第78話
「声を掛けていただきありがとうございました。お蔭で正気に戻れました」
ミオは、十字星号を走らせようとした。しかし、ラクダは二、三度足踏みしただけで動こうとしない。
ラクダの上で腕組みをして唸った青年は、「ちっ。しゃーねえな」と面倒臭そうに言った。
「タンガの知り合いなら、放っておくわけにはいかない。恩を売れるのに、みすみす見逃したことがバレたら、後で何を言われるかわかったもんじゃないからな。こっちはイリアの街から来たってのに、トンボ返りだ。まあ、いい。これは貸だぞ。欧羅巴の行商の人」
タンガによく似た顔の青年は、十字星号の手綱を掴んでミオの前を走り始めた。
「連れて行ってやるから、あんたはラクダから落ちないように注意していろ」
気付け薬ですっきりした頭も、強烈な太陽の日差しに背中を焼かれ、すぐに霞んできた。身体が燃えるように熱い。ハアハアという自分の息が、頭の中で響く。
青年は、ミオが意識を飛ばさないように話しかけてくるが、まともな返事ができない。何度か気を失いそうになり、十字星号の背から落ちそうになった。
だが、苦しい旅も、旅行社の店主から下されるお仕置きと同じで、やがて終わりが見えて来る。日差しが、本当に本当に少しずつだが弱まっていき、十字星号の背から数時間ぶりに身体を起こすと、辺りは薄い闇に包まれていた。
「起きたか?」
青いサイティを着た青年が、ミオに向かって手を伸ばしていた。
「イリアの街の入り口だ。水飲み場まで連れて行ってやる」
手を広げられ、転げ落ちるように青年の腕に落下する。
丸太を抱えるように腹に手を回された。
「ぷはっ……」
顔に冷たい感触があった。息ができない。空気を求めて顔を上げると水滴が飛び散った。隣で十字星号が水を飲んでいた。
水飲み場だ。
猛烈な渇きがやってきて、再び顔を突っ込んだ。悠長に手ですくっていては、乾きを満たすことはできそうになかった。身体の中が干からびていて、水は飲んだ傍から蒸発していくようだった。
「……宿を……な」
青年が何か言っているが、耳に水が入って聞こえない。
腹が膨れるほど水を飲んで、ようやく息をつく。青年にお礼を言おうと周りを見渡すが、水飲み場にはミオと十字星号以外いなかった。ラクダも青いサイティの青年も、忽然と姿を消していた。
「やっぱり、あれは幻……?」
自分たちが駆けてきた砂漠の方向を見ると、ラクダの足跡はきちんと二本あった。
もう、イリアの街まで連れてきたから用が済んだといなくなってしまったのだろうか?取り引きがどうのとか、宿がどうのと言っていたような気がするが。
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