第4話 女子高校「秋風祭」本番前
「泣いても笑っても、今日が最後です」
めぐみは多目的室に並び立つ部員全員を見渡した。本番前、最後の確認だ。
「事務的なことを先に言うけど、上手下手の裏わたりは靴を脱いで、スクリーンを揺らさないように気をつけて。
怪我にも気をつけてね、と大道具係のスタッフから声が飛ぶ。頷いて、めぐみは続ける。
「いいですか。ここはアメリカ。私たちはそこに住んでいる。台詞にはなくても、一人一人生きてきた人生があるの。プリンシパルもアンサンブルも関係ない。その人生を、舞台上で全面に出し切ってください。……振り付けからは?」
立ったまま爪先を伸ばしていた優里が、あとを受けた。
「『マンボ!』は舞台裏の子たちも思いっ切り叫んで。春菜は手首危ないから、《プロローグ》のスナップ、しなくていいからね。それからーぁ」
形のいい眼が艶かしく動いて、優里の視線が部員たちを舐める。
「女役! 色気が足りなーい!!」
「はぁーいっ」
「男役はなよい! 出すなら男の色気を出しなさいっ!」
「あぁーい」
きゃっはははは、と女役の間から高い笑い声が起こった。めぐみも苦笑したが、すぐに真顔に戻る。
「とにかく、今まで注意されたこと、練習して来たこと、全部頭に入れて、全力以上を出してください。今日が最後です」
「はい!」
「テンション、低ーいっ!!」
「はいっっっ!!!」
じゃ、トニーから、と主役に目配せする。なんだかんだ言っても、場を和ませながらも部員全員の熱を引き出すのが美菜子なのだ。
「えっと、これまで半年以上、たくさん辛いこともあったと思います」
全員が沈黙して、美菜子を見つめていた。
「めぐも優里も私も今まで色々言いましたが、とにかく今日は、」
言葉を切って、美菜子が息を大きく吸った。
「最大級で楽しんでください!!」
「はいっ!!」
「秋風大金賞、取るよーっ!!!」
「はいっ!!!」
部員全員の声が一つに調和する。高い声も低い声も太い声も細い声も。本番直前に作る一体感。大丈夫だ、もう行ける。
「じゃあ舞台に移動します。ここ出たらもう、私語厳禁です」
それを合図に、全員が口をつぐみ、担当した大道具、小道具、荷物を抱えて舞台裏へ動き出した。照明・音響のスタッフが搬入口とは反対方向、機械室への階段へ急いでいく。
幕の降りた舞台裏は仄暗い。客席の小さな囁き声がひとつひとつ集まって、質量のある塊になって、舞台裏まで聞こえてくる。この感じは満員だ。
心臓がどく、どく、と胸を打つ。全身に感じる心地良い緊張感。これから解放される、部員の中にある点火前の熱。
ヴィーーーーーー
「Lady’s and Gentlemen! 静粛に願います! 只今より皆様を、アメリカ、ニューヨークのウエスト・サイドへお連れいたしましょう!」
(続く)
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