第80話

 蒸し暑いイリアの街に、ようやく夜風が吹きはじめた。いたずらするように風がふうっと幕を捲る。




 中にいる人物の横顔がチラリと見えた。




 息を飲む。




 夢を見ているのだろうかと思った。




もしかして、オアシスからイリアの街に向かう砂漠で、実はまだ立往生していて、熱に浮かされているのだろうか?




 どうして、輿の中にミオが会いたくて堪らなかった人がいるのだろう。




「待って!待ってくださいっっ!!」




 十字星号に飛び乗り、人を掻き分け輿が通り過ぎた道に出て追いかける。




 パレードでごった返えする道を、大荷物を積んだラクダで通ろうとするのは非常識だと分かっている。


 しかし、あの輿の中の人物の顔をもう一度確かめたい。




「どいて。お願い!どいて!」




 声の限り叫んで進んだ。




 ミオは、自分が最下層奴隷であることも『白』であることも忘れていた。人に、怒鳴っているという意識すらなかった。




「ジョシュア様っ!ミオです。ジョシュア様っ!!」




 歓声に負けないように喉が裂けるほど叫ぶ。




「そこの行商人。輿に近寄るな。不敬罪で捕まえるぞ。ラクダから降りろ」




 兵士たちがわらわらとよってきて、ミオに命令する。




「ジョシュア様っ!ミオです」




 十字星号から引きずり降ろされそうになって絶叫する。




 再び風が吹いて幕を捲った。




 胡坐をかいて無表情で座ってた男が、こちらを見て弾かれたように身体を起こす。




 彼は、阿刺伯国の立派な民族衣装を着ていた。それは王族しか着ることができないもので彼が阿刺伯国と英国の間に生まれた公然の隠し子『白の人』なのは明らかだった。

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