第71話

 ミオは二階の部屋に駆け戻った。地図を広げ、食い入るように見つめる。


 指で現在地からテンガロまでの道を追った。


「オアシス都市テンガロまでは、小さなオアシスを経由しながら行く。太陽を避けながら行くとしたら、三日ほどかかるな」 


 ミオは、小机に手付かずのまま置いてあったパンや果物を集め口に運んだ。お腹がすいていては頭が回らない。


「夜中に一気にテンガロまで行く。だとすれば、絶対にラクダが必要だ。一晩砂漠を駆けることができる若いラクダが」


 ミオは、決意を固めた。


「ジョシュア様。俺、あなたに会いに行きます。そして、絶対に誤解を解きます」


ドンドンと部屋の扉が乱暴に叩かれた。やってきたのは宿の女将だ。


「で、結局、今夜はどうするんだい?」


「引き払います。今までありがとうございました。あ、女将さん。ここら辺で丈夫なラクダを扱っている店を知っていますか?」


 女将は、幾つか店名を上げてくれた。


「買うのかい?『白』のあんたじゃ、買えないだろうから、話をつけてきてあげようか?」


 女将の目が怪しく光って、ミオは警戒した。知り合いの店で病気で処分寸前のラクダを選んできて、ミオに高く買わせようと企んでいるのかもしれない。


「見てみたいだけです。ラクダが好きなので」


 角が立たないように断ると、女将は部屋を出て行った。


 新しいラクダは、自分の目で見て選びたい。


 ジョシュアに再び会うには、強行軍の旅になる。丈夫なラクダを手に入れなければならない。


「どうやったら……」


 人に頼む線は消えた。ミオは、ぶつぶつと呟く。


 しばらく考えてターバンを巻き直した。奴隷印を隠し貴族の巻き方をする。そして、鍋から札束を取り出して、サイティのポケットに入れた。


 ジョシュアがいれば、ミオは欧羅巴人のフリができた。


 だったら自分一人でも。


 ミオは自分に魔法をかける。


 気持ちの魔法だ。


 自分は英国から新王の結婚式の招待を貰うほどの貿易商の息子。兄と一緒に阿刺伯国を旅していたがはぐれてしまって今は一人。間もなく合流予定、と。


 一人だったら、こんな恐ろしいことなんかできやしない。だが、ジョシュアに再び会いたいと願えば、魔法だって使えそうな気になる。

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