第2話  侍魔女、謎少女と出会う 

   

 マギコは、困惑顔で薄暗い砂漠に立ち尽くしていた。最初マギコは、謎の光によって山が急に砂漠化したのかと思ったが、山上から見えていた街がまるごと消えることはありえないので、どこか別の場所に魔法で飛ばされたのだと理解した。ただ、それがわかった所でこの場所には見覚えがなく、人も建物も見えず混乱の極地にいた。

「どこなんでしょうここ?」

 一頻りオロオロとしながらその場をただ回っていたマギコだったが、何かを見つけて走り寄った。

 それは人型をしているが、ただの人ではない謎生物だった。マギコに背を向けて倒れ伏している謎生物の背中には、羽毛が密集したような大きな翼が生えている。それだけなら天使のようだと形容できるが、その真下にはコウモリのような大きな翼が生えていた。また、よくよく見ると、長い銀髪の上には銀色の輪っかが浮かんでいた。敵か味方かわからない、もっと言えば意思疎通ができるかどうかもわからない相手にマギコは少し距離を取りつつも、恐る恐る話しかけてみた。

「大丈夫ですか? 生きてます?」

 すると、少し間を置いて弱々しい返答があった。

「水を……くだしゃいっしゅ」

 マギコは話が通じることと、敵意がなさそうなことに安心すると直ぐ側に近寄り、案外小柄なその生物を抱き起こして両腕で支えた。そこには砂まみれだが、白く輝く整った少女の顔があった。しかし、右腕には身長と同じ程度の銀のフォークを握っていた。当然ご飯を食べるための大きさではない、有り体に言えば槍のような武器であることは一目瞭然だった。マギコはそれを見て少したじろいだが、今さっきあった可愛らし言葉遣いと、悪人には到底見えない綺麗な顔を信じて介抱することにした。

「水精よ、水を集めよ」

 マギコが言うと、空中に水で出来た人型が出現した。マギコは、いつも通り精霊召喚が可能なことに安堵しながら少女に言った。

「口を開いて」

 マギコの言葉に、少女が口を開ける。すると、小さな精霊の手から水が出現し、吸い込まれるように口内に水の塊が入っていった。少女は、噛みしめるように水を味わい飲み下した。同時に精霊はマギコに手を振って消えていった。マギコもそれに小さく頷いて挨拶すると少女の方に向き直った。

「ありがとう。あたちは、ミカタンというでしゅよ」

 謎の少女ことミカタンが、満面の笑みで挨拶をする。

「私は、佐々宮マギコっていうの。マギコでいいわ。所であなたはこの辺の人なの?」

 マギコは、挨拶もそこそこに、捲し立てるようにミカタンに尋ねた。

「残念ながら、あたちは迷子なんでしゅ。マギ姉さんもそうなんでしゅか?」

 それを聞いたマギコが、がっかりしつつ答える。

「うん、女の人の呼ぶ声が聞こえたと思ったら、次の瞬間にはここにいたの」

 それを聞いたミカタンが何かを思い出そうとして空を見上げ、やがて思いだしたのか、ポンッと手を打ってマギコの顔を見る。

「そういえば、わたちも何だか懐かしい声が聞こえたと思ったらここにいたんでしゅ。困ったものでしゅよ」

 あまり困ってもいない感じでミカタンが笑った所で、突然目の前の砂が大きく盛り上がり、下から見上げるほど巨大な芋虫のモンスターが突如として現れた。

「また、お前でしゅか。内蔵ぶち撒け丸の錆にしてやるっしゅ」

 やれやれといった表情と身振り手振りをしつつ、ミカタンは立ち上がりながらフォークを構えようとした。だがすぐさま、お腹を鳴らしてその場に仰向けに倒れた。どうやら空腹のようだった。

 それを見た芋虫は、餌を獲得するチャンスと思ったのか、間髪を入れずミカタンに大口を開けて襲いかかった。しかし、銀の閃光が芋虫を輪切りにした。芋虫は、自身の死すら気づかず息絶えた。マギコが持っていた刀を居合抜きの要領で抜きながら斬り、さらに返す刀で複数回斬ったのだった。

「マギ姉さん、魔法使いだと思っていたら、剣士だったんでしゅね」

 ミカタンが、尊敬の眼差しをマギコに向ける。

「私の国では侍と言うの。魔法も使えるけど落ちこぼれてこっちの道に進んだの」

 マギコは少し恥ずかしそうに言いながら、ミカタンに手を差し伸べた。ミカタンは、バツが悪そうにその手を取り立ち上がった。

「お腹すいてるのね? でも、食べるものもってないの、ごめんね」

「それは残念でしゅ。でも、あそこにいけば何かあるんじゃないでしゅか? でっかい建物が並んでるっしゅ」

 ミカタンが指差した方には、確かに建物らしき物があるようだった。だが、そこまで視力の良くないマギコには視認できなかった。

「そうね、暗くなってきているし、急ぎましょう」 

 二人は歩きやすいように、マギコは刀を腰に挿し、ミカタンはフォークを持っていた紐で縛って背負い、その建物群へと向かった。



「なんか、ボロボロでしゅね」

「……ですね」

 二人は、元は白かったであろう黒っぽいビル群の壁面を呆然と見上げている。周囲には人の気配はなく、生暖かいビル風が吹くばかりだった。

 二人は、ずっと廃墟を見上げていても進展はないので、ゴーストタウンを散策し始めた。しかし、進めば進むほど暗澹たる気分が押し寄せてくる。生物は存在せず、建物は全て薄汚れていて、ビル以外の建物は大抵半壊状態にある。地面には砂漠から流入した砂で歩きづらく、時より砂塵が舞い上がり視界を塞ぐ。

 そんな中、しっかりと建っているコンビニがあることに二人は気づき近寄った。しかし、建ってはいるがガラスは全て割れていて、中に入らずとも荒れ果てているであろうことは予想できた。

「なんでしゅかこれ?」

 不思議そうにミカタンが見上げる。

「これは多分コンビニエンスストアだと思います」

「なんでしゅそれ?」

 マギコは、ミカタンがコンビニを知らないことに驚いたが、考えてみれば、この姿少女が自分と同じ常識の元で生きていたとは思えない。ただ、とすると、嫌な予感がする。

「え? ああ、色々なものが売っているお店よ」

「そうなんでしゅか」

 ミカタンは、再び不思議そうに建物を見つめた。

「ミカタンはコンビニに行ったことないの?」

「天界にも地獄にもそんな便利なものはなかったでしゅ」

 その言葉に、マギコの背筋に冷たいもの流れた。

「え? ちょっと待って、天界? 地獄? 何のこと?」

 マギコは、自分の嫌な予感が的中したことを認めたくなくて、ミカタンからの否定の言葉、もしくは冗談でしたといった言葉を待ったが……。

「でしゅから、わたちが住んでいた天界や地獄には、こんびに? というのはなかったでしゅ」

 マギコは、落ち着くため一旦天を見上げて深呼吸してミカタンに問う。

「ミカタンは、異世界からこの地球に来たってことなの?」

「地球って言うんでしゅかこの世界? 建物も文字も全然ちがいましゅね」

 その指摘を受け、マギコは気づいた、自分も建物に書いてある文字が全くわからないことを……。

 自分が知らないだけで、地球のどこかにいると思いたかったが、現状から考えるに、その可能性が低いこと認めざる負えなかった。だが、泣き言を言っていても始まらないと、今すべきことに取り掛かる。

「そうなんだ、大変なんだね。うん、兎に角なにか食べ物が残っていないか調べてみようよ」

 マギコは、入り口に溜まっていた砂を踏みしめながら中に入った。案の定、食品が陳列してあったであろう棚には物が全く無く、冷蔵庫も空だった。

「駄目しょうでしゅね」

 ミカタンが見るからにがっかりしたのを見て、マギコは何か気を紛らわすものはないか周囲を見回した。すると、漫画の単行本が数冊落ちていたので、その中から表紙に可愛らしい女の子が描かれた一冊を選びミカタンに渡した。

「漫画でしゅね。これは知ってましゅ」

 どうやら漫画文化は天国や地獄にあるようで、ミカタンが笑顔になる。

「文字は読めないけど、絵はわかりましゅからね」

 そう言ってミカタンは、ページを捲り始めた。

「そうでしょう」

 そこでマギコはふと思った、別世界から来たミカタンとなぜ話せるのかと。しかし、考えてもわからないだろうと思い、漫画を捲っているミカタンに注意を傾けた。すると、ミカタンから予想外の言葉漏れた。

「何でこの女は裸なんでしゅかね?」

 マギコが見てみると、どうやら成人向けの物だったことに気づき顔を赤らめた。そしてマギコは、ミカタンの手から素早く取り上げると、火精を呼び空中で炭化させた。

「何で燃やしちゃったでしゅか!」

「あれは、子供が見るものではないわ!」

「残念でしゅ」

 項垂れるミカタンの意識を再び食欲に持っていくため、無理やり話題を変える

「そんなことより、食べ物探さないと! きっとあそこには、食べ物があるはずよ!」

 マギコはコンビニから見えるデパート風の建物を強く指差すと、しょぼんとしたミカタンを元気づけるため、殊更に大きく腕を振って歩き出した。

 ポカンとしていたミカタンも、その勢いに引かれるように後を付いてコンビニを出た。



 その建物の一階には、割られたショーケースのガラスの破片とともに、経年劣化した口紅やらファンデーションやらが床に散乱していた。どうやら化粧品を扱っていたフロアのようであった。

 どう見ても食べ物はなさそうであったが、ミカタンが鼻をクンクンさせながら叫んだ。

「下から食べ物の匂いでしゅ!」

 ミカタンが犬のような嗅覚を発揮し、暗い地下へと走り出した。

「ちょっと待って下さい」

 マギコは、刀を左手にしっかり握ると、床の物にスカートが引っかからないように両手でたくし上げその背を追った。

 すると、地下に降りてすぐの所でミカタンが立ち尽くしていた。

「どうしたの?」

 マギコが、そう声をかけながら暗闇に目を凝らしたが何も見えない。

「変な奴らがいるでしゅ」

 確かに、何やらガサゴソと物を漁っている音がしている。

「そうなの? ちょっと待って、明かりをつけるから。光精よ、刹那の陽を授けよ」

 マギコは、右掌に人型の光の精を生み出すと、オーバースローで天井に勢い良く投げ上げた。光は天井に留まり、さらに明るさを増した。すると、物音の正体が明らかになった。

 それは、巨大な黒い蜘蛛の背中から、ろくろ首が生えているような化け物だった。当然、今のマギコの行為で、そいつらは二人を認識することとなった。

「仲良くなれましゅかね?」

「無理そうです。ていうか、新しい食料として認識されたっぽいです」

 蜘蛛達は、巨大な顎から唾液を滴らせつつ、ガサゴソと緩慢な動きで近づいてくる。

「上の顔はおまけなんでしゅかね?」 

 そのミカタンの呟きに、意外な所から回答があった。

「違うよ、この蜘蛛に喰われた人間だよ」

 先頭を歩いてくる蜘蛛の背中に付いている人間の顔からだった。

「嘘……でしょ」

 マギコが、ゴクリと唾を飲む。

「本当だ、頼む、殺してくれ」

 怖さと気持ち悪さで震えていたマギコだったが、少し逡巡した後その声に頷くと、神聖術の詠唱に入った。

 神聖術は、文字通り神の力に頼って使う術法で、精霊召喚より効果が強いが精神力が必要となる。一般的には一括りで術や魔法などざっくりと呼ばれているが、そもそも頼る相手が違うのだ。

「偉大なる魔神よ、黒き真円により彼の者たちを消し去れ……黒牙円!」

 突如として、蜘蛛たちの上に漆黒の円が現れた。その円は、掃除機のように周囲の物をのべつ幕無しに吸い込んでいく。当然蜘蛛たちも例外ではなく、次々と消えていく。そして、ものの2,3分で周囲の物を吸い込み、黒円は雲散霧消した。

「しゅごい魔法を使えるんでしゅね」

 ミカタンが、感心した表情をマギコに向けるが、その表情は優れない。

「あれは、どこか別の次元に物を飛ばす術と言われているけれど、実際のところはわかっていないの。ひょっとしたらまだ別の世界で苦しんでいるのかもしれない。ちゃんと介錯してあげるべきだったかもしれないけど、やっぱりできなかったわ……」

「そうでしゅか。でも、マギ姉さんがあいつらの命に責任を負う義務もないでしゅし、そもそもあたちたちを喰おうとしていたわけでしゅから、気にする必要はないでしゅよ」

 辿々しさとは裏腹に、妙に説得力のある慰めに、マギコは驚きながらも頷いた。

「……うん、ありがとう」

「では、夕飯を拾いましゅ」

 そういうとミカタンは、鼻歌交じりに落ちている缶詰を落ちていたビニール袋に詰め始めた。マギコもそれに見習い、片っ端から食料を拾ってはビニールに入れていった。そして、作業を終えると、この世界を見渡すために屋上を目指すことにした。



 マギコは、再び光球を出現させ、自分の前に浮かばせて、止まっているエスカレーターを登り始めた。どの階も荒れ果てており、薄暗く不気味だったので探索はせずどんどん登っていった。

 やがてエスカレーターが尽き、最上階に到達した。最上階は、本屋とゲームセンター、更にはスポーツクラブも入っていたようだが、他の階と同じく荒れ果てて不気味だったのでさっさと夕日が差し込む方へと向かった。

 外へ出ると、幼児用の小さな遊園地だったと思われる場所へ出た。しかし、ここもご多分に漏れず、ボロボロな状態だった。コインを入れて動かすであろう乗り物の顔は全て破壊され横倒しになっており、何かしらのファーストフードを売っていたであろう店は、前面部分が大きく損壊しており中の調理器具がぐちゃぐちゃに折れ曲がって固まっていた。

「何があるとこんな無残なことになるんでしょうか?」

 マギコが、顎に手を当てながらその状況を観察する。

「さっきみたいな化け物がやったのと違いましゅか? それより、あそこに変わった建物が見えましゅよ」

 確かにミカタンの指差す方向には、蔦の絡まった四角い建物が見えた。だが、他にこの周辺の建物を除くと、砂漠が広がるばかりで何もない様子だった。

「ここは、どこなんですかね? 地球ではないんでしょうか……」

 マギコは、考えたくなかったが、この景色の異常さに考えずにはいられない現実の認識を深めつつあった。すなわち、ここが自分がいた地球ではなく、異世界であると。

「わかんないでしゅ。それより、あのベンチでご飯としましゅ!」

 もう限界だと言わんばかりにミカタンは、両手に持ったビニール袋をブンブン振り回しながら、辛うじて原型を留めているベンチに走り寄った。だが、勢い良く座ったミカタンを、ベンチは暖かく迎えてはくれなかった。ベンチは真っ二つに折れて、ミカタンは尻もちをついた。

「痛いでしゅ! もう少し粘りやがれすっとこどっこい!」

 ミカタンは、ひしゃげたベンチにトウキックをかますと、ベンチは一瞬で遥か彼方、ちょうどさっき見つけた謎の建物の方まで飛んでいった。

「すごい力ね」

 マギコは、人間離れしたミカタンの力に素直に驚愕した。

「あたちは、魔法はさっぱりだけど、その分とんでも鬼腕力なのでしゅ」

 ミカタンは、自慢げに胸を反らせて見せた後、その場に座って缶詰をその腕力で次々と開けていった。

「いただくのでしゅ!」

「ちょ、ちょっと。多分古い物だろうから、火ぐらいは通したほうがいいと……」

 マギコが注意する暇もなく、何かしらの肉や、何かしらの野菜や、何かしらの果物は、ミカタンの胃に吸い込まれていった。

 マギコは、しょうがないといった風情で、自身のビニール袋から缶詰を取り出して一直線に並べていく。

「えい!」

 気合一線、瞬速の抜刀をすると、並べた缶詰の蓋が魔法のようにくり抜かれている。

「マギ姉さんは、器用でしゅねハムハム」

 ミカタンは、口に物を必死に詰めながら感心する。

「私は、念のために全部に火を通すわ。弱き火を司る火精達よ、我が目の前の食材をウエルダンな感じで仕上げよ!」

 その指令と共に、火をまとった小人が複数現れ、召喚者のマギコに帽子を取って一礼すると食材の周りをスキップし始めた。その速度はどんどん早まって行き、もはや火の輪に見える。

「もうそろそろいいわ、ありがとう」

 すると、小人たちはピタッと立ち止まると、再度マギコに一礼し、ゆっくりと景色に溶け込むように姿を消した。

「いただきます」

 マギコは、両手のひらを丁寧に合わせると今宵の晩餐に舌鼓を打ち出した。食器がないので手で缶詰から筍やら魚やらを取り出す。

 暫く無言で食べる時間が続いていたが、ふとマギコは気になっていたことをミカタンに尋ねた。

「あの、ミカタンの世界はどんな世界なんですか?」

「へ? 最初は天界と呼ばれる神様の使いが住んでいるところにいましゅた。その世界自体は、緑が豊富で美しい世界だったんでしゅが、あたちがこんな感じの見た目なのと、パパママも気づいたらいなかったので、定石通りいじめられましゅて、地獄へ逃げたんでしゅ」

 ミカタンは、寂しそうに項垂れながら元気なく呟いた。

「そ、それは大変だったのね。でも、地獄はもっと大変じゃないの?」

 どう考えても天界でそれなら地獄は文字通りの地獄と予想できた。

「そうなんでしゅ、まさに地獄。まともに食べるものもなくて困って、おかん助けてと泣いていたら、なぜかこの世界にいましゅたねー」

「うん、なんだかわかりませんね」

 マギコが、困りながら頷いていると、ミカタンが質問を返してきた。

「マギ姉さんの世界はどんな世界だったんでしゅかね?」

 マギコは、ハッと我に返った後、少し思案をしてミカタンの顔に視線を合わせた。

「ここと同じように都市部にはビルが並び、田舎は森に囲まれています。ただ、どちらにしろ、少数の強力な魔法使いが牛耳っている世界です」

「マギ姉さんも少数派の偉い感じだったんでしゅか?」 

 ミカタンは、意外といった表情で尋ねるが、マギコは首を横に振る。

「家系的にはそうなんですが、最初に言ったように落ちこぼれまして刀を手に取った次第です」

 マギコは、恥ずかしそうに帽子の上から頭を掻く仕草をした。

「あれだけの魔法を使えるのにでしゅか?」

 ミカタンは、膨れた腹を満足そうに擦りながら聞き返す。

「あんなものでは駄目なんです。一つの街を一瞬で灰にできるくらいの力がないと……」

 マギコは溜息を付きつつ、故郷の化け物たちを思い出していた。

「それは人間なんでしゅか?」

 たくさん食べて、眠くなってきたミカタンが目をこすりながら聞く。気づけば、周囲も暗くなってきている。

「詳しくはわかっていないんだけど術を使える人は、昔に異世界から来た何者かとの混血だと言われているの……もう寝る?」

 マギコは、コクリコクリと船を漕ぎだしたミカタンに、魔法で水の塊を生み出し、それを風の膜で覆って枕を作り横たえた。更にミカタンの上に枕より大きな即席の布団を同じ手順で作って被せた。そして、自身も、暫く夕餉を楽しんだ後、入り口を防犯のために氷の魔法で閉ざすと就寝した。



 どの程度の時間寝たのか、少し闇に光が混じりだしていた。時折遠くで何か得体の知れない動物の鳴き声などは聞こえはしたが、眠り始めてから今まで大きな異変は無かった。だが、あからさまな異変がすぐ近くで起きた。それは、ガラスの割れるような破壊音だった。

 マギコが起き上がって音の方を見やれば、下で見た蜘蛛の化け物達が氷の壁を破って大挙して迫りつつあった。

 マギコは、未だ夢の中のミカタンを強く揺すって起こすと、手早く初級の電撃神術を蜘蛛に放った。

「雷神よ、愚者に軽罰を!」

 蜘蛛達は軽い感電により進軍をやめた。

「なんれすか?」 

 やっと起きたミカタンに、蜘蛛の大群を指差すと、さすがのミカタンも事情を飲み込み、得物のフォークを手に取った。

 マギコも同じく戦おうと刀の柄頭に手を置いたが、顔色が変わる。

「え、何あれ?」

「巨蜘蛛でしゅ?」

 このビルの高さの半分くらいはあるであろう蜘蛛が、建物裏から視線を二人にぶつけていた。どうやら、マギコが異世界送りにしたのは、子蜘蛛だったらしく、その復讐に親が出張ってきたようだった。

「どこにあんな大きい蜘蛛がいたの?」

 疑問を持つマギコに対し、ミカタンは至極まっとうな意見を提言する。

「逃げるでしゅ!」

 ミカタンは、素早く片腕にセカンドバックを持つようにマギコを抱えると、謎の建物に向かって高速で走り出した。

「ちょ、な、え?」

 マギコが、現状を把握する前にミカタンは夜明けの空に飛び立った。そして、四対の翼を広げ滑空した。だが、子を思う母の気持ちを諦めさせるには至らず、親蜘蛛はビルを登ると、二人目掛けて飛びかかってきた。

 それを視認したマギコは、唱えていた風の魔法を解き放ちその勢いを殺した。蜘蛛はあまり飛べずにビルに激突しながら砂地に下り立った。その間にミカタンは、翼を激しく羽ばたかせて速度を上げた。

「流石にもう追ってこないみたい」

 横手に抱えられたマギコがミカタンに伝える。

「危なかったでしゅね、この世界やべーっしゅね」

「うん、そうね」

 マギコは答えながら、ここが自分のいた世界ではないことを確信していた。あんなものがいたら世俗に疎かった自分でもさすがに知っていたであろうからだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る