第48話

ターバンを巻くのも忘れ、フラフラと部屋を出た。


 寝間着姿のまま、宿からテーベの街の入り口に向かった。テーベの街は北と南にしか入り口はなく、一番近いオアシスに向かったなら、北の入り口から出て行ったはずだ。


 そこで、ジョシュアの帰りを待った。膝を抱えて門の横に座って、自分の手を見る。


 包帯がようやく外れた手のひらは、醜い傷が残っている。


 ジョシュアが、昔愛した人のことが気になった。


「どんな方なのだろう。ジョシュア様に愛された方は。きっと上等な人なんだろうな。滑らかな肌をしていて、傷一つないんじゃないかな」


 関係が終わっても、あそこまでジョシュアに思われているその人が羨ましい。


 どうして、その人は彼を手放してしまったのだろう。自分が同じ立場なら絶対にそんなことをしない。


「贅沢な方だ」


 思わず小さく呟いてしまい、自己嫌悪に陥った。


 贅沢なのは自分も同じだ。ジョシュアからされることなら、何でも嬉しいはずなのに、接触を喜ぶと同時に恐れている。


 遠くにラクダの姿が見え、ミオは立ち上がった。


「ジョシュア様っ。おおーいっ!」


 声の限り叫ぶと、向こうも手を振り返してくれた。ジョシュアが戻ってきてくれたのだと心が弾む。だが、近づいてきたラクダが乗せていたのは別の人間で、がっくりきた。


 また門の横に座る。その後、何度もラクダと人間がやって来たが、いずれもミオの待ち人ではなかった。


 夜空を見上げた。星の位置が刻々と変わっていく。もう真夜中を過ぎた頃だ。その前には戻るよと言ったのに。


「ジョシュア様、早く帰ってきてください」


 ミオは街の入り口から出て、砂漠を歩き始めた。ジョシュアから買ってもらった革のサンダルに、たちまち砂が入る。


 空気が凍てつくように冷たい。


でも、身体は熱いのだ。滋養剤の効きが、先ほどよりもさらに強くなっていた。下半身の付け根など分かりやすく反応していて、薄い寝間着の布を押し上げている。


 はしたない反応は滋養剤を飲めばいつものことだったが、今夜はことさら浅ましく感じた。


 ジョシュアの帰りを求めているだけなのに。拳で叩いて静めたい。


 また遠くに影が見える。


 二頭のラクダがゆっくりと砂漠を渡ってきた。最初のは青色のサイティを着た男で、二番目が北斗星号に乘った正真正銘のミオの待ち人だった。


 なんだろう。ジョシュアの表情がいつもより暗い。


 一瞬、そう気にかかったが、砂漠を駆け出すうちに気持ちが高揚し、かき消されて行く。


 途中、サンダルが脱げてしまったがかまわなかった。

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