第98話

 アシュラフが、ミオの両腰を掴んで十字星号に乗せた。そして、手綱を掴んだまま北斗星号に跨る。




「すぐ傍に離宮がある。あまり人が使うことのない古い離宮で、サミイも知らない俺の隠れ家だ」




 ラクダの厩舎を出ると、アシュラフは王宮の敷地を出た。もうとっぷりと日が暮れた王都だが、人の流れが洪水のようだ。




「明日が即位式と結婚式だから、皆、楽しそうだな。当人を差し置いて」




 アシュラフが人波を見て呟く。




 連れてこられた離宮は、組まれた石が歴史を感じさせる古い建物だった。王宮よりさらにひんやりしている。何段も階段を登って辿りついた部屋は塔の上で、ミオが目覚めたような部屋の広さはなかった。




 窓の外からは王都が一望できた。先ほどまでいた王宮も見える。あそこに、ジョシュアとサミイがいると思うと胸が潰れそうになった。




 アシュラフがランプに明かりを灯した。赤い絨毯が引かれた石作りの部屋が、ほんのり照らされる。部屋には寝台が一つと小机があるきりで、隅にミオの荷物が置いてある。




 壁には、阿刺伯国の地図がかかっていた。




「これ……」




 ミオの住むサライエや、ジョシュアと過ごしたテーベ周辺、それに経由してきた幾つかのオアシスや王都一帯。阿刺伯国の南西部から北西部にかけて印がつけられていた。南西部の印は、砂漠キツネの巣穴が多くある場所と一致する。




「黒い水が埋まっている場所ですか?」




「まだ、全ての調査は終わっていないがな」




「欧羅巴各国が、この水を欲しがっていると聞いています。どうして、阿刺伯国は英国の庇護下にあるのに、西班牙と手を組むようなことをしたのですか?」




 しばらくの沈黙ののち、「食事にするか?」とアシュラフが言った。




「教えてください」と食い下がるミオを無視し、「おい。食事の用意を」とアシュラフが廊下に向かって叫ぶ。




 ぴかぴかに磨かれた銀のトレーに、大きな肉の固まりや見たこともない果物が召使いの手によって運ばれて来た。




 パンやスープ、それにサライエの町でジョシュアに御馳走になった白いチーズもあってミオの胸を絞めつける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る