第23話
店を出た途端、「ミオッ」と名前を呼ばれる。振り返ると、店主が戸口に立っていて革の袋を投げてきた。受け取ると、ザリザリという音がする。
中身はわかっている。
滋養剤の粒だ。
店主は長期の旅になると思って、予備の袋を出してきたのだろう。役人に見つかれば取り上げられてしまうので、急いで北斗星号に詰んだ自分の荷物の中に入れる。
そして、「お待たせしました。ジョシュア様」と声をかけた。
港町サライエは、湾に沿うようにして広がる。海に背を向けて歩き出せば、すぐに建物は途切れてしまう。
「食事はどうされますか?店主が言い忘れてましたが、夕食や朝食はお客様持ちでして。ナイフや鍋は、俺の荷物の中にあります」
薄ら寂しい通りは、砂漠の旅人目当ての店だけが開いている。値段は法外だが、夕刻に空いている食べ物屋は、この手の店しかない。そこで、ジョシュアはパンやチーズ、それに果物をたっぷり買い込んだ。
しばらく歩いていくと、建物は一軒もなくなり、風景は海辺の街から荒野に変わる。さらに数百メートル行けば、硬かった地面は砂地になる。そこには、人間を拒む砂漠がどこまでも広がっている。
砂漠の手前で、ミオは北斗星号を止めた。前脚を折って座らせ、挨拶をさせる。
「ジョシュア様。あらためまして、こんにちは。星空旅行社のミオです。そしてこっちは、」
指をくるくると振って合図をすると、ラクダが喉を鳴らした。
「北斗星号です」
すると、ジョシュアが拍手をする。
褒められているのに、ミオは気もそぞろだった。
一泊二日の旅なのに、一ヶ月分の料金の預り金を払ったジョシュアの意図が分からない。
まさか、店主の言ったことを本気にしたわけでもあるまい。
「北斗星号は喉を鳴らせば、水が飲めると覚えているんですよ」
ミオは、そそくさとジョシュアの傍から離れ、北斗星号を水辺に連れて行った。
ラクダは百リットル近く水を飲むことができるので満足するまで時間がかかる。ジョシュアの元に戻って何か話をして楽しませなければと思うが、足が向かない。
「北斗星号。俺は、ジョシュア様にものすごく同情されているのかな。奴隷の俺を憐れんでくれる人がいるなんて、昔はすごく嬉しかったのに、何でだろう、今は、少し悲しい気分なんだ」
北斗星号の硬い毛を撫でながら呟く。ジョシュアが視線に気がついて視線をよこしたので、ミオは北斗星号の後ろに隠れてしまった。
ようやく水を飲み終わった北斗星号を連れて戻ると、ジョシュアは砂漠を見つめていた。
「地図とコンパスは持っているけれど、僕一人ではとても砂漠は越えられないなあと、砂漠に圧倒されていたよ。すごいんだね、ミオさんは」
君から呼び名が代わり、ミオは後ずさりながら両手を大きく顔の前で振る。
「ミ、ミオさんだなんてよしてください。おいとか、そこのとか、ミオとか、みんなそう呼びます。どうぞ、ジョシュア様も呼び捨ててください」
ジョシュアは、ゆっくりと首を振る。
「頼りになる旅の案内人に、敬意を込めてはいけないかい?」
「俺は、たかが砂漠の案内人ですよ?それに、最下層奴隷だし、『白』だし。そんな、俺に敬意だなんて」
「僕は、ミオさんって呼ぶよ」
ふいに、目元が濡れたような気がした。
「……目に砂が入ったみたいです」
目元をぐいぐいと拭うと、心配したジョシュアが寄ってこようとしたので背を向ける。
じんわりとした温かさがミオの心の中に広がり、染みこんでいった。
今まで感じたことのない心地よさに包まれる。
うれし泣きなんて、生まれて初めてだった。
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