第19話

「あの、俺、旅行社に帰ります」


 歓迎されているようには思えなくて、寝台から腰を浮かせかけると、男がトンとミオの胸を押した。


ミオは、仰向けに倒れる。


「少し待っていて」 


 男は、寝台から離れていく。


「えっと、あの……」


 戸惑うミオをそのままに、男は部屋の扉を開け、


「勝手に帰ってはいけないよ」


と念を押し、廊下に出て行った。


訳がわからない。


 手当は済んだし、旅の申し出はすでに断られている。


なら、自分にこれ以上、何の用があるというだろう。


 今度こそ、本当に寝床のお世話だろうか? 


 まさか。


 俺は、最下層奴隷で、おまけにみんなが蔑む『白』で。


 ミオは、寝台の上を這いまわる。敷布からいい匂いがした。洗濯粉とは全然違う爽やかな花の香りだ。ハシバミ色の目を持つすらりと背の高い男にぴったりだった。


 寝台でじっとしていると、興奮と緊張が少し和らぎ、頭の奥がジンジンと痛むのを思い出した。


「滋養剤を追加で飲んだら、喜んでくださるだろうか」


 ミオは小袋を探しかけ、北斗星号の背に積んである荷物の中に、それがあることに気づいた。


 宿の天井を見つめる。


「……今さらか」


 最近、滋養剤が効くまでの時間がちょっとずつ伸びている。


 旅の途中で起きあがれなくなるか、それとも、星空旅行社の奴隷部屋の寝台の上か。生きることを諦める瞬間が、どのタイミングで訪れるのだろかと考えることが増えた。


「俺はそのとき、ずっと欲しかったものをそのとき手にしているのかな」


 敷布に顔を埋め、涼し気な花の匂いを嗅ぎながら呟く。


 半刻ほど時間がすぎて、部屋の扉が開く音がした。


「お帰りなさいませ」


 寝台から身体を起こすが、顔を上げることができなかった。


 寝床の世話なんてしたことがないから、どんな顔をして迎え入れていいのか分からなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る