずドマンゴーの額ど真ん中に命中。そのまま樽が横倒しになったような音を立ててその場に倒れた。

「駄目か……」

 マギコの狙いは、ネクロマンサーを倒せば、部下たちも倒れるはずというものだった。だがそうはならず、それ以前の指令を遂行すべく部下達がマギコたちに迫ってきていた。

 まずその中で最初に動いたのは、マギコの身長の倍はあろうゴリラゾンビだった。

 ゴリラは、巨体に似つかわしくないスピードで、墓を蹴散らしながらマギコにショルダータックルを仕掛けてきた。

 マギコは、サイドステップでかわし、横からゴリラの左目を狙って突きを繰り出す。しかし、ゴリラは予測していたような動きで刀を素手で掴み、太い右腕でマギコに拳を放とうとする。だが、マギコは刃を空間移動させ逆の目を突くことに成功する。ゴリラはたまらずマギコと距離を取るが、刃を右目から抜き取りしっかりと握る。つまり、マギコの手元には柄しかない状態になった。

 マギコは、とっさに魔法を唱えるべく詠唱を始めるが、その隙きを逃すゴリラではなかった。チャンスと見たゴリラは、再びマギコに突っ込んでくる。

 間に合わない、他に戦えるものはいない、とっさにその場にマギコは伏せた。すると、小さな影がその上を飛び越えていった。

「うさ勇者キック!」

 その影はロップだった。ロップは、カンフーよろしくきれいなフォームで短い足を精一杯伸ばして飛び蹴りをかましていた。

 体の大きさからしても、あまりに無謀に思えた。だが、吹っ飛んだのはゴリラの方であった。

 ゴリラは、人形たちを巻き込みながら壁にぶつかりそのまま舌をだらりと出したまま動かなくなった。

 巻き添えを食った人形たちも短い出番を終えた。

「見たか、これがオイラの力だ!」

 マギコに向かって短い指でピースサインを作るロップに、マギコは立ち上がりながら感謝をして刀身を呼び戻した。

 しかし、喜んだのも束の間。いつの間にか復活したドマンゴーがミカタンを人質にとり脅し文句を叫ぶ。

「大人しくゾンビになれば、この子は助けてやるよ!」

「無茶苦茶な事言いますね」

 マギコは呆れたが、どうすればよいか思いつかず棒立ちしていると、雲徳が弱々しく立ち上がり前に出た。

「男、劉飛雲徳。こんな技は使いたくなかったんでござるが……」」

「下らない脅しは効かないよ」

 だが、雲徳の不穏な空気を感じ、ドマンゴーは後ずさる。

「すまんが、使わせもらうでござる。秘技うん交換!」

 何も起こらず、雲徳以外の者はポカンとしている。だが、すぐにドマンゴーに異変が起きた、その腹に。

「な、なんだ、アタイの腹はどうしちまったんだ?」

 雲徳が、先ほどとは打って変わってスッキリした顔でドマンゴーの顔を見据えて言い放つ。

「これぞ、大腸の中身を交換する秘技。名付けて“うん交換”!」

「最悪だなおい」

 すかさずロップが、みんなの声を代表した突っ込みを決める。それに呼応した声が、被害者から上がる。

「そのうさぎ言った通りさ、レディーになんて技……うっ」

 雲徳が追い打ちをかけるように挑発する。

「その年で、万座で糞漏らし。黒歴史……いや、茶歴史になるでござる。いや待てよ、イカ墨を食べていたらやはり黒歴史でござるな」

 ドマンゴーは、怒りと便意で震えながら顔を紅潮させて叫んだ。

「もう許さん、餓死するまで海底から出さないからね!」

 そう言って何かボタンを操作して、尻を後ろ手に押さえながらマギコ達の横を走って扉から出て行こうとした。だが、その腕を掴んで雲徳は言った。

「解毒薬を出さねば行かさんでござる」

 ドマンゴーは、真っ青だった顔を真赤に変えたが、観念して先程の液体を取り出して雲徳へ渡した。

「あんた、この責任は取ってもらうからね」

 先ほどと違う感じの紅潮のさせかたで、雲徳へ只ならぬ宣言をしてドマンゴーは去っていった。

 それを聞いた雲徳は、ドマンゴーとは対象的に青ざめた表情をしつつも、終戦宣言をした。

「下らぬ戦いでござった」

「ホントですよ。それより、今、不穏なこと言って出ていきましたよね?」

 マギコは、解毒剤をぐったりしているミカタンへ飲ませながら聞く。

 雲徳も真面目な顔に戻り、すぐにドマンゴーがいじった辺りの計器に近寄る。

「これは、ドンドン潜っていってますな。どれ、ここをこうしてこうやって」

「分かるんですか?」

 マギコが感心するが、

「こういうゲームやった事あるでござる」

 ニヤリと笑った雲徳から心許ない返事があった。

「ゲームかよ」

 雲徳は、ロップの心配そうな声をよそにタッチパネルを操作し始めた。

「どうですか?」

 マギコが横からパネルと付属の小さなモニターを見ると、警告と赤い文字が出ていた。

「うむ、潜ることは止めたようでござるが、近くの大きな建物に突っ込むようでござるな」

 真顔でモニターを見つめながら、雲徳が絶望的な事を言う。

「海中に建物があるんですか? というかまずいですよね?」

「そのようでござる。位置的には管理者の塔の真下あたりでござるから、そこから行けるのではござらんか?」

 マギコは、聞かれてもわからないので首を傾げた。

 そうしている間にも、モニターにはさらに強い警告と、衝撃に備える旨の文言が表示されている。

「オイラ思うんだけど、あの椅子に座ってシートベルトを締めたほうが良くないか?」

 ロップのまともな意見に一同が頷き、その案を採用した。

「立てるミカタン?」

 マギコは、少し顔色の良くなったミカタンに肩を貸して立たせると、暗い海中を映し出している大きなモニター前の椅子に座らせ、シートベルトを締めてあげた。

「ありがしゅ」

 ミカタンが、弱々しくありがとうございましたっしゅの略語を言った。マギコは優しく頷き、自身も隣の椅子に座りシートベルトを締めた。

「なんか、明るいのが見えてきたぞ!」

 ゆるゆるのシートベルトを体に巻き付けたロップが、大きなモニターを指差した。

 確かに、海の底深くにしてはありえない光源が迫ってきていた。

「立派な都市でござるな」

 雲徳の言う通り、海中に急にビル群が立ち並んでいる近代都市が現れた。

「空気はあるんでしょうか?」

「わからんでござるが、衝撃に備えたほうが良さそうでござるぞ」

 艦内の警告音がけたたましく鳴り響いている。そこへ、タイミング悪くドマンゴーが帰ってきた。

「あんたら、何やったんだい?」

 そう叫んだ瞬間、シートベルトを締めていなかったドマンゴーとその仲間たちが、激しい衝撃とともに宙に浮き、床に叩きつけられた。

 艦の動きは止まり、大型モニターには、到着の文字と人工都市の景色が映し出されている。

「オイラの言った通り、シートベルト締めておいて良かったろ?」

 ロップは、気絶しているドマンゴー一味を得意げに見下しながらベルトを外して椅子から飛び降りた。

「全くですね。取り敢えず、艦長さん達が起きてくる前に出ましょうか?」

 マギコの提案に雲徳が、ドマンゴーの様子を伺いながら頷く。

「うむ、起きたら面倒でござるからな」

 こうして四人は、海中の人工都市へと降り立った。

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