第3話 侍魔女、怪しいおじさんと出会う
砂上から二人を見上げるサンドウォーム達の視線を感じつつ、森の中に見える建物に向けて、ミカタンが高度を落とし始めた。
「木が多くて降りにくいので、森の手前に降りますしゅ」
「わかったわ」
ミカタンは、言った通りに森の手前で急下降したのち、翼で制動しつつ砂地に下り立った。
森を前にすると、想像以上に緑が濃く暗かった。さらに、のっけから異様な風景を目にする。
「本?」
マギコ達が目にしたのは、地面や木にめり込んでいる本だった。よく見ると枝に引っかかっている本もある。
「何でこんなことになっているんでしゅかね?」
「わからないけど、注意して進みましょう」
こうして二人は、森の中へ踏み込んでいった。
「こういうことだったんでしゅね!」
ミカタンは、自分を絡め取ろうとしてくる蔦や枝をフォークで切り払いながら納得げに首肯する。
「そうですね」
マギコも、涼しい顔で刀を振るってそれらを切り飛ばしていく。どうやら、この森の木々は生きているようだった。つまり、その木々が建物の中にある本を持ち出しているということだ。
「うざいっしゅね」
「全くです」
常人なら、その攻撃に屈服していそうなほどの数の枝や蔦だが、二人にはあまり関係ないようだった。その格上感を感じ取ったのか、木々も少しずつ二人に手を出さなくなっていった。
「やっとやみましたね、木の雨」
「さすがマギ姉さん、うまいこと言いましゅね」
そして、そのタイミングで例の建物が見えてきた。
「図書館ね、多分」
「ここの本を持ち出していたんでしゅね」
蔦と苔に覆われたその建物の外には本が大量に落ちていた。さらには、大声を上げる男の声が響いてくる。
「他にも人がいるみたいね」
「でも、機嫌は悪そうでしゅね」
二人は、少しの安堵と不安を抱えながら、蔦が絡み、窓ガラスが割れまくっている図書館に足を踏み入れた。
外観通り、中も酷い有様になっていた。本棚は倒れていない物を探すほうが早いくらい倒れており、木の枝や根っこが天井から床から突き出てきていて、図書館を侵食している。そして、図書館なのに本が殆ど見当たらない。大概の本が、木のいたずらで外に出されてしまったらしい。
そんな廃墟じみた図書館の中央で、ゆったりとした黒いローブを着た、禿頭に二つの黒い点がある、筆のような髭を持った中年男と、ボロボロの執事服を纏った金髪少年が睨み合っている。
「あ、あの」
マギコが、声をかけると男の方が鋭い眼光で睨んできた。少年は何故か、ミカタンに嫌そうな目線を送った後、目を背けた。
「なんでござるか?」
ローブの男は、鋭い視線でマギコを見据えてきた。
マギコは、たじろぎながらも質問を返す。
「何があったんですか?」
すると今度は、少年の方が話し始めた。
「この方……魔法使われの雲徳さんに、この辺の街を尋ねられたので、ないと答えました。すると、そんなわけがないだろうと怒り始めまして」
マギコとミカタンは謎の職業の雲徳という男をポカンと見つめていたが、その横で雲徳が再び怒りながら口を開いた。
「街のない世界があるわけないでござろう。まさか、この世界は滅亡したとでもいうのでござるか?」
少年は、さも当然と言った感じで、しっかりと肯定の意を示した。
「おっしゃる通りです。この世界は滅んでいるのです。正確には、何もなかった世界に滅びた世界の一部を我が主がコレクションしている不毛の世界です。この世界の主は廃墟コレクターなのです」
少年以外の三人は呆気にとられていたが、ミカタンが疑問をぶつける。
「ではなんで生物がいるんでしゅか? おかしいでしゅ!」
少年は、そんなことかといった表情で返答する。
「我が主が廃墟を他世界から移動させた時に生き残りが紛れ込んだだけのことです」
ここで、マギコは当然の疑問を口にする。
「あの、それではあなたは何者なのですか? 何故ここに?」
「私たちはこの世界の管理を任されている者です。具体的には、主のコレクションを破壊するような者を駆除する、我々のルールに従わない者を排除することが使命です」
「そうですか。ところで、元の世界に戻りたいんですけど、どうすればいいんですか?」
マギコは、この世界のことを知っている少年に希望を見出し、すがる思いで尋ねた。だが少年は、目を伏せて言い辛そうにマギコに言う。
「申し訳ありませんが、主より他の世界から来た者に会っても余計なことは話すなと言われております」
マギコは、力なく項垂れた。そんなマギコを励まそうとするミカタンを尻目に、男は何やら図書館内を彷徨き始めた。そして、倒れていた棚をどけると、床材を引き剥がした。
「壊さないで下さい!」
少年が、男を止めようと走るが、それより早く男はその下へと滑り込んだ。床の下には何か空間があるらしかった。
少年もそれに続き下へと潜っていく。
「あたちたちも行くでしゅ!」
ミカタンの提案に、マギコは頷き走り出した。
地下は意外にもそこそこの明るさがあった。なぜなら、下に何らかの光源があったからである。そのため、大理石の螺旋階段がハッキリと見て取れる。
すでに、雲徳は最下層まで降りており、少年も半ばまで下っていた。マギコたちも急いで後を追う。
下に着くと、光り輝き空中に浮いている本を雲徳が触ろうとしていて、それを必死に少年が止めているところだった。
「それに触ってはなりません!」
「そう言われては、余計に触りたくなるでござる!」
雲徳は少年を振り切り、光る本へ触れてしまった。すると、雲徳はその場に膝から落ちた。
「だから言ったのです。普通の人間が我々のツールに触れれば……」
少年が何かを言いかけたとき、雲徳は意識を取り戻して立ち上がり、にやりと笑った。
「ちゃんと管理者の塔なる場所があるではござらんかケンサク殿」
少年は、自分の名を笑顔で呼ぶ男を訝しげな表情で見ながら言った。
「なぜそれに触れて大丈夫なのですか? あなたは何者で、何をしにここへ来たのですか?」
雲徳は少しの思案の後、実に胡散臭い答えを返した。
「拙者は、マンゴー園の誓にて義兄弟の契りを交わした同士を探しに来た、魔法使われの劉飛雲徳でござる」
ケンサクは、明らかな偽証に目つきを鋭いものに変えた。
「お答え頂けないと……。ま、どちらにしろ、それを知ってしまったら生きてここを出すわけには行きませんけどね!」
ケンサクの、背中から服を突き破って灰翼が飛び出す。それを見てミカタンが叫んだ。
「堕天使! 初めてみた!」
興奮気味に言うミカタンを、ケンサクはじろりと血走った目で睨めつける。
「半端者に、ジロジロ見られるのは不快だ!」
ケンサクが、軽く左腕を払うと強風がマギコとミカタンを壁に吹き飛ばした。ミカタンが翼を広げてマギコを受け止め、壁への激突は免れた。その隙を突き、雲徳がケンサクへ胴タックルを仕掛け、その勢いのまま床へケンサクを押さえ込んだ。そして、雲徳が叫んだ。
「そこの魔法使い殿! 拙者に氷の魔法を使うでござる!」
マギコは躊躇するが、
「大丈夫でござる! 早く!」
マギコは、意を決して中空に氷の粒を生み出す。
「水精よ、宙空の水を凍らせ放て!」
小さな凍った人型の手から氷の粒が二人に降り注ぎ、氷の塊に変えてゆく。氷はさらに大きくなり、完全に床と一体化する。そして、何事もなかったように雲徳だけが氷を撒き散らしながら立ち上がる。後には、ケンサクだけが氷漬けのまま残された。
「ふー、どうでござろう、拙者の魔法使われぶりは?」
「確かに、私の魔法が増幅されていました、魔法使われというのは嘘じゃなかったんですね?」
「そうでござるよ。魔法を使えるのに知らないのでござるか?」
「初耳です。それより、この人は大丈夫ですかね?」
マギコは、床にへばりついたままのケンサクに目を落とす。
「天使も悪魔も簡単に死なないからほっとけばいいでしゅ。それより、管理者の塔なる場所はどこなんでしゅか?」
「おお、そうでござった。取り敢えず、こやつが復活する前に外に出て話すでござるよ」
雲徳にそう促され、三人でこの場から離れることになった。
三人は森を出て、まばらに草木の生えている荒野を歩きながら、自己紹介も兼ねた身の上話をしていた。
「なるほど、それではお二人とも訳もわからぬまま飛ばされて来たんでござるか、大変でござったな」
雲徳は、分かる分かると頷きながら腕を組む。
「雲徳さんは違うんですか?」
「ああ、拙者は……何というか……人探しに参ったでござる」
雲徳は、奥歯に物が挟まったような言い方の見本のような喋り方をする。それを、不審げな眼差しで見ていたミカタンが口を開いた。
「おめー何か隠してるっしゅね、うんこくー」
「うんとくでござる。隠すわけでござらんが……あまり気の乗らぬ話ゆえ、その時が来たら話すでござるよ」
「自分の意思でここへ来たんですか?」
マギコの問に、
「いや、その人物に召喚されたのでござる」
「だとすると、私達と同じですかね……」
マギコが納得しかけたが、ミカタンは未だに胡乱げな眼差しを雲徳に向けている。
「でも、何か怪しいっしゅ。特に見た感じでしゅ」
雲徳は、ミカタンの疑いの眼差しから逃げるため、必死に話題を変えた。
「そうそう、管理者の塔はここから遙か西の海上に見えるようでござるよ」
「海の上にあるんですか? どうしましょう、船とかあるのかしら?」
マギコは、こんな世界の海上へ行きたくないと思いつつ聞く。
「行ってみるしかないでござるな」
雲徳の雑な回答に失望しつつマギコが誰にともなく聞いた。
「……元の世界に戻れるんですかね」
「情報には、色々な場所に繋がっているとあったでござる。恐らくマギコ殿の世界にも戻れるでござるよ」
「それは良かった。帰れなくなったら……いや、それならそれで……」
マギコは、複雑な表情で言葉を途切れさせた。元の世界では肩身が狭かったマギコは、新しい世界に希望を持ちたかった。だが勿論、それはこんな廃墟世界ではない。
「戻りたくないんでござるか?」
「私のいた世界は魔法中心の世界で、私はそこで落ちこぼれ、生家からは勘当されました。心残りは、剣を教わった師匠に挨拶をしないまま来てしまったことぐらいです」
「なるほど、そうでござったか。ならば新天地で自分の居場所を見つけるのも良いでござるな」
「出来たらそうしたいですね……」
良い話としてまとまってきた所で、ミカタンがマギコの服の裾を引っ張り大きな白い直方体を指差した。
「あれは、なんでしゅかね?」
「拙者には、馬鹿でかいトラックに見えますな」
雲徳の指摘通り、山のようにでかいトラックに見える
「まだ新しい感じですし、人がいるかもしれません。行ってみましょうか?」
「それがいいでしゅ」
こうして三人は、謎の建物へと足を向けた。
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