第96話

 アシュラフが、十字星号の背中を軽く叩く。




「いいラクダだ。両方ともお前の持ち物か?」




「北斗星号は星空旅行社の主人の持ち物です。十字星号はテーベの街で買い求めました。ジョシュア様がカードゲームに勝って分け前を下さったので、離れ離れになってしまったときにそのお金を使わせていただいて」




「ふうん。額の印は最下層奴隷だな。おまけにお前は『白』。随分と勇気を出したものだ」




 アシュラフがミオの額を見て言った。一連の旅が思い出されミオは呟いた。




「……こんなことになるなら、大人しくサライエで待てばよかった」




「阿呆。ジョシュアがサミイと英国に行ってしまった真実を知らず、サライエでずっと待ちぼうけをくらうことになるぞ」




 そう言われて、ずっと我慢していた涙が溢れ出した。大きな雫となって頬を流れる。




「その方がよっぽど良かったです。胸に穴が空いたような苦しみを、知らなくてすんだから」




 アシュラフが、ハンカチを取り出した。自分とジョシュアを引き離した人物に優しくされることが我慢ならなくて、首を振って払おうとするが、鼻に無理やり押し当てられた。




「幾つだ?」




「……はい?」




「年は幾つだと聞いている」




「十五歳……ぐらいだと思います」




「もっと年下かと思っていた。サミイみたいな、滴る色気が出るには、時間がかかりそうだな」




 ハンカチを離したアシュラフが、物足りなさそうな顔で見ていた。




「アシュラフ様は、サミイ様をまだ思っておられますよね?なら、どうして?何故、ああやって突き放すんですか?」




 聞き分けのない子をあやすように、アシュラフが笑った。




「一丁前に、俺を焚きつけているのか?サミイとよりが戻れば、お前には得だもんな。けどな、得するのはお前だけで、サミイも阿刺伯国の民も困ることになる」




「知りませんっ、こんな国のことなんかっ」




 口から本音が飛び出し、ミオは胸の内にこんな激しい怒りを飼っていたことを初めて知る。

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