侍魔女、異世界を行く

あつしじゅん

第1話  侍魔女、師匠と別れる 

     

 昼なお暗い山の中で、長い赤髪の若い女が、赤い鞘に入った刀を振り回している。それは、単なる素振りではなく、戦っている相手を想定したもので、いわばボクシングで言えばシャドーといったところだった。 

 それだけなら剣術を習っている女が修行中なんだと思って終わりだが、その女は頂点の曲がった黒い円錐形の帽子に、地面に着きそうな丈の黒いワンピースを着用している。いわゆる、魔女の見本のような格好をしていた。山の中で魔女が鞘に入った刀を振り回している光景は、不気味を通り越してシュールさを感じさせる。

 そこへ、紺色の作務衣を着た白髪に山羊のような髭を生やした小柄な老人が歩いてきた。老人の手には木刀が握られていて、女を厳しい目で見つめている。暫く立ったままそれを見つめていた老人だったが、やおら立ち上がると、女に鋭い突きを繰り出した。

「チェスト!」

「うわっ!」

 女は一瞬たじろいだが、しっかりその突きを受け流し、カウンターで老人の腹部に胴打ちを狙う。だが、老人も相当な実力者のようで、その胴打ちを空手の内回し受けの要領で片腕で受け流し、掌底を女の腹部に食らわす。女はたまらず吹き飛び地面を転がった。

「マギコよ、まだまだ修行が足らんな」

 老人が手で髭を弄びながら笑う。

 マギコと呼ばれた女は腹を抑え、それでも掴んでいた刀を杖にして立ち上がり抗弁する。

「不意打ちは卑怯です。それに師匠が強すぎるんですよ」

 師匠と呼ばれた男はその言に首を横に振る。

「モンスター退治にしろ、要人の護衛にしろ、いつ何時敵が襲ってくるかわからん。卑怯なんて言葉は通じんよ」

「そりゃそうですけど……」

 マギコが、ぶつくさとさらに反駁しようとしたのを制するように、師匠が口を開く。

「それよりマギコよ、次の仕事が決まったぞ。去年もやった、大量発生している鉄鋼山蟹の退治じゃ」

「えー、あいつ術しか効かないじゃないですか」

 一年前を思い出しゲッソリとした表情のマギコに師匠は追い打ちを掛ける。

「だから術を使えるお前に打ってつけじゃろ? というか、もう決まってるから」

「あの、師匠もご存知ですよね? 私が術の世界で落ちこぼれて勘当されてここに逃げてきたの」

 マギコは、術と呼ばれる神や精霊から力を借りる特殊能力の使い手の家に生まれた。この世界において術を使えるものは生まれながらの貴族であり、一生左うちわの暮らしのはずだが、マギコは術は使えるものの弱く、家の設けていた基準に遠く及ばない実力しか無かった。その為、父から勘当されて師匠に拾ってもらったという経緯がある。

「だが、去年は成功したじゃろうが」

「終わってからぶっ倒れましたけどね」

「ということで頼んじゃぞ。わしは梯子酒の荒行に行ってくる」

 師匠が楽しそうに言うと、いつものようにマギコが窘める。

「単に遊びに行くだけでしょう。程々にしてくださいね」

「わかっとるわかっとる」

 と、明らかにわかってない調子で返答した師匠は、まだ飲んでもいないのに千鳥足で去っていった。

「はー、もっと平等な世界に生まれたかったわ……」

 そう一人不貞腐れながらも、マギコは律儀に仕事へ向かうべく、近くの山小屋へ荷物を取りに歩き出した。だがその時

かすかな女性の声が聞こえた。

(来てください)

「誰? どこにいるの?」

 マギコは刀の柄頭に手を掛け、腰を少し落とし警戒体勢を取りつつ辺りをうかがう。

(うちの子を助けて……)

 か細い声は聞こえるが、マギコがあたりを見回しても人の気配すらない。

「物の怪なの? 何? 何なの?」

 混乱するマギコに追い打ちを掛けるように、マギコの体が発光し始める。

「ちょ、え?」

 白い光は強まり、やがてマギコを完全に包み込んだあと、弾けるように光は消滅した。それと同時に、マギコの姿もその場から無くなっていた。














 









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