第4話   侍魔女、マッドサイエンティストと出会う



「本当に山のようなトラックですね」

 マギコは、帽子のつばを持ちながらトラックを見上げた。

 赤色の小山と白色の大山が連なっているような異様なトラックといった見た目のそれは、用途が不明で近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

「そのトラックとはなんでしゅか?」

 ミカタンが不思議そうに二つの山を見つめながらマギコに聞く。

「主に物を運ぶときに使う乗り物よ」

「これ、動くんでしゅか?」

 言われてみると、タイヤがないことに気づいたマギコは首を傾げる。

「とにかく中に入ってみるでござるよ」

 そう言って車両の後部に周ってみると、中から猛獣のものらしき唸り声が聞こえてきた。

 三人で一瞬顔を見合わせたが、普通の獣程度ならなんとかなるという結論にいたり、雲徳が勢い良く扉を開けた。

 すると中には森が広がり、その中を悠然と金色の虎が歩き、その後ろでは翼の生えた銀色に光る馬が草をはんでいる。さらに天井では、虹色の小鳥が飛び交い、赤色のクラゲがぷかりと浮いている。

「何だか、おめでたい感じの動物たちですな」

 雲徳のその声にも、動物たちは気にすることなく普段の生活を続けている。

「人はいないんですかね?」

 マギコがキョロキョロしていると、目ざといミカタンが木の上に何かを見つけ、口をポカンと開けている。

「どうし……」

 そう言いながら木の上を見上げたマギコもすぐに気づいた、木の上に変なのがいることに。

「チャイ!」

 謎の掛け声とともに、パンチの強いビジュアルが三人の目の前に降り立った。その人物は、緑色の逆モヒカンにピンクの鼻ピアス、赤いレオタードに白衣を羽織っていた。

「あ、勝手に入ってすみませんでした。私は佐々宮マギコと申します」

「劉飛雲徳でござる」

「ミカタンでしゅ」

 派手な人物は、フンフン頷き自己紹介を返す。

「アチキは、ベリー・バカと申すチンケな超天才科学者でありんす。ここで、この世界に迷い込んだ動物の保護および、異世界への移動について研究しているんでごわす。おんしらはなんぞ?」

 見た目もさることながら、口調も特殊なバカに戸惑う三人だったが、空気を読まない雲徳が真っ先に口を開く。

「拙者らも、この世界から出ようとしているのでござる。なんでも、管理者の塔とやらから他世界に行けると知ったのでござるが……」

「それは初耳でありんす。ただ、この先徒歩では厳しかろうもん。アチキの知る限り化け物と廃墟しかない地獄やで」

 困り顔の三人に、バカが一つの提案をしてくる。

「どうでがんしょう。アチキの育てている翼馬を貸すので、遠隔通信機の実験に付き合っておくんなまし」

 そう言ってバカは、ちょうどこちらに歩いてきた二頭の翼馬を指差した。

「それは助かります。ぜひやらせてください」

 マギコは、他に移動手段も見つからなさそうなこの不毛の地では、代わりの足は見つからないと思い、バカが心変わりする前に即答した。

「ようでがんしょう。これが通信機のスマートホトトギス、略してスマホざんす」

 バカは、白衣のポケットから一匹のホトトギス型の装置を取り出し、手の平に乗せて説明を開始した。

「これの使い方は簡単で、尾部分を引っ張り、伝えたい内容と登録してある人物名を吹き込めば自動で光速ですっ飛んで行くって寸法よ! はい」

 マギコは、手の平に渡されたスマホを少し眺めた後、腰ポケットにしまった。

「わかりました、頃合いを見つけてこちらに飛ばします。ところで、何か食べ物はございませんか?」

 その言葉にミカタンの表情が輝く。そして、バカも相好を崩しながら頷く。

「実は今さっき“自動ランダム飯販売機”が完成したんでありんす。付いて来るがよい! 実験台達!」

 バカは綺麗なターンを見せつけ森の奥へ歩いていった。

「森のなかに食べ物があるんでしゅかね?」

「さあ?」

 そう行っている間にもバカの姿は見えなくなりそうになっていた。やたら歩くのが早い。

「お二人とも、早く行くでござるよ」

 二人は雲徳の言葉に促され、小走りで後を追った。



 三人は、販売機に辿り着くまでに多種多様な生物を見た。外から見ても大きかったが、コンテナの中の森にはどうやってなのか水辺もあり、人魚と半魚人が色とりどりのスライムと戯れていたり、畑を耕しているメイドさんとオーガがいたり、無茶苦茶な世界観を醸成していた。

「すごい所でござるな」

「みんなここへ迷い込んできたんですかね?」

 素朴な疑問を口にしたマギコに、先を進んでいたミカタンの声が聞こえてきた。

「なんでしゅかこれは!」

 バカとミカタンの目の前には、森の色と同化するよう緑色に塗られた自動販売機が立っていた。

 近づいてみると、販売機の上部に超速ランダム飯と書いてある。

「美味しいんですか?」

「アチキは忙しいんでね、スピード重視にしたでやんすよ。味は……とにかく食べるでやんすよ」

「こうなったら何でもいいっしゅ。背に腹はかえられんしゅ」

 ミカタンは、意を決して自販機に一つしかない大きなボタンを押した。すると、中が透けて作るところが見えるようになった。

「無駄に凝ってるでござるな」

「マッドサイエンティストでごんすから」

 話している間に、自販機の右手から丼が流れてきて、ほかほかご飯が上から降ってきた。そして、調理された肉が一枚乗っかり、その上に殻をむかれたゆで卵がスライスされ落とされる。

「あれ、悪くないじゃないでしゅか?」

 ミカタンがそう言った次の瞬間、その上にイチゴジャムがどっさりかけられ、とどめに牛乳がぶち撒けらられた。

 ミカタンは、静かにその残飯風ファーストフードと一緒に出てきた箸を手に取ると、雲徳の方を向き差し出した。

「はい、雲徳の分」

「いらんでござる」

 雲徳は、両腕を組んだまま目をつむって、受け取らないという意思表示をする。

「マギ姉さんどうぞ」

 マギコも後ずさりながら両手を振って拒否を示す。

 ミカタンは、ゴクリと唾を飲んだあと意を決してそれを勢い良くかっこんだ。

「む、無理しないほうが……」

 そう言ったマギコの言も聞かずに、遂には完食してしまった。

「クソまずいでしゅ」

 げんなりした顔でいうミカタンをよそに、マギコが自販機の前に立っていた。

「まさか、食べるきでござるか?」

 マギコは、雲徳の問に真剣な顔で頷き自身の作戦を伝える。

「最初の方はまともな感じでした。その時点で転移の術で取り出します」

 二人は、納得した様子でしきりに頷いている。一方でバカの方は、何故か苦笑いをしている。

「いきます」

 マギコは、宣言とともに静かにボタンを押した。すると、今度は大きめの皿が一枚出て来た。そして、トーストが一枚そこに乗っかる。そこまではよかったが、次に謎の黄銅色の個体がベチャベチャと複数その上に落ちた。

「なんですかこれ?」

 マギコが顔を引き攣らせながら作者に聞く。

「おお、ウニでありんす。なかなか獲れない当たりでやんす。おめ!」

 陽気なバカと対比して明らかに落ち込んでいるマギコ。そして、さらに悲劇は続く。その上にきれいに渦巻状に巻かれたのは、ホイップクリームだった。

 こうなってはもう序盤で止めようが何しようがどうにもならない。さらに追い打ちをかけるように、その渦巻きに焼き魚が頭から突き刺さり完成した、何かが。

 出てきた残飯と先割れスプーンを呆然と見ているマギコの肩を、ミカタンが慰めるようにポンポンと優しく叩く。

 マギコは、黙って材料を一つ一つに分けて、少し涙目で食べ始めた。

「おい、雲徳の番だぞ」

 ミカタンが、非常な宣告を無表情で伝える。しかし、雲徳はどこからか長細いパンを取り出し、勝ち誇ったように言った。

「拙者、持ってござるからいらんでござるよ」

「ず、ずるいっしゅ!」

「備えあれば憂いなしでござるよ、ハッハッハッ」

 少し険悪な雰囲気が流れる中、バカが口を開く。

「あのでやんすが、少し動物の世話を手伝ってほしいでがんすけど、よろしゅうか?」

 三人は、動物にも興味があるし、まずいとは言えご飯ももらい、移動手段も借りることから快く了解した。 

「ありがとやんした。それでは、マギコさんはこの袋を持ってあの赤い木の実が沢山なっている大木の下にいる鬼たちの相手をおねがいしやす」

「鬼ですか?」

「ああ、大丈夫でありんす。襲っては来ない話の通じる相手でごんすから」

「はあ……」

 マギコは、疑問を感じながらも大木へ歩き始めた。

「それでは、ミカタンちゃん。あなたは、あの空中を飛んでいるウインドタイガーを捕まえて小川で洗ってやっておくんなまし」

 バカはそう言って、大きめのブラシとシャンプーらしきものが入った袋をミカタンに渡した。

「わかったっしゅ」

 ミカタンは、空で優雅に飛んでいる白翼の生えた虎を見据えると、力強く地を蹴って飛び立った。

「んで、雲徳ちゃんは、あの林の奥に住んでいるゴリゴンの遊び相手になってあげるのことよ」

「……ちゃん? わからんでござるが、わかったでござる」

 こうして、雲徳も謎生物へ足を向けた。



 果たしてそこには赤鬼青鬼緑鬼白鬼、カラフルな鬼集団がいた。そして、かなり出来上がっている様子だった。

 マギコは、近づきがたい雰囲気を感じ取りながらも歩を進めた。大分近づいた所で鬼たちが気づいた。

「おんや? めんこいおなごがおるぞ」

「んだんだ。しかも、酒とつまみももっとるげ」

 マギコは、嘆息しながらもバカに持たされた袋を鬼たちに渡した。

「おお、これこれ。姉ちゃんサンキューサンキュー」

「では、私はこれで」

 素早くかつ自然に踵を返したマギコだったが、がっしりと鬼に肩を掴まれた。

「姉ちゃんも飲んでくさ」

「いや、私は飲めないので」

「今日飲めるようになれ」

 無茶苦茶なことを言う鬼に、マギコはなおも抗弁する。

「そもそも未成年なので無理です」

「この世界に法律なんてねーべさ。なんせ滅んでるだから」

 その言葉にみんな一斉に笑い出す。そして、気づくとマギコは取り囲まれていた。

「い、いつの間に」

 こうしてマギコは、鬼のおっさん達のお酌と話し相手として暫くの時間を過ごすことになった。



「こら、逃げるなでしゅ!」

 空中でミカタンが、ウンドタイガーの背を追う。巨体の割に素早く旋回したり、左に行くと見せかけ右に行ったりフェイントを掛けてくる。だが、ミカタンもそれを読んで前に回り込んでがっしりと抱きつくように捕獲する。

「お前臭いでしゅね。つーか、おとなしくするでしゅよ!」

 捕まえてもウインドタイガーは、ジタバタと暴れ噛み付こうとしてくる。

「悪いことする子はこうでしゅ!」

 ミカタンは、彼を抱えたまま小川に急降下しそのまま水に突っ込んだ。



 雲徳は、上半身ゴリラ下半身ドラゴンという奇怪な生物と距離を取って見合っていた。

 相手は一匹で、大きさは自分より少し大きぐらいなので、多少の攻撃を受けても大丈夫と踏んだ雲徳は近づこうとしたが、ゴリゴンは自身の横にあった茶色の山から一掴み土をむんずとつかみ出すと、アンダースローでそれをこちらに放ってきた。

 雲徳は見切ってかわしたが、それが機嫌を損ねたらしく、顔を紅潮させこちらへ緑の鱗を纏った四本足をトカゲのごとく回転させ突進してきた。

 雲徳はこれも難なくかわしたが、遅れてきた太い尻尾に顔面を叩かれて後頭部から地面に倒れた。立ち上がろうとした雲徳だったが、それよりも前にゴリゴンの横腕に両腕ごと抱えられ身動きが取れない。

「ちょ、何をするでござるか?」

 ゴリゴンは、今から答えを見せてやると馬鹿にしたような笑みを浮かべ、例の土の山に向かって突進し始めた。山に近づくにつれ、雲徳はその臭気にその山が土ではないことに気づいた。

「う、嘘でござろう!」

 雲徳は、ゴリゴンの糞の山に顔面から体ごと突っ込んだのだった。



「みなさん、お疲れ様でござんした」

 ミカタンだけは、仲良くなったウインドタイガーの上でご満悦の表情だが、他の二人はぐったりとしている。

「おい、雲徳うんこくせーけど?」

 ミカタンが鼻を摘む仕草で不快臭のする雲徳に何があったか言うように促す。

「とんでもない害獣の相手をしたんでござるよ。ちょっと小川で洗ってくるでござるよ」

 そう言って雲徳はとぼとぼと行水に向かった。

「マギ姉さんも元気がないでしゅね?」

「集団絡み酒にあいまして、メンタルやられました」

 ミカタンは、優しくマギコの肩をポンポンと叩きその功を労った。

「もう暗いでありんすからして、今日は泊まっていかれてはどうでやんすか?」

 精神的に疲れていたマギコはすぐに頷き、ミカタンもウインドタイガーと一緒にいられる時間が伸び、嬉しくて飛び跳ねた。



 建物の二階といっていいのか、森の一角にある階段から上にあがると、居住スペースがあった。そこには、キッチンや冷蔵庫、風呂まであった。

 現在は、十人は使えそうな大きな長方形のテーブルで食卓を囲んでいる。上座にはバカが座っていて、マギコの隣にミカタン、雲徳はその対面に座っている。

「それでは、召しやがるといいでごんす」

『いただきます』

 夕飯は、至って普通のカレーとサラダだった。バカなりに考えてスタンダードな食事にしたらしかった。

 暫くのあいだ無言で食べていた四人だったが、一番初めに食べ終わったミカタンが話の口火を切った。

「ところで雲徳。おめー誰かに呼ばれてきたとか言ってたよな?」

 雲徳がスプーンを持った手を止める。

「……実は拙者は人を助けに来たんでござるよ」

 マギコは、図書館でのケンサクと雲徳のやり取りを思い出しながら納得する。

「だから図書館でケンサクにあんなに食い下がっていたんですね。探している人が必ずいるから……」

「そうなんでござるよ」

 ミカタンが、雲徳への疑問を続ける。

「んで、どんな奴なんしゅ?」

「それは美し……」

「あっそう。ふゎー眠いっしゅ」

 急激に眠くなり、それと同時にそもそも雲徳になんて興味ないことを思い出したミカタンは、カレーをかっこみサラダには手を付けず上の階のベッドに向かって歩き始めた。

「自由でござるな」

「ウインドタイガーの世話で疲れたのでしょう。私も寝かさせてもらいます、メンタル削られたので」

 こうして、四人とも早めの眠りについたのだった。



 明くる朝、日が昇り始めた頃、雲徳とマギコはそれぞれ翼馬に跨り、ミカタンはウインドタイガーに跨っていた。

「もう少し、ゆっくりしてればいいでありんすよ」

 そう言うバカだったが、管理者の塔までどれくらいかかるかわからないし、途中休めるところがあるかどうかもわからないので、三人は時間的に余裕を持って早めに出ることにしたのだった。

「私達もお言葉に甘えたいところではありますが、いつまでもお世話になっているわけにはいきません。何かあったらスマホで連絡します」

「そうでありんすな、よろしくお元気で行っておくんなまし」

「では、バカ殿もお元気で」

 雲徳がそう言って、翼馬に言ってくれという。すると馬は頷き空へ舞い上がる。それに続き、二人も空へ飛び立つ。

 手をふっているバカに手を振り返す三人だったが、あっという間に見えなくなる。

「むっちゃ早いっしゅな!」

 ウインドタイガーも同じくらい早く飛んでいて、ミカタンも必死に落とされまいとしがみつく。三人が三人共へっぴり腰でしがみつき、傍から見る人がいたら、とても格好悪い集団だった。

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