第36話

 ジョシュアから、離れようとしたが腰に回った手はびくともしない。


「寝相の悪いミオさんを、落ちないようにこうやって守りながら眠るからどうか隣に」


 ハシバミ色の目の男が、寝台に座った位置からミオを見上げていた。部屋は薄暗く、街の喧騒が微かに聞こえる。


「俺、べ、別に寝相は悪く……」


「結構悪いよ?最初の晩は、寝返りを打ちざま僕の腹に、膝をめり込ませてきた」


 ミオは、身体の血がざっと冷えた気がした。


 ジョシュアを蹴った?


 旅の旦那様になんてことを。


「申し訳ありませんっ」


 思い出し笑いをしているジョシュアの腕から無理やり逃れ、跪き両手を差し出す。


「どうか罰を」


「そんな、大げさな。些細なことだ」と、最初は笑っていたジョシュアだったが、いつまでも顔をあげないミオにため息をついた。


「顔を上げないなら、本当に罰を与えてしまうよ?いい加減にしたらどうだい」


「構いませんっ」


 寝台が軋んで、ジョシュアが立ちあがったのがわかった。


「困った子だ」


と荷物を積んだ部屋の右の隅から声が聞こえる。トランクを開ける音もした。


 何が出て来るんだろう?


 鞭だろうか?


 それとも、もっと恐ろしいもの?


 手を胸の上に掲げたまま、震えながら待っていると、手のひらに何か乗せられた。


「え?」


 それは、赤色のドロップだった。ジョシュアが再び寝台に座りながら、ミオが持っている缶と同じ柄のものをカラカラと振る。


「英国では、どこでも売っているものでね。旅行に出るとき、僕もいつも持って行くんだ。君も、きっと英国の旅行者にもらったんじゃない?」


「はい。えっと、このドロップ……」


「君が、罰をっ、て言うたびにあげる。口に含んで」


 言われるがまま含むと、甘い味が口の中いっぱいに広がった。ミオは、あまり甘いものに縁がないのでなおさら甘く感じる。

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